118 ハリスの説得術
マロンの近くにエリザベスとセドリックが踊りながら近づいてきた。セドリックとエリザベスの瞳の青いサファイアがエリザベスの胸元に輝いている。マロンはエリザベスに声を掛けた。
「オズワルド様と踊られましたか?」
「父がエリザベスのファーストダンスをセドリックに譲るわけないだろ」
代わりにハリスが即答した。マロンと話しながら踊っていてもハリスは周りを見る余裕があったようだ。
「お兄様、何曲マロンと踊る気ですか?セバスおじさまが睨んでいますよ」
「あっ、ファーストダンスを・・どうしましょう・・?」
「心配ないよ。この曲でセバスさんの所に戻ろう」
「エリザベスさん、私たちもマロンさんとハリスに負けないくらい踊りましょう」
「え・・、せめて3曲でお願いします」
踊りながらハリスは流れるように広間の中心からセバスたちの所にマロンを誘導した。マーガレットの笑顔に反してセバスは苦虫をかんだような顔をしている。慌てたマロンは素早くセバスに謝ろうとしたが、その隙を与えずマーガレットが優しくマロンを抱きしめた。
「マロン、綺麗だったわ。ハリス様、よろしいのですか?」
「まだマロンには言っていないがそのつもりだ」
「俺からもお願いしたい」
「オズワルド様、まだまだ教えることが多いですが」
「ハリスの決意は固い。彼女に耐えてもらうしかない」
「いやだ。マロンは誰にもやらない」
「何を子供みたいなこと言っているの。マロンがどれだけ辺境のために頑張っているか知っているでしょ。今回のことでマロンに届く釣書が随分減るわ。大助かりよ。よその高位貴族から申し込みがあったら断ることが出来ないのよ」
「分かっている・・・」
しぶしぶ答えるセバスにマーガレットが優しく肩を叩く。
「マロンは気にしないでいい。ただ俺はマロンと共に人外達とも仲良くやっていきたい」
マロンはダンスを3曲以上踊るのは婚約者だけということは知っていた。しかし、国王や王妃の声掛けに混乱していたのでそのことを失念した。
「セバスおじ様、兄の思いは本当です。マロンは兄が嫌ならはっきり断っていいのよ。でも少しでも思いがあるなら真剣に考えてあげて。父はまだ若いからすぐに辺境に戻ることはないわ。マロンはまだまだやりたいことが沢山ありそうだし兄はいくらでも待てる人よ」
「えっ、マロン真剣に考えてくれ。子供だましの様なことをしたが俺は本気だから。でも10年は待てないからな。その時は辺境に攫って行くから」
「わたし元は平民よ」
「そんなことは大丈夫だ。いざとなったらユリア夫人にお願いする。王妃様でも良いかも」
「なぜユリア夫人なの?・・」
「君はエリーナの双子の妹だろう」
「なぜ知っているの?」
「教会で親子鑑定したそうだ。ロースターさんはすぐにでも君を引き取ると言い出した。しかし、君はその気がない。ユリア夫人に相談を受けたんだ」
他人に話し声が聞こえない様に小さな声でハリスは話した。マロンは言い訳を考えたがその答えをハリスが告げた。
「マロンは育ての親のおばあ様に愛情深く育てられましたから今更親はいらないと伝えたんだ」
「ありがとう」
「だって、君を父は養子にしたいと思っていたんだ。でもそれだと俺と兄妹になるだろう。それだけは阻止しないといけなかった。まあ、君はそれさえ断っただろうけど」
「・・そうね」
「だけど今回は僕の申し出を受けた方が良いよ。脅しではないけど、君の価値に惹かれた者たちが群がってくる。それを蹴散らすには俺との婚約かローライル家に入るしかない」
「ローライル家に入ってもいずれはどこかに嫁に出されるわ」
「そこだよ。君がどうしても嫌なら婚約解消してもいいから」
「そんな事・・」
「いいんだ。父はいずれ再婚する。だから俺が辺境伯を継ぐとは限らない。俺を利用しろ。商業ギルドのおじさんに嫁入りしたくないだろ。まだ俺の方がましだ」
突然のハリスの告白にマロンは国王の言葉以上に驚いてしまった。ガバネスト自身との結婚だと思っているようで思わず笑みが出た。ハリスはマロンの多くの秘密を共有できる唯一の人かもしれない。義両親にもロバートさんにも伝えていない多くのことを受け入れてくれる。
