130 リーナッツ 4
聖国のノーリアは押し掛け側妃になることもできず聖国に逃げ帰った。リーナッツはノーリアを側妃にはできなかった。「非常に残念だ」とキュリアの手紙に悔し涙を流した。
その後キュリアの手紙はお茶と共に三ケ月ごとに贈られてきていたがキュリアの情熱が薄れてきているように思えた。彼のためにできることを探さなければならない。彼の横に、公爵夫人になるためにリーナッツは焦りを感じていた。そんな時に隠されし第一王女のお披露目があった。
「私の腕にいるのは第一王女、イリーシャだ。体が弱く離宮で静養をしていたが無事快復した」
幼い王女は国王の腕から床に降りた。王妃に助けられながらも可愛いピンクのドレスの裾を摘まみ挨拶をした。第三王子と並ぶことで髪の色や瞳からイリーシャを誰もが王族として迎え入れた。王妃は王女を膝の上に乗せ、国王と共に招待客の挨拶を受けていた。
確かに第三王子に似ているが王弟ウイルを愛したリーナッツには王女がノーリアとウイルの子供ではないかと疑念を持った。ノーリアの所に一時期ウイルがお茶に招待されていたのは知っていた。
王女としてお披露目されたイリーシャが実は聖国の血筋と分かれば外交に大きな影響を与える。リーナッツは長い奈落の底から這いあがる希望の星を見つけた。まだキュリアには報告できない。まだ確信はないからこそリーナッツは情報を集めることに集中した。
しかし、調べれば調べるほど王女の出生についての情報が集まらない。病弱のため王宮奥で育てられていたという話しかなかった。王妃はしばらく公務を休んだことがあった。やはりリーナッツの思い過ごしかと諦めた頃に王弟ウイリアムが王女を訪問しているという話を耳にした。
もしかしたら王弟と王妃の不倫ならそれこそ国を震わす醜聞となる。リーナッツは王女宮の侍女欠員の補充に自ら手を挙げた。年下の侍女などどうにでもなる。もっとはっきりした証拠を探すことにした。このころには就寝前に飲むお茶に心を落ち着ける作用の他に思考を力を落とす効果があることが分かった。もちろんキュリアからの知らせだった。だからこそ適量を飲むようにと手紙で伝えてきた。
リーナッツはお茶を王女宮の侍女に飲ませてみることにした。仕事前、昼食後、お茶の時間に夕食後の四回を毎日繰り返した。見る間に同僚侍女たちは思考力が落ちリーナッツの命令に従うようになった。仕事ができなくなっては困るので回数を三回に減らすと見た目には分からない程度に日常業務が出来る。
その中の一人にお茶を多めに飲ますとリーナッツの質問にかろうじて答えてくれた。もちろん声を出すことはなかった。王女は王弟とノーリアの子供かと質問すれば頷いた。そのままその侍女は倒れ込み治療院に向かった。お茶のことが知られるのではと心配したが何も問われることがなかった。
王弟の子供であれば王位継承権がある。上の王子に何かあれば王位につくことが出来る。リーナッツはこれこそキュリアを喜ばせることが出来ると次の手紙で知らせようと思っていた。
「外交官で来たあの素敵なキュリア様が出戻りのノーリア王女と結婚するんですって」
「えーー、ノーリア王女ってうちの国王に一目惚れしたと言って押しかけて来たあの方?」
「そうよ。結局側妃教育が仕上がらない上に陛下が全然その気がないので諦めて帰ったのよね」
「それだけじゃなくて、そのまま他国に嫁いだって聞いたわ」
「そうそう、でも最近出戻ってきたらしいの。そこで王命でキュリア様と婚姻が決まったらしいの」
リーナッツの耳がおかしくなったのかと思わず頭を振った。おしゃべりな下級使用人は休憩時間だからとさらに話を続ける。休憩中の使用人が集まってくる。
「でも、キュリア様は公爵家に入り婿してたはず。子供も二人はいるわよね」
「その辺は分からないけど、二人の婚姻は事実よ。友人の兄が外交官付きの事務官なの。お祝いの品を送ったと言っていたわ」
「あらら・・キュリア様は貧乏くじを引いてしまったのね」
「そうでもないの。王女の夫として王室に入るらしいわ」
「えーー、臣下降籍しないの?」
「ノーリア王女はもう三十過ぎでしょ。何度も問題おこしているから外には出せないからかな?」
「それは言えるわね。王族加入の特典を付けたということ?」
「それならキュリア様も欲が出るわ。子供は望めないけど」
「キュリア様のお子さんは公爵家に二人いるから一人を引き取ればいいんじゃないの」
「ノーリア王女に子供がいれば継承権を持っていたのに」
噂を耳にしたリーナッツは陛下の側近の兄に噂話を話した。
「リーナッツでも噂話を耳にするんだ。お祝い事だから話しても良いだろう。本当だよ。元々ノーリア王女は貴公子のキュリア様のことを好ましく思っていたようだ。さすがに父親もキュリア様と婚姻すれば落ち着くだろうと婚姻を進めたと言っていた」
