116 マロンのデビュタント
今日はマロンたちのデビュタントの日。王宮で行われるデビュタントパーティーは社交界への第一歩であり大人として歩き出すことを意味する。
前日からエリザベスのためにオズワルドは騎馬で王都にマロンの義父セバスと共に王都のタウンハウスに来ていいた。
「ハリスの時にはエリザベスとダンスができなかったが今回はファーストダンスを俺が勝ち取る」
「セドリックに譲られたんでしょ」
「そんなことはない。あ奴はこれから幾らでもエリザベスと踊れるんだ」
マーガレットはエリザベスやマロンのためにセバス達より早く馬車でタウンハウスに入り、受け入れの準備をしていた。エリザベスの白いドレスは領地の魔蜘蛛糸から作り上げた名品だ。お飾りはセドリックの碧い目と同じ色のサファイヤが耳と胸元を飾っていた。
エリザベスもマロンも数日前より侍女やメイドに磨き上げられ本心はクタクタだったが、周りの期待に応えようと頑張っていた。
「二人とも、無理はしなくて良いのよ。父親たちはいないのだから軽食を少しでもお腹に入れておきなさい。エリザベス様はローライル家の挨拶もあるから猶更ね」
マーガレットの助言に二人は小さくカットされたサンドイッチとストローの差し込んだジュースの入ったコップを手にした。マロンたちの学年は王子たちの生誕に合わせ貴族子女が多く生まれていた。そのためここ5年ぐらいは王宮のデビュタントパーティーは大掛かりなものになっていた。
さらに第三王子の正式な婚約発表の予定もある。マロンたちはアルファリアとの婚約を知っていたがまだ公式には発表されていなかった。第三王子レイモンドは臣下降籍することを受け入れオルリール公爵家での勉強も始めていた。
「二人とも綺麗だな」
珍しく騎士団に就職したハリスがタウンハウスに顔を出した。学園を卒業し新人として厳しい訓練に明け暮れているとは聞いていた。特に新人のハリスはデビュタントパーティーなどの公式行事では外回りの護衛勤務になるのでタウンハウスに顔など出している暇がないはずだった。
「マロンは俺がいるのが不思議そうだな?」
「だって、新人は護衛勤務でしょ?」
「そうなんだが、家族のエスコートならお休みが貰えるんだ」
「誰のエスコート?エリザベスにはオズワルド様がいるわよ」
「そうなんだ。ただ辺境から来るのに何があるか分からないだろう。いざと言うときはエリザベスはセドリックに任せマロンのエスコートに来たんだ」
マロンは王宮のパーティーに置いて女性が一人で入場することは恥ずべきことだと知らなかった。
「ハリス殿、ありがとうございます。マロンの事を気にかけていただき感謝します」
「セバスさん、父のことですから少し心配だったのです。以前も王都に向かいつつ夜盗狩りしてきたことがあったでしょ?」
「ああ、あったな。確か年末の王宮会議に間に合わなかった」
「間に合った!」
「確かに間に合ったが血濡れのまま着替えもしないで会議に乗り込んだではないですか」
マロンとエリザベスは自分のパートナーが血濡れのままエスコートしてきたらその手を握れるかと考え首を振った。「「無理だわ」」思わず二人とも口から洩れた。
「お兄様の心遣い感謝します。いくら愛する父でも血濡れのままエスコートは無理です」
「エ、エリザベス、父はそこまで考えなしではない」
「マロン、わたしは大丈夫。マーガレットがいるから」
「当たり前でしょ。玄関で水魔法をぶちかまして、風魔法で乾かしますわ。娘に不名誉な二つ名はいりませんわ」
「二つ名?」
「マロン聞きなさい。セバスは私のデビュタントパーティーに魔物を担いでやって来たのよ。「マーガレット、デビュタントの祝いだ」と言ってね。別に辺境ならいいのよ。王宮の入口でそれはないわよね」
「「ないない」」
「マ、マーガレット、30年も前の話を・・」
「25年前よ。うら若き乙女だった私は「魔獣の王の妃」と言われたのよ」
セバスは「辺境の雄姿は王都の雄姿ではないとは思わなかった。誰も教えてくれなかったし皆も喜んでいた」とぶつぶつ言い訳をしていた。マーガレットはセバスとの婚約を解消する勢いで文句を言った。
その姿を見た当時の辺境伯夫人がマーガレットを侍女として引き抜いた。
