114デビュタントのドレス
マロンが錬金科の教室に入ればハリソンが声を掛けてきた。
「先日は残念だった。一緒にお茶したかったのに」
「何々、おデートですか?」
「違うの。ドレスの手直しに行った帰りにカフェの待ち列でハリソンが可愛い女の子とデートしたのに出会ったの」
「別に彼女はデートではなくて商会長に頼まれて・・」
「ふむふむ、クローレはどう思う?」
「マロン、女の子はこんな風にハリソンの腕をぎゅっとした?」
「もちろんぎゅっとしたからお茶は一緒しなかったわ」
カーナリーはマロンの頭を「よくできました」と言って撫でた。それを見てハリソンは意味が分からない様だ。いつも口数の少ないエアロンがハリソンを諭すように見つめた。
「ハリソンはもてすぎて馬鹿なのか?女性と二人で出かけたのに、女友達に声を掛けたうえにお茶に誘ったのか?私の姉に聞いて見ろ。「離縁」だと騒ぐぞ」
「えーーー?」
「だって、ハリソン、その子と婚約話が出ているんだろ?」
「まだ決まったわけではない」
「えーー、ないわ。こんな気遣いが出来ない男はないわ」
「婚約者と出かけて他の女性に声を掛けるなんて最低よ」
「俺はそんなつもりないから・・」
「何のつもり?マロンに気がない?婚約する気がない?」
「いや、そういうことでなくて・・」
「頭が良くても色恋はダメか。とりあえず街でもどこでも彼女を連れたら他に目を向けない。鉄則だ」
いつの間にかマロンは蚊帳の外、ハリソンは級友に揉みくちゃにされていた。「婚約者取り扱い十か条」なるものまで出てきていた。そんなマロンにカーナリーとクローレが声を掛けてきた。
「マロン、ドレスは上手くいきそう?」
「うん、ちょっと変わった方だったけど腕は確かみたい」
「いつ取りに行くの?」
「次の休みに一度見に行くの」
「「わたしも連れて行って」」
「何も面白くないよ」
「自分のドレスは母が掛かりきりだもの。マロンのドレスが見て見たい」
「自分でドレスを選べるなんて凄いわ」
そんな会話をしたのち授業が始まった。翌日には経済科のセーラまでがドレス見学に参加することになった。『女の子はドレスに夢中だな。無駄なものに時間をかける』とユキはお出かけに参加しないことになった。確かにユキに服は似合わない。綿毛が命の「ケサランパサラン」。
セーラとクローレ、カーナリーは共に顔なじみであったので四人でクチュールの店に向かった。初日と違い店回りは綺麗に掃除され花まで植えられていた。木の扉や大きなガラス窓は磨かれ、可愛いドレスが数枚トルソーにかけられ展示されていた。けっして華美なドレスではないが品のある落ち着いた白いドレスに淡い黄色のドレスは富裕層の庶民か低位貴族なら買えそうな品物だった。
「ちょっとマロン素敵なお店ね。飾り物を宝石にしてもう少しレースやリボンで飾れば私たちでも似合いそうね」
「本当に素敵だわ」
「わたしここで服を作ろうかしら」
「セーラは商会に嫁ぐのよね。可愛すぎない?」
「今はそれ位がいいの。若奥様は可愛くしないとね」
マロンが店に入るとクチュールは丁寧にお辞儀をして迎入れた。同伴の友人たちを紹介するとお茶を出してもてなしてくれた。
「こちらに小物がありますので見ていただけたら嬉しいです。マロンさんは奥にお願いします」
クチュールに連れられ中に入ると二つのトルソーに真っ白なドレスと白に近い生成りのドレスが並んでいた。襟首を華やかに飾ったレースは除かれ幅の狭いレースに変わっていた。襟首の幅広レースは綺麗に伸ばされドレスの上部をボレロのように纏わせてあった。さらにふんだんについていたリボンはすべて外されていた。その横にレースとリボンで作られた小さな手持ちバックが並んでいた。
リボンに隠れていた布は落ち着きのある白生成りが映え大人一歩前のマロンに丁度良いドレスだった。おしゃれに興味がないマロンでも丁寧な手直しに驚いた。
「気に入ってもらえましたか?元の生地が最高なのでハイウエストからのドレープを大切にしました。その代わり上半身に少しレース地でボレロを作り華やかにしてみました。手袋は取り外したレースとリボンで作ってあります。靴はどうされますか?お飾りがなければ残りのレースで何か作ります」
