129 リーナッツ 3
キュリアの婚約の話を聞いたリーナッツは穏やかではいられなかった。焦る気持ちとどうにもできないもどかしさに苛立った。そんな時寮に小包が届いた。差出人は「キーリ」と書かれていた。
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リーナに誤解を生んだと思うが家のための政略だ。必ず君を迎えに行く。一度実家に帰り王宮文官として働きながら知識を高め待っていて欲しい。このお茶は君のために僕が茶葉から選び君を思って香り豊かにブレンドした。寝る前に僕を思って飲んでくれたら嬉しい。僕は君を思って毎夕星を見ながら飲むことにする。一緒に飲むことが出来なくても同じ空の星を見つめていればきっと僕は君を、君は僕を感じることが出来る。
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「キーリ」と「リーナ」は二人だけの時の呼び方だった。彼はリーナッツを忘れてはいない。紅茶の容器の蓋を開ければ柑橘系果実の香りとわずかに甘い香りがする。彼が時々飲ませてくれる紅茶だった。しばらく会えていないのですぐに紅茶を淹れた。部屋中に紅茶の香りが広がるのが分かった。リーナッツの乾いた心を優しく包んでくれるようだった。
リーナッツはキュリアからの確約もないまま卒業後エディン国に戻り文官試験を受けたが、女性の登用は難しく侍女として採用された。実家に戻れば両親も兄も明るく元気になったリーナッツを以前と変わらず優しく受け入れた。
リーナッツは王宮侍女として働き始めた。聖国の学院で学んだことはエディン国とは多少違いはあってもとても役に立ちどんどん昇進していった。聖国で学んだ外国語が役に立ちエディン国に訪れる貴人の妻や子供のお世話係を任されるようになった。
リーナッツはどんなに忙しくても三ケ月に一度のキュリアからの紅茶と手紙を楽しみにしていた。三ケ月間の自分の仕事内容を書いた手紙を送り返していた。キュリアは最初は文官試験に落ちたことを残念がったが外交の仕事に参加するようになるととても褒めてくれた。リーナッツは何処の国の何の大使が訪問したか、訪問の目的も分かれば詳しく手紙に書いた。大使の趣味や好物なども書き加えた。
キュリアは学院卒業後外交官として働き始めていた。リーナッツの情報は自分が活躍するのにとても役立っているようだ。これが本当の「内助の功」というのだろう。毎夕君と同じお茶を飲んで星を眺め君を思いいると毎回手紙に書き添えられていた。
リーナッツは自分こそが本当のキュリアの妻だと自信を持った。たとえ住む国は違えど彼のために働き役に立つことがリーナッツの心の支えになっていった。その後王妃の側で働き始めた。たまに王弟が王室を訪れるもリーナッツはもう何も感じなかった。兄が言ったように「初恋は儚い物」といったがこれほど感情が動かされない自分に驚いた。
それより外交に携わるうちはキュリアのために必要な情報を仕入れることが出来たが、王妃の側では特に何もなかった。お茶会などの催事の計画運営ではたいしたことはない。もどかしく思っていたところに聖国のノーリアが側妃教育のためにエディン国に滞在することになった。
リーナッツは聖国に留学経験があり聖国語も堪能ということでノーリアとエディン国とのパイプになることになった。ノーリアが入国する際に付き添ってきたのがキュリアだった。
学院を卒業しキュリアと離れて12年の時が流れていた。キュリアは聖国外交官として眩しい働きをしていた。お世話係となったリーナッツはたとえ上位侍女としてのお仕着せを着ていたが、キュリアの華やかな服装に身分の差を感じた。
「聖国のキュリア様は素敵ね」
「外交官としても凄いらしいわ。それにいずれは公爵様になるらしいの」
「奥様はいるのかしら?」
「今二人目を懐妊中ですって。だから大事を取って今回はお一人でいらしたらしいわ」
「外交官は夫婦で各国を回るんでしょ」
「だから多国語が話せないとだめらしいわ」
「大変よね」
