128 リーナッツ 2
せっかく聖国まで来たのだから専門コースは「国文コース」とエディン国に戻っても仕事に困らないように「文官コース」を取ることにした。
さすがに専門コースの学院は落ち着きのある赤レンガ造りだった。生徒の数も基礎教育から半数以下なこともあって広い庭にベンチがあり木陰で本を読む人も多くいた。その知的な雰囲気にこれこそが学ぶための学院だとリーナッツは胸が高鳴った。
学年の教室はなく自分の講義に出席して年に二回の試験に受かれば進級、卒業できる。騎士科や魔法科は専門の訓練所が必要になるためここにはいない。学院の図書館は国立図書館利用できる。一日過ごしても飽きはしなかった。留学による環境の変化はリーナッツのウイルに向けた執着を薄めていった。
リーナッツは穏やかな学院生活を送ることが出来た。わいわい騒ぐ無駄な級友も知り合いもいない。元々孤立していても孤独だとは思っていない。充実した講義と図書館さえあればリーナッツは満足だった。
エディン国を離れればウイルのことを思い出すことも少なくなった。専門コースの文官講義は知識の塊のような学生が揃っていた。自国の歴史から周辺諸国の言語、国政に至るまで学ぶことが多かった。もっと前から留学していたらと思わずにはいられなかった。
「リーナッツさんはエディン国は王国ですが聖国のように全権を掌握して政を行っているのですか?」
「お、王国ですから・・」
「エディン国はどうして聖国の下に入らないのですか?」
「えっ?」
「我が国ほど良い国はありません。国民も皆幸せです。エディン国は貧しい国と聞いています」
「貧しくはないと思います」
「君は貴族だからね。王都の街を歩いたことはあるかい?」
「いいえ」
「だからだよ。今度聖国の王都を歩いてごらん。図書館にこもっているだけでは知識は限られる。過去は知っても現在を知ることは出来ない」
「君は数少ない女生徒だ。さらに留学生だ。本当の聖国を知ってもらいたい」
リーナッツは博識な彼らに心を徐々に心を開いていった。その中でもキュリアとアリオンは特に仲良くなった。休みの日は街娘の格好をしてお忍びで街の散策にも出かけた。
リーナッツは実家ではまだ幼いこともあり街歩きなど許されることはなかった。実家を離れ保証人の叔母の目が届かないことで気が緩んだのかもしれない。彼らもリーナッツに特別な感情を持たず聖国の良さを教えてくれていた。
聖国の教会は白い大理石でできた白亜の城のように大きく立派だった。多くの民が礼拝に訪れていた。王都の民は皆身綺麗で街には商店も多く食事処は「レストラン」と言って貴族専用のお店が立ち並んでいる。「カフェ」では甘いお菓子に数種類の紅茶がを自分で選べる。
「本当に聖国は豊かなんですね。わたしは街に下りたことはないけどエディン国の王都がこれほどだとは思えない」
「分かってくれると嬉しい」
キュリアは公爵家の長男、長身の銀髪、輝く銀の瞳を持っていた。そんな彼に見つめられるとリーナッツの心臓が早鐘を鳴らす。アリオンは伯爵家の次男、茶色の髪に茶色の瞳、ずば抜けて背は高くないがキュリアより背が高い。アリオンは態度も言葉遣いは優しい。街歩きの時はキュリアが前を歩き、リーナッツの道側をアリオンが歩いてくれる。キュリアはマイペースだがアリオンはリーナッツの歩幅に合わせまるで騎士のように歩く。
キュリアは侯爵家の後継者のため学院卒業後は文官としてしばらく王宮で働くことになっていた。キュリアは実家の伯爵家の領地管理を任されるため学院卒業後は領地に向かう。それぞれ進む道が違うがリーナッツを間に挟み学友として付き合いを深めた。
社交的になったリーナッツは「上位侍女コース」でも優秀な成績を収めた。「文官コース」は彼らの協力もあって女生徒の中では首席だった。
「リーナッツさんは学園を卒業したら国に帰るの?」
「まだ考えているところなの」
