123 イリーシャを守れ 2
寮の部屋に戻ったマロンはしばらく薬草を送らないで欲しいこととポーションを作れないことを手紙に書いた。収納に仕舞ってあった余剰分の傷薬とポーションを箱に詰めた。そして、スネにセバスに届けてもらうようお願いした。もちろん籠一杯のお菓子も持たせることにした。
「スネ、絶対私以外を転移で運んじゃだめだからね。そんな事したら鎖で繋がれて二度とジルやみんなに会えなくなるからね」
「う、うん。絶対ダメ。分かった。マロンならいつでもいいんだね」
「スネ、ユキが良いと言ったらだ。マロンが勝手に転移したらスネの代わりにマロンが鎖につながれる」
「えーーー、それ困る」
「もう二度とお菓子の籠が手に入らなくなるからな。しばらくスネはこっちに来るな。マロンは王宮に行って寮は留守だ」
「ユキは?」
「ユキも出向くがここにコユキを残しておくからどうしても用事があるならコユキに伝えてくれ」
スネがユキの指示を理解できていると願いたい。スネを見送ったのちマロンはカバンに着替えや生活用品を入れ、もしものために「転移布」を持って王宮に向かう。その途中騎士団に向かった。騎士団受付に向かえば丁度良く移動中のハリスに出会えた。
「おっ、婚約者に差し入れかな?」
おどけたハリスの声にマロンの緊張した顔が一瞬緩む。その時ユキがハリスの頭に頭突きした。
「ユキが頭突きしても痛くも痒くもないぞ」
「この馬鹿、これからマロンが大変なのに」
「ハリスさん、この手紙を騎士団長さんに届けてください。オズワルド様も近々王都に来ます」
「何があった?」
「今は時間がないので手紙をよろしくお願いします」
騎士団受付近くに王宮の馬車を確認したハリスは先ほどと打って変わって厳しい声をマロンにかけた。
「分かった。マロン、無理はするな。そうは言っても無理するだろうからユキ、何かあったら俺に知らせてくれ。早く行け」
マロンはハリスに頭を下げ待っていてくれた馬車に乗り込んで王宮の使用人出入り口に向かった。マロンは待ち構えていたカリルリルと打ち合わせを簡単に済ませた。カリルリルはリーナッツを含めた侍女たちを執務室に集めた。
「先ほどは協力ありがとう。今日は学園生のマロンさんを紹介する」
カリルリルは侍女たちにマロンを侍女研修生として紹介した。以前にマロンに会ったことのある侍女たちはぼーっとした顔で頷いていた。一人、リーナッツはマロンに会っていないので単なる研修生として気にはかけていないようだった。
「王女の様子が少しおかしいので王宮医師が診察に見えます」
「「えっ」」
「あなたたちは王女の変化に気が付かなかったようですね」
「わ、わたしが見てきます。今朝まではそんなことがありませんでした」
「リーナッツ、貴方が責任を負うことはありません。確認不足は私も同じです。リーナッツはマロンさんの研修担当になってもらいます」
「わ、わたしはここに来たばかりです」
「リーナッツさんは長く王宮に勤めた優秀な方です。王女宮の中では最年長です。過剰な謙遜は嫌味になりますよ。貴方の代わりは私が以前のように入ります。心配はありません。マロンさんは優秀ですから大切に育ててください」
「・・・わかりました」
不満をうちに込めリーナッツはカリルリルに頭を下げた。さすがに、カリルリルには逆らえない。リーナッツはマロンを連れて侍女の休憩室に案内した。椅子にテーブル、簡単な水場にお茶など入れられる台所に食器棚、奥には仮眠室迄そろっていた。
「貴方はどうしてここにきたの?」
「北の辺境の男爵家の長女マロン・オットニーと申します。いずれは辺境に戻り辺境伯家で侍女として働きます。上級貴族の侍女として研修を積みたいのです。スキップで学園の講義に時間が空いたので学園長に相談したら、王女宮を勧めてもらいました。未熟者ですがよろしくお願いします」
「ええ、分かりました。北の辺境と言うとノイシュヴァン辺境伯の寄子かしら」
「父は騎士を、母は辺境伯邸に勤めています」
