125 イリーシャを守れ 4
ハリスは騎士団の訓練中に団長室に呼ばれた。そこには辺境にいるはずの父、オズワルドがすでにいた。ドレイク団長は元々が騎士団長にしては穏やかな人だったが、今はダンカン副団長と共に眉間に皴を寄せていた。
「ハリス、君の父上がとんでもない仕事を持ち込んだ。息子だからお前も付き合え」
「ドレイク、そんな言い方はないんじゃないか。俺だってマロンからの連絡で驚いたんだから」
「父上、マロンに何かあったのか⁉」
「ない、マロンに危険はない・・あるかもしれないからここに来たんだ」
「あるのかないのかはっきりしてください」
ハリスはついつい普段の父との会話になってしまった。すぐに「失礼しました」と騎士団長たちに深く頭を下げた。父はニヤニヤしながら俺を見ていた。
「親子喧嘩は家でやれよ。ハリス、君に王女宮の警護に参加してほしい。もちろんあと3人加える」
「王女宮に何かあるのですか?」
「・・まあ、ハリスだけには話しておこう。オズワルド、頼む」
父は先ほどのからかいの顔から険しい顔になりマロンから特殊な薬草が王女宮の侍女と王女に使われている。死に至らしめるほどの毒薬ではないが、人の思考力を落とし考えて行動が起こせなくなる。ある意味「精神操作」系の禁止薬物が使用されていると説明してくれた。
「ハリス、マロンが禁止薬物を見つけたことで今解毒薬が作られている。直接の犯人は分かっているが、国際問題が関係するかもしれないから今は犯人を泳がせている。多方面から今調査を始めた。とりあえず、協力者がいるかもしれないので、警護だけでも信頼できるものをそろえたい」
「副団長からヒューゴ、パルト、カリオの三人の推薦を受けた。地方出身のうえ三人とも王宮関係で仕事をしている家族もいないし、腕がたつ。ハリスは三人から護衛勤務の在り方を学ぶ機会だ」
「分かりました。よろしくお願いします」
「隣の部屋に三人がいる。ダンカンの指示を仰いでくれ。今夜から勤務になる。二人体制の24時間だ。そんなに長い期間ではないが、情報制限の関係で無理をさせる。王宮の近衛の方には欠員の一時的協力となっている」
近衛まで巻き込んでいるということは王宮全体で調査に入っているようだ。マロンは何処で禁止薬物を見つけたんだ。それになぜ禁止薬物だと知っている。本当にマロンの元にはなぜだか難題が押し寄せる。ハリスはマロンを心配せずにはいられない。
王女宮の警護を任された三人はハリスより経験がありそれなりに役職を持っていた。
「今回王女宮の警護の欠員で君たちにしばらく出向いてもらう。いつもと違い王女宮は品格を重んじるし、言動にも注意してくれ。粗暴な態度はとるなよ。君たちは元はれっきとした貴族だからその辺は心配していない。ハリスはまだ新人だが貴賓の警護にいずれはつかなければならないから良い経験になる。しっかり躾けてくれ」
それからは先輩たちが中心になって王女宮の見取り図から警護者の行動などを話し合った。王女宮の隣の使用人棟を宿舎として借りることですぐに宿泊準備に取り掛かった。先輩たちは単に欠員の補助ではないことは薄々分かっていても口にできないことは聞かない。任務についても家族には報告しない。すべて徹底していた。
「ハリス、婚約者が王女宮にいるんだってな」
「彼女が心配で警護を申し込んだんだって」
「愛ですね。でも今回は仕事だから情に流されないようにな」
「食事位は時間合わせてもいいぞ」
「今のうちに彼女の心を掴んでおけ。結婚してから愛想をつかされないようにだ」
「騎士も辺境も家を空けることが多い・・そう言うことだ」
何か先輩の後姿に哀愁が漂う。
「先輩、まだ、婚約者ではありません。お気遣いありがたいのですが仕事中にそのようなことはしたくありません」
「まあ、分かってるよ。肩の力を抜け」
「今回は剣技でどうにかなることではない。長期戦になるからな。視野を広げ噂を拾い人の動きを探るんだ。これも我々には必要な技術だ。寮に帰り必要な物を準備してここに集まれ」
先輩にハリスは遊ばれているのか本気なのか分からない助言を受け騎士団の宿舎に戻った。
「おい、王女の警護に選ばれたか?」
「脅かすなよ。ユキ何処にいる?」
「おまえには見えん。そんな事はいい。マロンは侍女研修ということで働いている。声を掛けるなよ」
「そ、そんなことはしない」
「犯人の側にいるから余計なことをすると困る」
