120 イリーシャの変化
マロンはカリルリルに案内されイリーシャの部屋の前に来た。いつもは笑い声が聞こえる部屋から何の音もしなかった。マロンはドアに向かい部屋の中のイリーシャに声をかけた。
「マロンです。イリ、少しお話しませんか?」
辺境で親しくなった時、イリーシャが自分のことを「イリ」と呼んでいた。親しみを込めたマロンの声に部屋の中から反応はない。マロンはカリルリルに椅子を用意してもらいしばらくドア越しに声を掛けることにした。カリルリルは「この階には誰もいれないでおくわ」と言ってマロンを残して立ち去った。
マロンはイリーシャの事情を聞くより、デビュタントパーティーの時の話やユキ、フライ、辺境の旅の話を話し始めた。「コトリ」と部屋の中から音がした。静かに部屋のドアが少しずつ開いた。マロンは何気なく靴先を開いたドアの隙間に差し込んだ。イリーシャは慌ててドアを閉めようとしたがマロンの靴が邪魔で閉じることは出来なかった。
「イリーシャ様、はしたない行為ですが今はイリーシャ様のお体が心配です。マロンだけ部屋に入れてくれませんか?」
「ダメ、マロンに悪い事したから・・」
「どうしたのですか?」
「ミミが・・ミミが・・」
「もしかしたらミミが壊れてしまったのかな?大丈夫よマロンが直します」
「でも、王女がミミなんて持ったらダメだって」
「誰かしらそんな事を言う人は?ミミはイリーシャ様のお友達ですから言った人が間違っています」
マロンはイリーシャが自らドアを開けるのを根気よく待った。イリーシャは靴の先分の隙間からマロンを確認するとそっとドアを開けマロンの制服を引っ張り部屋の中に入れるとドアをぱたんと閉めた。
イリーシャの部屋に入るのは久しぶりだった。部屋はカーテンが閉められ薄暗くなっていた。それでも部屋の中は変わりないようだが、抱き枕のミミとフライのお家と王弟陛下から贈られたランプがなくなっていた。イリーシャの心のよりどころだったはず。それを知っている侍女やカリルリルが取り上げることはない。
イリーシャは食事を十分にとっていないせいか少し痩せていた。綺麗な金色の髪がくすんでいる。十分にお手入れできていない様だ。イリーシャは泣きはらした赤い目でマロンにしがみついてきた。マロンはそのままイリーシャを抱きかかえ椅子に腰かけた。マロンの胸に顔をうめしがみつくイリーシャをマロンは優しく背中を撫でることにした。しばらくするとドアを叩く音がした。
「イリーシャ様、リーナッツです。食事をお持ちしました」
「今、開けるわ」
マロンはイリーシャに向かって人差し指を口に当て、カーテンの陰に隠れた。イリーシャはマロンが隠れたと同時にドアを少し開けるとリーナッツと名乗った侍女は滑り込むように部屋の中に入った。
「パンをお持ちしました。王妃様やカリルリル様から食事は出すなと言われていますがそれではあまりにお可哀そうです。ノーリア姫様のお子様だからと虐められるのはおかしいです。母様であるノーリア姫様が聖国にお戻りになられましたから、私が聖国にお連れしますのでもう少し待っていてください。聖国は素晴らしい国です。正式な王女様としてとても大事にされます。今は辛抱してください」
そう言うとドアを開けすぐにリーナッツは出て行った。マロンはカーテンから抜け出すとイリーシャの手に持たされた硬いパンをテーブルに置き、収納からサンドイッチとミルクの入った瓶を取り出しコップに注いだ。そしてイリーシャ好きなジャムの入ったクッキーも並べた。
「マロンの準備したものです。硬いパンより美味しいです」
「でも・・」
「先ほどの侍女様が他の人の持ってきたものは食べたらだめだと言われましたか?」
「うん、毒が・・」
「それで食事を取らなくなったのですね」
マロンはイリーシャの目の前でミルクを飲みサンドイッチをとクッキーを食べて見せた。イリーシャのお腹かから「キュー」と音がした。育ち盛りの子供には空腹は辛い。おずおずとイリーシャはテーブルのサンドイッチに手を伸ばした。
