131 マロンは研修生
マロンはともかくいつもリーナッツに張り付いていた。掃除だろうが食事だろうが王女のお世話でも手元を覗き込んだ。
「マロンさん近いわよ」
「リーナッツさんは有能だと聞いています。所作が綺麗なのに仕事は手早く的確だと、是非見て学びたいのです」
「貴女は学園ではどのコースを取っているの?わたくしは聖国の上級侍女コースを」
「留学されたのですか?」
「ここの学園では物足りなくてね」
「わたし文官コースです」
「それでは仕方ないわね。しっかりついてきなさい。厳しく指導するわ」
マロンはリーナッツから離れず誰かに連絡を取っていないか調べていた。マロンの「浄化で」王女宮の茶葉は「マインドコロン」の効果はなくなっている。リーナッツがお茶を淹れようがマロンがお茶を淹れようが変わらない。それどころか今までリーナッツの言葉を鵜呑みにしていた侍女たちがリーナッツの言動に不信感を持つようになった。
「今週の衣装担当と王女担当を代わってくれないかしら」とリーナッツが言えば以前なら「リーナッツさんのご指示のまま」と言って仕事の変更を受け入れていた。今では「いえ、それはできません。どうしてもなら統括侍女長の許可を貰ってください」とはっきり答えられるようになった。
「そんな・・そこまでしなくても、以前は代わってくれたでしょう?」とリーナッツが猫撫で声を出しても「それはいけないことだと気づきました。規範に反します。以前の私は間違っていました。これからは気をつけます」と返事が返ってきた。間違ってはいないのでリーナッツはその場を引いた。
違う日はリーナッツが「王女の食事は私が代るわ」といえば「いえ、今週は私です。先週もその前の週もリーナッツさんに任せきりでした。申し訳ありません」「いいのよ。わたしは王女様が好きだし、王女様も喜ぶから」と他の侍女が手にしている食事の乗ったワゴンにリーナッツが手を掛けた。
「いいえ、私は自分の仕事をおろそかにしたくありません。私に足りないところを直していきたいです」
「どうしてそんなことを言うの?」
「リーナッツさんは働き過ぎです。休憩時間は守りましょう。顔色が悪いです」
そう言って侍女は自分の仕事を全うするべく統括侍女長に声を掛け王女の部屋に向かった。マロンは「休憩時間なら私は王女のお食事の様子を見に行ってきます」と声を掛けた。
「何を勝手なことをするの。貴女はまだまだ外回りの仕事を覚えなさい」
苛立ちを隠せない様子だった。リーナッツの声が思いのほか大きかったせいで護衛騎士がマロンたちの方に向かってきた。
「リーナッツ様、何かありましたか」とハリスが声をかける。
「なんでもないわ。研修生に注意しただけ。あら?見たことない方ね」
「リーナッツさん、新しく入った護衛です。未熟者だ。リーナッツさんに迷惑をかけるな」
「オルクールさんは変わらないのね」
「わたしはここの守護神ですから。リーナッツさんは王女宮の女神です」
「あら、上手い事を言って。もうすぐ休憩時間かしら?あちらでお茶を飲みましょう。マロンさんはリネンの在庫調べをしておいて頂戴」
ハリスの心配顔をマロンは見向きもせず「はい、分かりました」と答えその場を離れた。ハリスがマロンの方を向いたのか「ハリス、リーナッツさんのお茶は美味しいんだ。付いてこい」と言われていた。
ここでハリスの身分や近衛でないことがばれてはまずい。マロンは徹底的にハリスを無視して行動をした。しかし、ハリスと組んでいるオルクールは出会うたびに「休みに街に行かないか?」「食事に行かないか?」など声を掛ける。リーナッツに聞かれたらまずいとマロンは気を使って王女宮を歩いた。
リーナッツは休みのたびに実家に帰る。戻ってくるときはお菓子や紅茶を持参する。他の侍女は皆使用人部屋で休むかお小遣いを持って街に出かける。侍女になる者には2種類ある。
上級侍女を目指し仕事に熱を入れる者。良き相手を見つけ結婚するための機会を得るために働く者。前者には伯爵以上の女性が多い。優秀で見目が良ければ高位貴族に見初められることもある。後者は花嫁修業か王宮で働いたと「箔」をつけるため。カリルリルの様な女性は前者である。