「男爵家の娘なら掃除や洗濯はできるわね。他のことは追々指導します。わたしは忙しいのでいつも側にはいられませんから、自ら学びなさい。ここは侍女の休憩室兼学習部屋なの食事は職員食堂に出向く。侍女は時間が定まらないから早朝から就寝迄は賄いがあるから、それ以外は保冷庫に保存されているわ。食べ過ぎに注意してください。部屋は・・」
「統括侍女長より伺いました。荷物整理もできています」
「それならこの棚から服とエプロンを3組用意して夜にでも胸元に自分の印を刺繍しなさい。部屋はみたから説明は不要ね。優秀だそうだからとても楽しみだわ。先ずはこの部屋の掃除をして。わたしは王女の部屋を確認するから。先輩侍女が来たらお茶を入れなさい。茶葉はこの壺に入った物を使いなさい。お茶ぐらいは淹れられるでしょ」
そう言うとリーナッツはマロンを置いて休憩室を出て行った。王女の部屋に向かったのかもしれない。残されたマロンはまずは部屋の収納棚や食器棚、椅子の裏からカーテンの裏をすべて見て回り、薬草が見つかるとすぐに浄化を掛けた。
ありがたいことに浄化を掛けても見た目は変わらない。リーナッツが薬草を追加するか交換するかは分からないが毎日浄化を掛ければ大きな問題はない。最初は多くの魔力を使うが一度浄化すれば追加したものや交換されたもの以外は魔力の消費が少ない。
カリルリルの執務室の茶葉などはコロン草で汚染されていなかった。さすがに統括侍女長室に忍び込むことは出来なかったようだ。後は食堂だがコロン草は簡単に育てることが出来ないので食堂でばら蒔くことは出来ないはず。王女宮の人達を狙ってのことだろう。もちろん、イリーシャが狙いだと思う。
今頃慌てて、リーナッツは香炉を片付けているだろう。マロンは時間ができたらイリーシャの部屋に隠されていたコロン草を浄化したものと交換しなければならない。置いたものがなくなれば不審に思うからだ。まだ目的が分からない。細心の注意が必要だ。
休憩室には魔石ポットが置いてあり棚には茶器が並んでいた。茶葉も数種類ある。魔力消費が多かった茶葉はマロンの収納に袋に詰め仕舞い後で破棄する。マロン持参の中で香りの近いものを開いた容器に入れ替えた。毎日ここでコロン草のお茶を飲んでいれば知らず知らず思考力が衰える。プーランク先生が解毒薬を作ってくれれば助かる。昼過ぎ侍女は統括侍女長の執務室に集められた。
「王女は食事が取れていなかったようだが、誰か気が付かなかったか」
「「・・・そんな」」
「あ、あの・・」
「リーナッツさん、気が付いたことがあったのですか?」
「いえ、はっきりしませんが食事が口に合わないのか残すことがありました」
「他の人は?」
「そういえば食事の担当を最近していないので気が付きませんでした」
「わたしもです」
「お茶の時間はどうですか?」
「お茶の時間?・・・」
皆が小声で何か話すもたいした話は出ず、なぜ自分たちが最近王女の所に出向いてないことに気が付いた。その疑問もすぐに消えた様子でカリルリルの顔を眺めている。
「本日より食事はしばらく私が確認します」
「統括侍女長様がしなくても私が責任をもって」
「リーナッツはマロンさんの指導があるでしょ」
「指導など他の侍女でもできます!」
「そんなことはないわ。貴方は王妃様からの推薦ですからあなた以上はいないわ。これもしばらくの間のことです。決定事項です」
リーナッツの大声に周りの侍女は驚いていた。統括侍女長に反意を露わにするなどあり得ないからだ。リーナッツは仲間の侍女に優しくいつもお茶を淹れてくれ実家の土産のお菓子などを頻繁に差し入れしてくれる。年配の侍女にある「虐め」や「奢り」もない出来過ぎるほどの女性だった。
そんなリーナッツが統括侍女長にむかって声を張り上げることが不思議だった。「王妃からの推薦」とこれ以上ない褒め言葉を貰ったのに。緊張の走る執務室の中でリーナッツはそれ以上は何も言わなかったがエプロンを握りしめる指は固く握られ白くなっていた。
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