マロンは収納から白真珠の小玉のネックレスと耳飾りを取り出した。クチュールは満足そうに真珠を確認するとトルソーのドレスにあわせた。クチュールは満足そうにうなずいた。
「とても素敵です。デビュタントに丁度良いです」
「急がせて申し訳ありません。隣のドレスは?」
「デビュタントのドレスは一枚ですからこれは他の色のレースと合わせようかと考えているのですがこのレースを見てしまうとなかなか納得できるものが見つからないのです」
マロンはしばらく考えたのち、リリーに着ないと言った夜会用のドレスを数枚出した。クチュールは驚いてドレスを吊るすと目を見張った。
「なんて素敵なんでしょう。確かにマロンさんには随分早いドレスだし好みではない。でもこれを使えばこの白いドレスが華やかになるわ。でも壊すのが恐ろしいわ」
「着ないつもりで仕舞ってあったのです。誰かが着てくれたら嬉しいです」
「作り替えて販売するのですか?」
「それでもいいです。貸しドレスなんてあったら便利かな・・と思ったんです。今回ドレスを譲り受けなければ私はドレスをたった一回のために買わなければなりません。そんな女性はいるのではないですか?」
「高位貴族などはドレスを下げ渡すこともありますが・・貸しドレス・・いいかもしれません。今まで最新ばかりを追い求め本来のドレスの美しさを忘れていました。一人一人に合わせた貸しドレス。終わればまた手直しすることでまた使える。気に入れば購入もできる。新しい商売だわ」
「実は手持ちのドレスが沢山あるのです」
「えっ、まだあるのですか?」
「あるのです。それに布もあります。わたしはそこまで縫物に傾倒していないので・・」
「よろしいのですか?ら、来週もう一度いらしてください。お願いします」
クチュールに何か考えがあるのか来週の約束をして店を出ることになった。店の小物を友人たちは数点購入した。その後ハリソンのせいで寄れなかったカフェに向かった。女性好みのカフェは静かにピアノの音色が流れ、お茶を楽しみながら小さな語らいを楽しむことが出来ていた。
「素敵なお店ね。最近女性好みのお店が増えているとは聞いていたけど・・素敵だわ」
「セーラは自分で店を切り盛りできる機会があるわね」
「まあ、すぐは無理だけど自分の店を持ちたいわね」
「どんなお店?こんなカフェ?さっきみたいな可愛い雑貨屋、ドレスショップ?」
「結婚相手によるけど、個人資産は必要よね」
「個人資産?」
「あら?自分のお金を一金貨も持たないなんて心許ないわ」
貴族の令嬢は生まれては親に庇護され、結婚しては夫に庇護され、夫亡きあとは子供に従うが当たり前だ。しかし、現実は親が事業に失敗したり、ろくでもない夫に金を使われることもある。浮気されても自立できなければ泣き寝入りするしかない。まあ、こんな不幸な令嬢ばかりではないがセーラは貴族と言えども厳しい商売の世界に身を置くことを思えば自己保身の手段は幾つあってもいい。
「セーラさんは凄いわね」
「何言ってるの。貴方達だって錬金術を学んでいるでしょ。身に着けた技術は自分を助けるわ。別に「できます」なんて顔に出さなければ良いのよ。「お金を稼ぐのは恥ずかしい」なんて時代遅れの方が相手なら尚更ね」
自立心旺盛なカーナリーはセーラの言葉をかみしめていた。すでに婚約者のいるクローレは半分聞き流した。
「あなたたちは目の前に自立した女性がいるのに気が付いていないの?」
「セーラさん?」
「違うわ。マロンよ。彼女レシピ持ちの商業ギルドカードもちよ」
「ちょっと、セーラ」
「だって、商業ギルド長がたまには収益の確認に来て欲しいって言ってたの」
「個人情報なのに・・」
「ガバネストさん、マロンを嫁に欲しかったみたい」
「「えーーー」」
「違うのよ。息子の嫁にして研究を手伝えが本心なの」
「マロンて、なんか不思議よね。でも気をつけなさい」
セーラもカーナリーとクローレもマロンがレシピ登録で小金を稼いでいるとしか思っていない。しかし、「転移の魔法陣」のおかげでマロンでも驚く金額が入金されていた。
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