「でもキュリア様の奥様は聖国語しか話せないらしいわよ」
「身分の低い方なの?」
「公爵令嬢と言っていたわ」
「彼は婿に入ったのね」
キュリアは聖国の侯爵家の後継だったはず。公爵になる
その一言でリーナッツはキュリアを抱きしめた。ヴァリア公爵家後継が事故にあいキュリアの婚約者のキラプリムが急遽公爵家を継ぐことになった。しかし、キラプリムは後継としての勉強は受けていないので無理を言ってキュリアを侯爵家の後継から公爵家の婿になったと説明を受けた。
「君を思わない日はない。公爵家の後継が育てばすぐに君の所に迎えに行く」
キュリアの銀髪が月明かりに輝き潤んだ銀の目から涙が流れた。その時キュリアからリーナッツに「永遠の愛・運命の愛」と言われるグレイダイアモンドの指輪が渡された。
キュリアはノーリアが王室に入り歓迎の晩餐会を終え帰国していった。リーナッツは聖国から来た使用人や侍女たちと共にノーリアが無事に側妃教育が終わるよう尽力するのだった。
「エディン国の言葉なんてわからない」
「歴史?古いことなんて学ぶ必要がないわ」
「行儀作法は聖国で学んだわ」
「何でエーデン様は来ないの」
「お茶のお誘いをして頂戴」
「貴方は私の邪魔をしたいの。聖国語が分かるならちゃんと伝えて」
王女は優秀で見目麗しいと先に聞いていたノーリアの情報は間違っていた。エディン国の国王エーデンにノーリアが一目ぼれによる押し掛けだった。聖国との関係上無碍にできず側妃教育が二年以内に仕上がればという両国の苦肉の策だった。それほどノーリアは自国でも持て余していた王女だった。
当然、聖国でもキュリアをはじめとする見目麗しい男性には声を掛けるが、ノーリアに合う男性は皆既婚であった。それでも押しかけたり、夫人に危害を加えたりと傍若無人だった。聖国でもノーリアの一目ぼれでエディン国王の側妃になればいずれは正妃にと思いノーリアを送り込んだようだ。
ノーリアの側妃教育は遅々として進まない。体調が悪い。教師が悪い。教え方が悪いと苦情の羅列だった。エディン国に嫁ぐつもりならエディン国の言葉位はと思えば「聖国の王女がなんで格下の国の言葉を話さなければならない」「なぜ婚約者の私に会いに来ない」「なぜお渡りをしない」「王妃が邪魔をしているのではないか」「ドレスも宝石もなぜ贈らない」「ケチなのか」「陛下は男意気を失くしたか」などと聖国語で騒ぐ。リーナッツは自国の宰相にどう伝えるべきかと苦た。
ノーリアが側妃教育を始めて1年経ったとき突然通訳及びお世話人のリーナッツを拒絶された。その上王室内から離宮に居を移した。
「キュリアが褒めていたけど役立たずの貴女はいらないわ」
「お嬢様のお世話は私達がいたします。これ以上お嬢様を興奮させないでください」
聖国から付いてきた侍女や使用人はリーナッツをノーリアの側に近づけないどころか離宮からも追いだした。離宮の出入り口には聖国の護衛騎士が常時見守っていた。国王の訪問は途絶えるもノーリアからの要求もなくなった。
側妃教育の2年の期限が迫っている。まるでそれを忘れたかのように離宮で気ままにノーリアは暮らしていた。リーナッツは困惑した。何度も訪問するもノーリアに会うことが出来ない。この時「最も優秀な侍女」としてのプライドはズタズタにに傷つけられた。
リーナッツは挫折を知らなかった。幼き頃より優秀であった。両親も自慢の娘として大切にしていた。学園でも聖国の学院でもリーナッツを貶める者や非難する者はいなかった。
キュリアに贈る手紙に良い報告ができない。そんなリーナッツの苦労も知らず2年の側妃教育を待たずして聖国に里帰りすると宣言した。エディン国側では何も言わなかった。ノーリアたちは聖国に一時帰国といいながらそのまま聖国に留まりエディン国に戻らなかった。残った使用人も二年の満期を待って聖国に帰っていった。
リーナッツはノーリアの我儘に振り回され心身ともに疲弊していった。
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