132 冬のお休みの行方
酷暑で頭と体がついていかず更新が遅れています。
必ず完結しますので気長にお待ちください。
王女宮の「マインドコロン」による洗脳状態は解除された。発覚しなければイリーシャは衰弱死していたかもしれないと言われた。リーナッツ本人も長期に洗脳されていたので元に戻ることはないと魔術師長が伝えてきた。
幸いにもイリーシャはこの期間の記憶が殆ど残っていなかった。「貴女はいらない子」「貴女は不義の子」「親に捨てられた子」とリーナッツに囁かれたことなど覚えていない。それでも夜になると不安になるのか抱き枕のミミを抱きしめて寝ていた。
「マロンさん、新しい侍女の選出に少し時間がかかります。欠員が補充されるまで時間が空いた時で良いので王女宮に通ってほしい。今回のことで王女様はお辛い思いをされました。王妃様も長く勤めあげたリーナッツを不審には思わなかったとお心を痛めています」
カリルリルとオズワルドのお願いにマロンは王女宮に通うことを了承した。学園の講義が終わると王女宮に向かい就寝迄イリーシャの側にいた。刺繍を教え、本の読み聞かせをした。そんな日々を重ねていた時マロンは錬金術のプーランク先生に講師補助を頼まれた。
「マロンは錬金術の講義はほぼ終わっているんだろう。俺の仕事を手伝ってくれ」
「わたしは行儀作法のコースを追加しようと思っています」
「おまえにそんなものいるのか?」
「王女様の手前、所作は綺麗な方が良いではありませんか。それにどこかで働くにしても身に付けといて困りませんから」
「魔術師棟ではそんなもの関係ないぞ」
「・・・魔術師棟で働く気はありません」
プーランク先生の所に王宮魔術師長からマロンを引き抜きたいと再三要請がかかっていた。「マインドコロン」の薬効を消した「浄化」を研究したいらしい。魔術師棟にも浄化ができる者がいる様だが、「浄化を掛けると薬草が枯死してしまう。マロンのように姿かたちが変わらないことが不思議でたまらない。
魔術師たちは自分の理解できないことは許せないと「マロンの浄化」を解析したいと手ぐすねを引いて待っていると伝えられた。今は学生だからどうにか逃げられるが、卒業後はどうなるか分からない。
「俺の講師補助と王宮侍女で忙しいことにすればいい。学生は学ぶことが第一だから。魔術師たちも1年経てば忘れているかもしれないからな」
なんかいいようにプーランクにまるめ込まれたような気もするが、解析対象にされるのはお断りだ。マロンは学園を卒業後辺境に戻り薬草園を守りながら錬金薬師の仕事をしたいと思っている。
マロンは辺境から届く薬草を使って錬金薬を作り辺境に送り、錬金講義の補助に入り、経済の勉強に、王女宮の侍女と忙しい毎日を送っていた。5年の長期休みはエリザベスと共にローライル家で過ごす予定にしていた。
「マロン、俺、辺境に戻ってくる」
「ユキ、どうしたの?」
「ジルが元気がないんだ」
「ジルが・・私も戻る」
「いいのか?」
「いいのよ。エリザベスは無理だけど私だけ帰るわ。イリーシャ様も元気になられたからお休みを貰えると思う」
マロンはカリルリルに辺境に戻るためお休みが欲しいと伝えた。マロンに無理をさせたことを分かっているのでカリルリルは快く休暇を貰うことが出来た。新しい侍女が見つかったのもタイミング的に良い結果を得られた。
王女宮からの帰りそのままユリア夫人を訪問した。冬の休暇中ユリア夫人の所でエリザベスと共に過ごす予定だったが、王女宮の仕事でまだユリア夫人の所に行けてなかった。ローライル家に先触れを出してあったのですぐに談話室に案内された。
「よく来てくれたわ。エリザベスさんも待ち焦がれていたわよ」
「マロンが急に王女宮に行ってしまったから淋しかったわ。義父から大事なお役目だと聞いていたから手紙は出さなかったの」
「ユリア夫人、お変わりありませんか?」
「元気にしているわ。若い子を相手にしているとこちら迄若返ってしまうわ」
「実は急遽辺境に戻ることになりましたことをお伝えに来ました」
「マロン、辺境で何かあったの?」
「エリザベス、ジルが体調を壊したみたいなの」
「ジル・・けっこうな年だったはず」
「そうなの。この休みに顔を見てこようと思って」
「ジルさんはご高齢なの?エリザベスは帰らなくて大丈夫?」
「ジルは・・実家の飼い犬なんです」
「あら・・てっきり人かと思いました。家族で大切にして犬なら身内も同然。辺境に行ってらっしゃい」