「ゆっくりよく噛んで食べてね。しばらく食事をしていないからお腹がびっくりしますよ。それにこの部屋に魔法を掛けましたから普通におしゃべりしても外には声は漏れません。食事が終わったらマロンにお話ししてくださいね」
さすがに王女だけあってイリーシャは空腹だからと口いっぱいにサンドイッチを頬張ることはしなかった。
『ユキ、聖国のノーリア姫って出戻ってどこかに嫁に行ったのではなくて?』
『以前オズワルドたちの話し合いの時言っていたな』
『つまりまた出戻ってきたということ?そしたら娘が恋しくなった?』
『そんな殊勝な女ではないぞ。王弟を騙して子供を作り男なら国王の子と言うつもりだったんだから』
『聖国に出戻っても居場所がないからエディン国で生んだ娘を使って何か策を練っている?』
『あり得るな。ほんとは死んだと思っていたのにデビュタントパーティーでお披露目されたことで生存を確認したということだろう』
それにしては食事を与えず精神的にも追い詰める意味が分からない。死んでしまっては聖国にとって都合が悪いはず。とりあえずマロンはイリーシャから話を聞きだすことにした。雪はフライの居場所と王女の周りの情報を集めることにした。
お腹いっぱい食べたイリーシャはマロンに抱かれうとうとし始めた。マロンはイリーシャに侍女のリーナッツから何を言われたか聞きだすことにした。
「イリ、どうして部屋に閉じこもったの?」
「食事が美味しくなくなったの。お医者様は大丈夫と言ったけど・・」
「それで?」
「毒かもしれないって」
「先ほどの侍女が言ったの?」
「だって、リーナッツが持ってくるものはおかしな味がしないの」
「それで、リーナッツの持ってくるものしか食べなくなったの?」
「うん、それにね。イリの本当のお母様が迎えに来るって」
「本当のお母様?」
「王妃様は本当のお母様でないことは知っていたけど・・」
「知っていたんだ。そうだよね3才だったもんね。でも王妃様は優しかったでしょ」
「優しいけど、お父様とお母様の結婚を許さなかったからお母様は泣く泣くイリを残して聖国に帰った」
「なるほど、聖国でノーリア姫は死んだと思ったイリが生きているのを知って迎えに来ると言ったの?」
「うん、リーナッツはそのために聖国から来たと言ったわ」
「イリは聖国に行きたい?ノーリア姫に会いたいかな?」
「分からない。考えると頭が痛くなる・・」
マロンはイリが考える事を放棄しているように感じた。辺境の貧しい子供を見て立派な王女になってみんなを助けたいと言った利発な様子が今は見られない。イリーシャの部屋は茶色のカーテンが昼間にもかかわらず閉められ部屋の空気が淀んでいる。マロンがカーテンを開け窓を開くとイリーシャは慌ててカーテンを閉めようとした。
「イリ、昼間はカーテンを開けて窓を開いて良い空気を部屋に入れないと」
「リーナッツが悪人が忍び込むからダメだって」
「悪人て誰のこと?」
「王妃様・・」
マロンがカーテンの裏に隠れた時カーテンの裏に白い封筒が張り付けてあった。マロンは部屋の空気を入れ替えているとイリーシャはうとうとし始めた。先ずは部屋全体に「クリーン」を数回かけ、寝具にも「クリーン」をかけイリーシャを寝かせた。
カーテンの後ろの白い封筒を手袋をして剥ぎ取り中を確認した。そこには乾燥した薬草らしきものが入っていた。寝台の横には隠れるように見慣れない香炉が置いてあった。マロンはイリーシャが寝ているうちに部屋の中を色々見て回った。テーブルや椅子の裏側、絨毯をの下、クローゼットの中や本棚、よく見れば先ほどの薬草の様なものがあちこちから出てきた。
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誤字脱字報告感謝です (^o^)
酷暑に寄り自転車が上手くこげなくなりました。更新が遅れがちになりそうです(´;ω;`)ウゥゥ