「そんな真剣な顔するな。今はここで、みんなに俺の婚約者だと印象づければいいんだ。まだ、セバスおじさんに許可貰ってないからな。堅苦しく考えるな。俺だってまだ騎士団で何年か勤めるつもりだ。結婚なんて先の先でいいんだ」
「あらら、ハリス様は乙女心が分かりませんのね。花束もなく指輪もない。それも王城でのデビュタント会場。私の夫に近いのかしら?マロン、そういう男を彼氏に持つと苦労掛けられるわ。でも、ハリス様は虫よけには最高の方よ。正式なお披露目はまだまだ先でいい。よく見て決めなさい。それよりパパが五月蠅いのよ。ダンスに行ってきなさい」
マーガレットに促され義父の元に向かい「ダンス・・」と言うが早いかセバスに手を取られさっそうと広間の中心に向かい踊り始めた。
「俺の方が上手いだろ。まだまだハリスは子供だ。まだ、結婚などしなくて良いが・・・商業ギルドのおじさんには嫁にやれない。マロンもそう思うだろう。それならまだハリスの方がいい。いずれは辺境に戻ってこれる。ジルやスネも喜ぶ。でも、まだ早い。楽しい時間を過ごせ。魔法陣・・か、錬金術でも自分の可能性を広げろ」
義父は少し目が潤んでいたかもしれない。マロンはおばあ様と二人きりの生活にユキが増えロバートさんに助けられ、辺境の人達に守られていた。それをあらためて感じた時間だった。
父とのダンスが終わり壁際に戻ればエリーナが待っていた。開会前に話をしたエリーナとのダンスの時間だった。エリーナはマロンの右手を、エリザベスはマロンの左手を取り女の子三人が輪になって踊り始めた。そこに同級生の女子が一人、二人と加わっていった。大きな輪になれば半分に別れ二重の円を作っていった。白いドレスが同じように広がり揺れるさまはまるで雪の妖精のようであった。
一曲踊り終わるとそれぞれのパートナーが白い妖精をエスコートして会場に広がっていった。華やかなデビュタントパーティーは夜の帳が降りてなお終わることはなかった。
義両親は慌ただしくオズワルドと共に辺境に戻っていった。エリザベスは週末はローライル家を訪問してユリア夫人から侯爵家のしきたりやマナーを学び始めた。マロンは寮に戻りあいも変わらず辺境から送られてくる薬草でポーションを作り送り返していた。マロンのデビュタントの白いドレスはそのままマロンは大切に保管することにした。
「俺、行けばよかった」
「どうしたの?」
「フライから聞いたぞ。ハリスが告白したんだって?」
「え・・、どうして?」
「イリーシャにフライがついて行った。そして、マロンの所が騒がしいので偵察に行ったということだ」
「偵察って・・」
「イリーシャは王妃の側から離れられないし話も分からないだろう。フライは一句も漏らさず送信してくれたぞ。それどころかコユキと一緒になってダンス風景まで見せてくれた。俺は何で最高の場面に行かなかったんだ」
「だって、人が多くて五月蠅いからでしょ」
「それもあるがスネが誘いにきた」
「それでは仕方ないわね」
「だから悔しい・・。爺より良いが・・ハリスか・・」
マロンはユキに商業ギルド長の息子さんの嫁だからねと念押しをした。国王が言った言葉の意味が違うとはマロンは言えなかった。それも研究させるための嫁だから好意があるわけではない。後で聞いたがガバネストさんの息子はバツイチ子持ち30過ぎだった。まだ学園生に勧める相手ではない。
マロンはユキに人外やマロンの秘密を受け入れてくれる人は限られているとユキに説明した。
「なんだ、マロンはハリスで手を打ったんだ。それなら大手を振って辺境に行けるな。ユキもスネもセバスも大喜びだ。良かった、良かった」
マロンはユキにまだハリスに返事はしていないと言ったがユキは聞いていない。ユキは今だって辺境に自由に出かけているではないか。どこが遠慮しているのかマロンには分からない。それでもユキがハリスを認めてくれたのにほっとした。
お読み頂きありがとうございます。
読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!
誤字脱字報告感謝です (^o^)