多少の誤解はあるがユリア夫人の気分を害することなく辺境に帰る承諾を貰えることが出来た。すぐにおいとましようとしたところに当主のロースターがやって来た。
「マ・・マロンさん。やはり伯母にそっくりだ」
「ロースター!」
「冬の休暇中一緒に暮らせるのが楽しみだ」
「申し訳ありません。急に辺境に帰ることになりまして・・」
ユリア夫人が慌てて息子のロースターを止めた。
「お母様、今言わなければもう会えないかもしれない。わたしは妻のした仕打ちを許せないのです。それを傍観していた自分も・・」
「御当主様、わたしは大丈夫です。良き人たちに恵まれていますから」
「ここに戻る気はないのか?」
「はい、一度手放した者は新しい居場所ができています」
「幸せなのか?身分は君の助けにならないか?」
「平民が男爵令嬢になっただけでも凄いことです。学園で学ぶことが出来ました。王女宮で働くこともできました。そして学園卒業後は自分の道を歩く自由があります」
「・・・・自由があるか・・」
思案顔のロースターの代わりにユリア夫人が話し始めた。
「マロンさんは身分に縛られた生き方は不自由かもしれないわね。マロンさんはいつから知っていたの?」
「祝福の儀の時に知りました」
「何で、言ってくれなかった」
「ロースター、貴方に責める権利はないの」
「王都から離れた街でおばあ様と暮らしていました。魔力のない子供は貴族の中では生きていけない。それにおばあ様との暮らしはそれ以上に幸せだったから」
いつかはユリア夫人から声を掛けられるだろうと思っていたがまさかロースターからいわれるとは思わなかった。ロースターやマリーナールを見ても「親」という感情をマロンはもてなかった。それが全てだった。しかしそれを口にはできない。双子のエリーナにさえ血の繋がりを感じなかった。マロンは情が薄いのかもしれない。
「おばあ様が亡くなった後も辺境の人達やグランド商会のロバートさんが見守って下さいました。生みの親を頼ろうとは思いませんでした」
「魔力・・魔力などなくても・・」
「わたしは属性魔法はありませんが使い勝手の良い生活魔法が使えるだけの魔力で十分です」
「ロースター諦めなさい。マロンさんは自分の生き方を知っているのです。エリザベスさんがセドリックと生きることを決めたように。辺境でハリスさんと生きていくのですよ」
「えっ、ま、まだ決まっていません」
「デビュタントであそこまでアプローチされたら決まったも当然でしょ。彼は貴女が準備できるまで待ってくれるわ」
「まだ嫁には出さない!」
「ロースター、辺境の両親が決める事よ。マロンさん、辺境に帰る準備もあるでしょう。エリザベスさんと話すこともあるでしょう。エリザベスさんの部屋に二人で向かいなさい。ロースターは私と話があります」
マロンはエリザベスにちゃんと話すことにした。
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「エリザベスさんは急な話で驚いただろうだが、さすがに顔には出さなかった。たいしたものね。しっかり者の嫁で良かった。ロースター、前にもいったわよね。マロンさんの気持ちが第一だと。貴方がマロンさんの両親に引き取りたいと言えば向こうは断れないでしょう。でもそれをしたらマロンさんは二度とここには来てくれなくなるわ。親子に戻るにはあまりにもいろいろありすぎた。実の母親でさえ娘が分からず暴言暴力を加えた。貴方も同じ。仕方ないことよ」
「だからこそ少しの時間でも一緒にいれば」
「貴女は家に残ったエリーナをどこまで理解してる?実の母親に疎まれ偽物の娘に振り回されたことを忘れたの。貴方は自分を可哀そうな父親と思っているかもしれないけどマロンさんにはいい迷惑よ。彼女は良き人たちに守られているわ。捨てた私たちが口だすことじゃない。エリーナとエリザベスを大切にしなさい。仲の良い友人としてマロンさんはここを訪れてくれるわ。本当に困ったときにいつでも手を差し伸べれるようにしておきなさい」
項垂れる息子の背を精一杯の力でユリアは叩いた。そしてそっと肩を抱いた。後悔の海に沈む息子を情けないと思いながらも幾つになっても愛しいと思うユリアだった。
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