110 スネからの便り
「おはようございます」
ふいに声を掛けられマロンが振り返るとそこにはハリソンが立っていた。
「お、おはようございます」
「相談なんだけど、「魔力を少しずつ」とか「ちょっと多め」とかに対して君はどのように説明している?僕はそこらへんが上手くできなくて困っているんだ」
ハリソンが何もなかったようにマロンに挨拶をしただけでも級友は目を見開いている。さらにハリソンがマロンに相談を持ち掛けた。錬金の教室の騒めきが消えた。先日マロンの寮にまで来てくれたのでマロンは深呼吸してハリソンの方に体を向け話しかけた。マロンより背の高いハリソンにマロンの首が疲れそうだ。
「魔力って数値化できないから個人の流す感覚を数値化してみたの。私の場合は少しずつを「1」としてその2倍が「ちょっと強め」みたいな感じです。もちろん最初の「少なめ」を何度も繰り返して体に覚え込ませる。「少なめの魔力」で「C」以上を作ればほぼ基準ができると思うのです」
「つまり軟膏が「C」以上になるまで「少なめ」の基準に到達しないということか?」
「はい、火球なども最初は込める魔力と火球の大きさは同じですよね」
「ああ、そう言うことか。良く分かった。ありがとう」
ハリソンは机に戻ると教本に書き込みをした。心配そうに見ていた級友は揉め事もなくハリソンが戻ったことにほっとしたようだ。その日は「錬金傷軟膏」を続けて調剤した。
「マロンの話でなんか分かった気がした。単なる感覚で魔力を流すと多すぎたり少なすぎたりするから安定した軟膏が出来なかったんだな」
「体に基準を覚え込ませればその後はレシピに自分の数値を書き込めばいいんだ」
「そうですね。「C」レベルを何度か作れば体は自ずと覚えるものです」
その日は小爆発を起こすことなく調剤は順調に行われていった。マロンはもちろんだがハリソンは苛立つことなく各生徒の補佐に入っていった。時に笑い声がするほどにハリソンは穏やかになった。
「マロン、ハリソンに何かした?」
「何もしない。あの時のままだよ」
「ふーーん、人って変われるのね」
「あれが演技なら凄いけどハリソンだからね。俳優にはなれないと思う」
寮の食堂で定例のお茶会でカーナリーとクローレと雑談をしていた。そこにバタバタとお騒がわせ三人がハリソンを連れてやって来た。気まずそうなハリソンを無視してカーウインが椅子を集めて最初に腰を下ろした。
「お茶会するなら声を掛けてくれよ。狡いだろう」
「別にお誘いしたくないし」
「クローレ、つれないよな」
「みんなマロンにお任せだもの。時にはお菓子の差し入れとか、良いお茶を持参しなさいよ」
「それもそうか?俺たち婚約者もいないからそういうとこが抜けているんだ」
思わず笑いだしてしまった。そのままぞろぞろとハリソンも含めお茶会が始まった。マロンがカップを取りに戻ろうとすると食堂のおばちゃんリンドレが七人分のお茶を運んできた。
「マロンさん、ちょっとこのお茶味見してみて、後これはあのクッキーを作ってみたの。こっちは紅茶入り。なかなか美味しいと思うけど貴族の方から見たらどうかなと思って」
「ありがとうございます。美味しくいただきます」
リンドレはちらちらマロンの方を見ながら厨房に戻っていった。マロンはトレーからお茶の入ったカップをそれぞれに配り最初に一口飲みクッキーも二種類食べた。
「お茶はさっぱりしているわね。このクッキーには少し物足りないかもしれないけどクッキーは美味しく焼けているわ」
まずはオイゲンがクッキーを食べカーウインがお茶を呑む。その後それぞれがお茶やクッキーを食べ始める。
「これが紅茶入りのクッキーなのね。凄く美味しい。入れる茶葉で香りも違うわね」
「茶葉をクッキーに入れるなんて思いつかなわね」
「おいマロン、さっきのおばちゃん心配そうにこっち見てるぞ」
隠れているつもりの柱からリンドレのふくよかな体がこちらを向いていた。マロンは両手を上げ大きな丸を作った。「キャー、上手くいったわ」と言う声がこちらにも聞こえる。
「許してね。食堂のおばちゃんたち新しい料理に目覚めて今は色々試しているの。ほんと努力を怠らないのよ。見習うべき人たちだわ」
「そんなに頑張らなくてもお給料はかわらないんだろ」
「そうね。それで良しの人もいるけど。楽しむ気持ちがあれば仕事の時間が楽しくなるし成果も上がると思う」