マーガレットは学園の成績も良く気働きもできることでどんどん出世していった。セバスは一騎士でいたがこのままでは本当に婚約解消されると魔法と剣の腕を磨き辺境騎士団でも一・二位を争うほどの腕にのし上がった。デビュタントから10年後にマーガレットは「魔獣の王の妃」になった。
「お父様は見た目と違うギャップ差が激しいことね。黙っていれば鍛えられた体に精悍な顔、確かに見た目では王都の軟弱な貴公子たちをなぎ倒せるけど・・」
「大丈夫よ。それが良いという方もいる・・と思う」
「セバスおじさんのような方を受け入れられるのはマーガレットさんしかいないわ。父も同じね。お兄様もお父様の二の舞にならないように」
馬車の準備ができそれぞれが王宮に向かった。ハリスはエリザベスの家族としてそのままデビュタントパーティーに参加することにした。王宮の入り口ではセドリックがエリザベスとオズワルドに挨拶にきていた。セドリックはエリーナの家族としてデビュタントパーティーに参加する。
「エリザベスさん、マロンさん、おめでとう。とても素敵なドレスね。そのまま花嫁にしたいくらい素敵よ」
久しぶりにあったユリア夫人は目を細めマロンたちを見つめた。そこにエリーナが顔を出した。白いドレス姿はある意味個性を隠す。
「まあ、同じような白いドレスのせいかしら、エリーナさんとマロンさんはよく似ているわね」
マーガレットの一声にロースターとユリアの肩が跳ねた。マロンはわざとエリーナに近づいた。
「こんなに綺麗なエリーナさんに似ているなんて光栄です。後で二人でダンスをしましょうね」
「お父様と兄と踊り終わったら踊りましょう。マロンのドレスのレースは繊細ね。凄く似合っているわ」
「エリーナだって素敵よ。ホールのシャンデリアの輝きをドレスが反射してとても映えるわ」
お互いを褒め合いながら笑顔で話を続けた。そこにはSクラスのクラスメイトが少しずつ集まってきた。
「今日はレイモンドさんとアルファリアさんのお披露目ね」
「二人とも緊張しているかしら」
「レイモンドさんは緊張しているかしら?」
「どうかな?アルファリアさんの方が肝が据わっていると思うわ」
「レイモンドも1年の頃を思うと随分落ち着いた」
「マロンに陣取りで戦いを挑んだわね」
「他の男子もわいわい騒いで子供みたいだったわ」
「マロン、1年の男子生徒なんて弟みたいなものよ」
「エリザベスは弟いないのに良く分かるわね」
「お兄様だって、マロンに陣取り負けて何度再戦したと思うの」
「あのハリス様が・・」
「そうよ。今日だって休み取ってまでデビュタントに参加しているの」
「妹思いなのよ」
「そう言うことにしておくわ。マロンもエリーナも婚約者がいないんだからここは華々しくデビュタントデビューして良い男を見つけて」
「同級生から選ぶの?」
「付き添いの家族がいるでしょ。ここに来る身内の中には婚約者がいない方もいるわ」
「エリザベスはセドリックさんがいるものね。余裕ね」
マロンたちの話を聞きながらユリア夫人はそっとハンカチで目頭を押さえた。
「お母さん、マロンさんを我が家に向かえることは出来ませんか?」
「出来ないわね。マロンさん自身が望んでいない。私達はそっと見守ることしかできない」
「でも、公爵家なら彼女を守れます」
「何から守るの?」
「・・・・・」
「マロンさんはマリーナールやロゼリーナとは違うの。そしてエリーナとも違う。自分の生きる道を自分で決めて歩める子なの。貴族の身分さえ放棄する子だわ。マロンの養父は辺境の騎士だと言っていたわ。誇らしげにマロンを見つめているわよ。ただ血の繋がりだけでは親子にはなれないのよ。貴方には息子の嫁、新しい娘ができるの。彼女を大切にしてあげて欲しいの。エリザベスの幸せをマロンさんが一番喜ぶわ。マロンさんはきっとエリザベスさんに会いに来てくれるわ。彼女に会える機会を大切にしましょう」
「・・・・」
きっと息子は納得していないとユリアは思う。でも、デビュタントの素敵なドレスを着て笑顔のマロンに不幸の影はない。息子も見ればわかるはずだ。実の母マリーナールに傷つけられたことさえマロンは乗り越えてきた。ユリアはエリザベスとマロンを見守ることを最後の務めと決意していた。
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