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127 リーナッツ 1

 私は固定された寝台と机と椅子が置いてある四方を白い壁に囲まれ部屋にいる。隣にはトイレと脱衣室がある。そこには桶一杯分のお湯で体を拭くことが出来る。部屋の高い所に窓があるから日の光で昼夜の区別は出来る。


食事は三食提供されるがカトラリーは持ち込まれない。手でちぎれるパンに木製の器に入った細かな肉と野菜の入ったスープが提供される。お茶など提供されない。就寝前のお茶を飲むのは二十年前からの習慣。そのせいか眠りが浅い。この部屋は特殊だから外の音は聞こえない。シーンと静まり返った部屋は日ごとに私の精神を蝕む。誰もいない部屋に時に聞こえるはずのない人の声が聞こえる。それが気になって眠ることもできない。


「王女のお世話をしなければならない!ここから出して!何の権利があって私を監禁するの。許されないことよ。王妃に言いますよ」


私は食事を届けに来た人につい大声をあげた。しかしなんの反応も返事もなく退室していった。


上級侍女として優秀と言われた私は普段ならそんなことはしない。最近苛立つことが増えていた。ここに来る前から就寝前のお茶を飲んでも心が安らげなくなってきた。お茶の効能を高めてもらわなければならない。同僚の侍女達があれほど自分に従順だったのに最近は反抗してくる。言うことを聞かなくなってきていた。王女さえ顔色が良くなり食欲も出てきている。


リーナッツは聖国の彼から送られてくるお茶と手紙を心の支えにしていた。彼とはお互い恋焦がれても身分差があり共に暮らすことはあの時は出来なかった。彼が侯爵家を継ぐためには政略結婚は仕方がなかった。彼をそばで私が支えることは許されなかった。お互いの思いを隠し偽名を使い三月に一度の手紙の交換が二人を繋げていた。正妻との離婚が決まれば私との再婚が許される。それを望みに今まで生きてきた。


 リーナッツは王宮文官ウエンディ家の長女として生まれた。父も兄も王宮に勤めそれなりに高い地位にいる。幼い頃より兄の家庭教師の勉強に無理やり参加して共に学んできた。本当は兄が大好きで離れたくなかっただけだ。最初は家庭教師の話など何も分からなかったが、よくできた家庭教師は私が飽きないようにいろいろ工夫してくれたおかげで学ぶ楽し両親からも好きなだけ学べばよい。手のかからない良い子だと褒められていた。


そのおかげで学園に入っても成績はとても良かった。この頃は良き婚約者を見つけ普通に結婚して嫁ぐと思っていた。しかし、兄と学んだ私には同級生などまだ子供子供して対等の会話ができる人がいなかった。もちろん私は級友に対して傲慢な態度はとってはいないが、いつの間にか一人で図書館で過ごすのが安らげるようになった。父のとこには釣書が届いたが父も焦ることはないと言ってくれた。


その図書館に私と同じように通ってきては本を借りていく男性がいた。声を掛けることはなかったが司書によると第二王子だった。第二王子は皇太子とは年が離れているうえに臣下降籍することも決まっていた。選ばれる本は歴史から魔術、他国のものまでと広く知的な姿にこんな方が自分の婚約者になって欲しいと思った。


時に図書館に現れないとリーナッツはとてもさみしく思えるようになった。第二王子のことを知りたくなった。兄に話をすれば「俺と同じで武は劣るが博識で話しても楽しい人だ」と教えてくれた。ただ兄はその頃から文官としての素養が高く父と共に王宮に勤務することになっていた。


何十回も図書館で彼を見つめた。夜会では彼が婚約者と踊るのを見た。彼の顔には陰りがあった。きっと婚約者とは上手くいっていないと私は確信した。ある夜会で彼が夜会のバルコニーに向かう姿を見つけ自分もバルコニーに向かった。