「いやいややれば成果はそれなりということか?」
ハリソンはマロンに尋ねた。マロンはハリソンに答えた。
「なんでも楽しくは難しいわ。行き詰まりに当たって嫌になることもあるし、自分では解決できないこともある。でもそれって誰も一緒よね。自分だけが特別なんて思わなければいいのよ。皆より特別出来ないとか、皆より特別の人間とかそういうのは思い込みだわ。レイモンドさんも第三王子だけど特別のようで特別ではないわ。まあ、学園に居るうちだけかな」
「第三王子を出してくるところがマロンだよな。ともかくたかがクッキーされどクッキーだな」
それからはお菓子の話から茶葉について、今日の錬金講義についてと皆でわいわいと話して時を楽しんだ。夕方部屋に帰ればそこにはスネがユキと一緒にごろりと寝ていた。スネは時々ユキを連れて辺境に帰るし会いに来てはお菓子を持ち帰っていたがマロンと顔を合わすのは久しぶりだった。
マロンはリンドレから貰った子袋入りの紅茶クッキーと錬金で作った「傷軟膏」「初級の回復ポーション」を籠に詰めた。
「あ、マロンお帰り」
「ユキもお帰り。辺境は楽しかった?ジル達元気だった?」
「元気だよ。セバスたちと薬草畑を作る準備に追われている」
「何処に作るつもりなの?」
「セバスの土地とそこに隣接した石壁の向こうを今開墾している。いずれは石壁を広げる予定のようだ」
何だか大事になっている。マロンはジルの洞窟周りで薬草育てればいいくらいに考えていた。石壁の周りは見晴らしがよいように伐採はされているが太い木の根は残されている。開墾するには大変な力と人手がいる。セバス一人でどうにかなるものではない。
まして辺境領の石壁を広げるとなれば一大事業になってしまう。マロンは慌ててセバスに手紙を書いた。そのついでに転移陣の二枚のハンカチにマロンの魔力を込め、一枚を送り返してもらうことにした。そうすればスネを頼らなくても手紙が送れる。くねくねと寝返りをしたスネが赤い目を開いた。
「マロン、疲れた・・」
「転移が辛かったら無理しなくて良いのよ」
「違う、セバスが俺をこき使うんだ。太い木の根を掘り起こす仕事が俺しかできないから・・」
「それは仕方ないだろ。ジルだって掘り起こした根を運び出しているだろ」
「ユキはいいわ。「頑張れ、頑張れ」だけだもんな」
「ユキだって手伝いたいけど綿毛じゃ何もできないんだ・・シクシク」
「ユキ泣くな。俺が悪かった」
ユキに目があるか分からない上に涙を流すことはないと思う。純真(単純)なスネはいちころだった。マロンはリリーに貰った魔法袋から体力回復ポーションを20本ほど取り出し先ほどの籠に追加した。
「スネ、リリーが作った回復ポーションをお菓子と共に食べませんか?工房もできたから「たまごボーロ」も持ち帰れるわよ」
「本当に「たまごボーロ」出来た?」
「ちゃんと錬金釜で作ったわよ。ライさんのようにはいかないかもしれないけど頑張ったわ」
スネは回復ポーションを飲み干すと「たまごボーロ」とマロンの籠を持ってさっさと転移していった。寝室の奥を空間魔法で拡張して出来た部屋はリリーの魔法鞄の屋敷の工房を移動できた。ライの屋敷はいろいろに組み合わせ出来るように各部屋が屋敷の中で移動できるようになっていた。大きな箱に小さな箱をあちこち移動させる様な物だった。
ライが街の家から貴族の屋敷に移るときに女神さまが手を加えたとは言っていたが驚きだった。マロンは出来た部屋に工房を作りたいと考えていたので屋敷の袋から必要な物を取りだそうとしたら工房だけが部屋に移動してきた。水回りや調剤机、錬金台に必要な道具まで一式だった。
スネから貰った道具はライの貴族の屋敷のもので、工房の物はライさんが初期に使っていたもののようだった。何冊かレシピ帳の様なものがあったが書かれている文字はおばあ様の「秘密の文字」と同じだった。久しく読み書きしていないので読み解くには時間がかかる。
この部屋もリリーが時々掃除をしていたのかそれとも魔法袋のおかげか古いなりにも丁寧に使われていたままだった。最初の錬金が「たまごボーロ」と言うのも何かと思うがそれさえもマロンには良い縁だと思えた。
今頃スネから手紙とポーションを受け取っているだろう。ジルもスネも、もちろんセバスも働き過ぎないで欲しい。
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