貴族の婚姻は当主主導である。父親の命令にはお金を稼ぐ力のない女性は政略結婚の駒になる。義父のように自由に生きなさいと言ってくれる親はきっと少ない。リーナッツの親もリーナッツを無理やり嫁がせようとはしなかったようだ。
リーナッツが実家から持ち帰る茶葉は毎回「浄化」が必要になる。カリルリルに報告すると「リーナッツの実家の調査が行われているが、ご両親や兄からは何も問題点がない」と報告を受けた。
「リーナッツ様のこのお茶をとても気に入りました。辺境の両親にも飲ませてあげたい。取引先を教えてもらえませんか?」
「このお茶は心を癒すお茶なの。その辺の商会では取り扱っていないわ。私ももう少し欲しいんだけどなかなか手に入らないの」
「残念です」
「次回多めに送ってもらえるように手紙を書くわ」
「もしかして、他国の方からですか?」
「あら、分かってしまったのね。秘密よ。とても大切な友人・・そう、友人が送ってくれるの」
リーナッツは少し顔を赤らめ「友人」という言葉を選んだようだ。商会で購入でなければ定期的に他国から小包が送られてきているか調べてもらうことにした。
リーナッツは思うようにいかなくなった王女宮の仕事に不満を持った。マロンにも八つ当たりする。王女は順調に回復していく姿をリーナッツは一見喜んでいるようだがマロンと二人になると軽く愚痴を聞くようになった。
「王女は元気になってよかったですね」
「マロンさんは知らないようだけど、王女はいわくつきよ」とても
「・・・・?」
「王女は聖国に行くべきなの。行かなくてもここに居るべきでない」
「リーナッツさん!」
「あら、わたし何か言ったかしら?最近眠れないのよ」
「このお茶を飲まないのですか?」
「以前は効果があったんだけど最近はね・・。お茶に耐性が付いたのかしら?」
「お茶に耐性なんてあるのですか?」
「お茶の中にはお薬のような効果の高いものもあるのよ」
「耐性が付くにはどれほど飲むのですか?」
「分からないわ。長くかかるのかしら?・・もう20年以上飲んでいるから体が慣れてしまったのかもしれない。」
「聖国に留学している頃からですか?」
「そうね、きっとそうよ。最近疲れがたまって考えるのが億劫になってきたわ」
「働きすぎですね。休養も大切です」
あれほど気を張り詰めていたリーナッツは少しずつ気力を失っていった。仕事自体は完璧だがそれ以上の仕事をしなくなった。ある日、近衛のオルクールにリーナッツは声を掛けられていた。
「リーナッツさん、たまには街のカフェに行きませんか?気の張り詰め過ぎは体に悪いですよ」
「ありがとう。でも私には婚約者のキーリがいるからご一緒できません」
そう言いつつリーナッツは胸元の二個の指輪が通ったネックレスをみせた。
「リーナッツさん、婚約していたのか?驚いた。残念だったな」
行き遅れの上級侍女だからリーナッツより若いオルクールが誘えば二つ返事で良い返事が返ってくると思ったようだ。下心満載の男にリーナッツさんは勿体ない。
「マロンさんは婚約指輪は左手のこの指に必ずはめてもらいなさい。ネックレスにして胸元に隠すようにする男は信じちゃだめよ」
マロンに気が付いたリーナッツはネックレスの指輪を両手に包んだ。それがマロンとリーナッツの最後の会話になった。翌日リーナッツは私的理由で王女宮を辞した。
「リーナッツさんは体調が悪いので治療に専念するために仕事を辞めました。良き指導者でありましたが彼女がいないこれからはしばらくマロンさんに残ってもらいます。新しい職員が見つかるまでマロンさんの補佐をしながら頑張りましょう」
リーナッツがいなくなりハリス達騎士団の応援もなくなり近衛兵も戻ってきた。リーナッツが起こした事件は事件として記録には残らない。一時的な王女の体調不良だけが記録に残る。
王女宮を後にしたハリスから手紙が届いた。「何があったんだ」と問いかけてきた。「わたしは知らない」とマロンは返事を返した。きっとハリスが辺境伯になった時に読まされる禁書に書かれている。マロンが軽く伝えることは出来ない。
お読み頂きありがとうございます。
酷暑を乗り切りましょう。
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お盆の忙しさと夏バテでしばらく更新をお休みします。<m(__)m>