「僕の領地に来てみない?自然豊かな領地だよ」
「・・・」
「アリオン、すまない。俺が先に誘ったんだ」
「そ、そうか。じゃあ次の時に」
「キュリアさん、どうして断るの?」
「だって、君が返事に困っていたから助け舟を出したんだ」
「・・・・」
「だから僕とお茶に行かない。休みは観劇に行って、植物園に行く。博物館に行くのもいい。嘘にはならないだろ」
リーナッツはキュリアの誘いを断ることは出来なかった。「彼と共にいたい」という思いがアリオンと過ごす「安らぎ」をはるかに超えていたからだ。夏の休暇中実家にも伯母の所にも帰ることはなかった。キュリアの洗練されたエスコートに楽しいデートは何物にも代えがたくリーナッツの心を鷲掴みした。
リーナッツは浮かれていた。休み明け学院に向かうとアリオンが自分ではない女生徒と歩いているのを見つけた。学院の中庭のベンチに腰掛け一冊の本を二人で読み始めた。リーナッツの心がぎゅっとなった。二人でいるところに声を掛けるわけにいかなかったので後で声を掛けようと思った。休み前に領地に誘われたのにちゃんとことを謝りたかった。
「アリオンが中庭で・・」
「リーナッツさん、アリオンは長期休みに婚約をしたんだ。隣の領地の令嬢だそうだ」
「そ、そうなの?」
「まあ、幼馴染らしいが政略だろう」
「そうなんだ。貴族なら仕方がないわね」
「僕は出来るなら愛する人と婚約したい」
キュリアの言葉の意味を考えるとリーナッツは頬を赤めてしまった。リーナッツはついついアリオンを目で追ってしまったが、アリオンは休み前のようにリーナッツと目を合わせることも声を掛けるこもなかった。それなら何で私を領地に誘ったのとリーナッツはアリオンに裏切られた気分だ。アリオンがそんな態度ならリーナッツはさらにキュリアに声を掛け共に居る時間を増やした。
学院卒業半年前に父から卒業後は戻って来いと手紙が届いた。この頃にはリーナッツはキュリアと婚約を受け入れるつもりだった。まだキュリアから直接婚約を申し込まれたわけではない。キュリアは侯爵家の後継だからこそ慎重に事を進めているとリーナッツは待つことにした。
リーナッツがキュリアを待つことが出来るのは制服に隠してキュリアから貰った「ナチュラルシルバーストーン」の指輪が胸にあったからだ。リーナッツは宝石の価値など興味がない。そんな事よりキュリアがリーナッツの左手の指にはめてくれたからだ。
エディン国は婚約指輪という習慣はなかった。リーナッツの白い指にはめられたが指輪はすぐに銀のチェーンに通してリーナッツの首にかけられた。
「君は侍女コースを受けているから指輪は邪魔になるので君の胸に飾っておいて欲しい」
婚約指輪を左手の指にするのは左手の指が心臓(心)に直接つながる血管があるとかんがえられており、愛の象徴。
「今はここまでしかできない・・」
キュリアの苦悩の顔を見た。リーナッツは「あなたを信じている」と伝える以外に言葉を伝えられなかった。卒業に向けて追い込みをかけるようになるとキュリアと学院外で会うことは無くなった。
「おい聞いたか、キュリアのやつヴァリアス家の次女と婚約したらしいぞ」
「おいおい本当か?」
「本当だ。父から聞いた」
「ヴァリア家の次女と言ったらあの有名な?」
「ああそうだよ。遊び人のキラプリムだろう」
「政略だろうな。キュリアはどうか知らないがキラプリムは乗り気みたいだ」
「キュリアは見た目貴公子だからな。侯爵家にとっても利がある婚約だ。上手くやったな」
リーナッツの卒業間際にリーナッツはキュリアの噂を色々聞いていたが彼を信じていた。しかし、中庭で男性との話を聞いてしまった。思わず胸の指輪を握りしめた。彼がリーナッツを裏切るわけがないと思えば思うほどリーナッツの胸には暗黒に染まっていった。
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