「危険ではないのか?」
「危険ではあるけどマロンには勝てないから心配するな。それより犯人の目的と言うか何をしたいのかがまだ分からない」
「それは聞いた」
「だから自分の仕事だけしろ。一応忠告だ。マロンはおまえまで手が回らないからな」
「俺がマロンを守るよ」
「馬鹿か、事情も分からないおまえが動くとマロンに迷惑がかかる。この件はお前たちの手には負えないんだ」
「何なんだ」
「いえない。まあ、国家間の問題になるかもしれないからお前は言われたことだけしろ」
「・・・・・」
そう言うとユキの声は消えた。ユキの姿はない。ユキは「ケサランパサラン」不思議な魔物?聖獣?人の言葉を理解し話すこともできる。知識は偏っているような気もするが長い時を生きているので俺達には太刀打ちできない。マロンと契約しているわけではないがマロンの保護者のようにマロンを守る。俺はまだまだユキの許しは貰えないようだ。
すぐに支度を済ませ王女宮に向かえば、近衛の制服が支給された。急に騎士団員が警護に入れば不審に思われるからだ。近衛には貴族であること、実力と推薦があれば近衛に上がることが出来る。白い騎士服はなかなか煌びやかだ。先輩たちは何度か推薦されたようだが本人が希望しないため近衛にはなっていないと話を聞いた。
王族を守る近衛は騎士としては花形だが身分による軋轢がある。そんな事が面倒な爵位のある継承権のない低位貴族は希望しない。近衛の制服に着替えれば見た目は一端の近衛兵になる。
「近衛の王女警護副団長のイジドールという。今回の騎士団の協力感謝する。近衛は王宮貴族に連なる者が多すぎて排除したら人が足りなくなった。詳しい事情は上からは下りてないが仕事は何も変わらない。ともに協力して王女を守ってもらいたい」
珍しく腰の低い近衛副団長だと思えばカリオ先輩の後輩だった。自分たちを含め10人が王女宮の警護に当たる。
「ハリス、近衛兵の様子もよく見ておけ」
「えっ、」
「騎士団員以外は犯人と関係する者がいるかもしれないと思え。本人が気がつかないで利用されていることもある」
身の引き締まる思いがした。それからは王女宮の外の警護、出入り業者の確認、王女の部屋の前で出入りの確認などを近衛の騎士と二人一組で担当するようになった。ハリスと組む近衛は25歳の伯爵家三男、オルワール。
「俺も皇太子の視察に行きたかったな」
「それで欠員ですか?」
「第二王子の婚約者がこちらに見えるので出迎えも入ったんだ」
「それでは忙しいですね」
「王女など襲う人などいないんだから俺らが残る必要はないのにな。貧乏くじだ」
近衛のレベルが知れるな。でもこんな奴だからここに残したのかもしれない。高位貴族であっても三男四男、犯罪を起こすほどの頭はないから管理しやすい。他の近衛は分からないがハリスには付き合いやすい相手だった。
「おまえ、婚約者いるか?」
「いません」
「まあ騎士団なら仕方ないか。ここの侍女を嫁に貰えば妻の稼ぎで贅沢に暮らせるぞ」
「・・・・・」
「お前は若いから分からないだろうけど、騎士なんて長くは働けないんだ。しっかりした妻を貰うのは大切だ。今、若い子が研修に来ている。俺には子供だがお前にはちょうどいいぞ。俺は年上のぽっちゃりが好きなんだ。仕事を続けてくれるなら誰でもいいけど」
思わず殴りたくなるのをハリスは抑えた。王侯貴族の警護に当たる近衛でも底はあるのだと知った。意気込んで王女宮に来たハリスだったが期待のマロンとは顔を合わせることはあっても話など出来ない。本当に警護の仕事に明け暮れ年末に仕事がやっと終わった。ハリスはごく普通に警護の仕事をしただけで特別なことは何も起こらなかった。
「先輩、問題は解決したのですか?」
「ハリス、俺らの知らないところで解決したらしい。知らなくて良いことだ」
「でも・・」
「任務の中にはこういうことはよくある。明日からの仕事に集中しろ」
ハリスは先輩の言葉に何だか納得できないでいた。父は「ご苦労だった。大いに助かった」と言うとそのまま雪深い辺境に戻っていった。
年始にタウンハウスでマロンと会えると思えば父の言葉も許せると思ったら、マロンはそのまま辞めた侍女の補充まで研修を続けることになった。俺の中の不消化な気持ちは年を越すことになった。
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