「公爵家は?」
「なんか夫婦仲は悪かったらしく離婚話が出ていてキュリア様は渡りに船らしい」
「優秀な婿だと・・」
「公爵家には王家が優秀な婿を紹介するらしいぞ」
リーナッツは何事もないように部屋に戻った。そこにはいつもの茶葉と手紙が届いていた。「お披露目の王女はノーリア王女に似ていないか?」「もし似ている様ならノーリアが母親だという証拠を集めてくれ」「上手くすれば聖国女王に出来るかもしれない」冷静に読めばキュリアの欲望が見えてきた。最後にお情けのように「君と会えないのがさびしい」と書かれていた。
リーナッツは小包と手紙を投げた。キュリアとノーリアの婚姻を知らなければ喜んで協力した。キュリアとリーナッツと二人でイリーシャを育てることも喜んで受け入れた。裏切られているのか噂が間違いなのかリーナッツは分からなくなった。心をかきむしられ眠ることもできなかった。飲まずに寝ようとしたキュリアからのお茶を飲まなければ心の安寧が保てなかった。
リーナッツはその次の日から、幼い王女にキュリアのお茶を飲ませた。「貴女はいらない子」「貴女は不義の子」「親に捨てられた子」と耳元でささやき食事には軽微な毒を入れ体調を崩した。統括侍女長には不調を伝えなかった。
キュリアとノーリアの二人がイリーシャを間に立たせて玉座に立つ姿がリーナッツを苦しめた。それが未来像なのか幻覚なのかも分からなかった。分かっていることはリーナッツはキュリアと結ばれることがないことだった。
リーナッツの思う通りに回り始めた王女宮があるときから少しずつ崩れていった。言いなりだった同僚がまともになり、統括侍女長がイリーシャの担当となった。医者が診察し治療が開始された。「イリーシャはノーリアの子供」と叫びたいが叫ぶことが出来ない。ここに働くときに魔法契約をしたからだ。忘れていた。王族の秘密を口にしてはいけない。
リーナッツの側には侍女研修のマロンという学生がいつも側にいた。王女の部屋に入るときも食事を届ける時も決して離れず目を皿のようにしてリーナッツの動きを見ていた。見張られているのかと思うほどだ。日に日に心はかき乱されお茶の量がどんどん増えていった。そして気がつけば白い部屋の住人になった。
問い詰めることも拷問もなく毎日毎日白い部屋の中で高窓を見て過ごす。当然キュリアのお茶はない。ないと思えば欲しくてたまらない。起きている間ドアを叩きキュリアのお茶を寄越せと声を張り上げた。夜になれば不安が募り、キュリアに会えない焦燥感、手足が震え、異常に汗をかいた。
何日過ぎたのかは分からない。手足は引っ掻き傷が多数あった。医師が来て薬を塗って包帯を巻いてくれる。朝には包帯もいつの間にか外していた。手の爪にはかきむしった皮膚が赤黒く挟まっていた。昼間には護衛を連れた使用人が体を拭き清め薬を塗り包帯を巻く。そんな日を何日も繰り返した。
「あのお茶は誰から送られてきたのだ?「キーリ」とは誰だ?」
「キーリ?・・・」
「なぜ王女を害した?」
「王女を害した?」
「毒のお茶を飲ませただろ?」
「心を落ち着けるお茶をあげただけ」
「君は何をしたかった?」
「キーリと幸せになりたかった」
「それには王女は邪魔なのか?」
「キーリは王女と婚姻した。私に婚約指輪をくれたのに」
リーナッツは興奮気味に胸元から銀色の輝石の付いた指輪を見せた。調査官二人は鮮やかな銀色の輝石を見て聖国の外交官キュリアを思い浮かべた。リーナッツはあまりに長く「マインドコロン」の入ったお茶を飲み過ぎた。薬からの離脱の途中に衰弱死するだろうと医師は告げた。
思い込みの激しい娘の心をもてあそんだ犯人は聖国の外交官キュリア、今は聖国の王族の末席にいる。長い時をかけリーナッツはキュリアに操られこちらの情報を流していたのかもしれない。政治の中枢にいなかったことは良かった。リーナッツは「マインドコロン」の珍しい症例として魔術師棟の預かりとなった。
白い部屋でリーナッツはキーリと二人で暮らしている。キーリはしゃべることも抱きしめることもしないがニコニコとリーナッツの側にいる。リーナッツは今が一番幸せだと思えた。
ウエンディ家はリーナッツの部屋の調査に来た時点でリーナッツが何か事件に巻き込まれているのではと疑っていた。当主とその後継は宰相と面談し聖国への情報漏洩を伝えた。当主は爵位返還を申し出たが、内密で解決したため懲罰はないと伝えられた。リーナッツが家に戻れないことを知った。
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