「ウイル、疲れたか?婚約者の家は付き合いが広いから挨拶だけでも大変だな」

「そんなことはないよ。彼女が気を使ってくれているから」

「お前は図書館で引きこもりして古文書でも研究しているのが一番だな」

「それは好きだがそうもしていられない。王子として生まれたのだからそれに見合う働きをしないと」

「お前は真面目過ぎるんだよ」

「これでも兄が随分かばってくれているんだ。しっかり者の婚約者のおかげで婿入りしてもそれほど大変じゃないさ」


リーナッツはその会話から彼は幸せではないと確信した。私となら古文書の研究をして暮らしていける。彼のために私は彼に近づく決意をした。彼の幸せは私と共にしかないと思っていた。

リーナッツが図書館で彼に声を掛けようと決意したとき彼は婚約者と図書館に現れた。


「ジェニー、ここに治水工事のことが書かれている。君の領地と似通った地形だ。参考にできないか?」

「ウイル様、そのために図書館に通っていたのですね」

「水害は領民の生活を脅かす。俺は本の知識しかない。ジェニーが父上と相談して役立ててくれれば嬉しいよ」

「貴方はいつも陰から私を支えてくれるのですね」

「当たり前だろう。君に一目ぼれしたのは僕なんだから」

「わたしこそ・・」

「いずれは二人で支えていく家なのだからお互い助け合わないと・・」


リーナッツはこんな会話を聞きたくなかった。リーナッツは初めて図書館から駆け出した。兄に話を聞けば本当に彼の一目ぼれからまとまった婚約だった。


「リーの遅い初恋は図書館の君だと言っていたがウイルだったのか。諦めるんだな。初恋は実らないものだよ」と言って兄は笑っていた。兄の様な能天気ならどれだけ良かっただろう。私の心は破裂寸前だった。


「リーナッツ、聖国に留学するか?気持ちも変わるだろう。広い世界を見ておいで」


父が私に告げた。部屋にふさぎ込み学園に通わなくなって一月ほどたった時だった。母にいくら慰められてもリーナッツはウイルの横に自分ではない令嬢が立つことが許せなかった。母はリーナッツが無茶を起こすのではないかと夫に相談し今回の留学の話になった。


来年には第二王子の婚礼がある。側にいなければ思いも消えるだろうと両親は考えたようだ。リーナッツは馬鹿ではないウイルの婚約者を殺しても自分がその代わりになれないことは分っていた。抑えられない激情を持て余していたのも確かだった。


学園からは問題なく留学できると言われすぐに母方の伯母を頼って聖国に向かった。伯母は聖国の南の伯爵家に嫁いでいた。学園の寮に入るまで二月お世話になることになった。伯母の旦那様は父とは違い武官であったため家を留守にすることも多かったので叔母には喜ばれた。伯母と過ごすことで日常会話は問題なかった。


「さすがにお兄様の娘ね。聖国語をすぐに習得するなんて。学院にもすぐに慣れるわ」


聖国は14歳から3年間で基礎教育を受ける。その後は専門コースに進学する。女性や平民のほとんどが三年の基礎教育で学院を辞める。結婚の準備などが始まるからだ。専門コースに進むには学年上位であることが必須だった。リーナッツはエディン国の学園からの紹介で試験を受け専門コースに勧めることになっていた。


「でもね。リーナッツは女の子でしょ。余り頭が良すぎるのも問題ね。聖国は男性を立てる文化がエディン国より・・だからその辺はよく考えて立ちまわるのよ。特に聖国の男性に声を掛けられたらその辺わきまえるの。夫のように優しい人は珍しいの」


国が違えば人となりも文化も大きく違うことは分っていたが、他国に来たことを実感した。リーナッツは学園では友人を作らず図書館に通っていた。「広い世界を見てきなさい」という父の言葉、「あなたの良さを分かる人は必ずいる」という母の言葉を支えに聖国の学院に入学した。



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