11 おばあ様の話 1
おばあ様は足腰が弱ったころからユキに昔のことを話して聞かせていた。心の中に閉じ込めていたものを誰かに話したかったようだ。
おばあ様はこの街と王都を挟んだ反対の街の子爵家の長女だった。跡取り娘として、幼い頃より家庭教師をつけ厳しく育てられた。行儀作法から基礎教育、それが終われば学園ので学ぶ座学さえも早くから学ぶことになった。おばあ様は子供だったからこれが普通だと思い、両親の期待に応えようと頑張っていた。家のお茶会で、お母様に連れられお客様にご挨拶をした時のことだった。
「まだ小さいのにきれいな所作をしているわね」
「いえいえ、まだまだですよ。跡取りですから領地経営も学ばなければなりませんから、、、、」
侍女にお茶会での挨拶が終わって部屋に戻された。おばあ様はお母様に褒められると思っていたのに、まだまだ足りないと言われてしまった。侍女からは「お嬢様は頑張っています。ご挨拶も上手にできていましたよ」と慰めてくれたが、母からの褒める声を掛けられることはなかった。
そして、おばあ様が7歳の時に弟が生まれた。両親は大層喜んだ。めったに会わない祖父母さえお祝いに駆け付けた。皺くちゃな赤ちゃんをおばあ様は遠くから見る事しかできなかった。弟はそれは大切に育てられた。いつもお母様の近くに居るか腕に抱きかかえられていた。もちろん数人の乳母に専属侍女もいた。お父様も食事以外にも弟の顔を見に来ていた。
おばあ様は跡取りでなくなったことから、学園の勉強の先取りは無くなった。その代わり忙しい父の書類仕事の手伝いが始まった。おばあ様は「魔力」はなかったが、「算術」と言うスキルを持っていたので数字に強かった。早期教育のおかげできれいな字を書くこともできた。毎日父から宿題のように部屋に仕事が持ち込まれた。
きっと弟も3才になったらおばあ様のように教育が始まるんだとおばあ様は思っていた。しかし、弟は3才になっても家庭教師がつくことはなかった。弟は椅子に座るようになったら手掴みでお皿のものを食べても、両親は「美味しいね。たくさん食べて大きくなるんだよ」と言って、いやな顔をしなかった。そしておばあ様が学園に入る歳に妹が生まれた。
「シャーリーンは魔力がないから無理して嫁に行かなくていい。このままロード(弟)の補佐で家に残ってもらえばい。アリサは器量が良いから良いとこに嫁に行けるだろう」
「そうね。アリサはわたしに似ているから、魔力もあるでしょう。わたしとお揃いのドレスでお茶会に出るのが楽しみだわ。シャーリーンとはそんな機会がなかったもの」
おばあ様は弟の補佐をするために学ぶことが許された存在だと知った。決して両親から虐げられたわけではないが、生まれた性別、順番で子供の役割が違うことを知った。おばあ様は生まれたばかりの妹と弟のお世話で忙しいことを理由に、学園の寮に入ることにした。お父様は執務の助けがいなくなることに多少渋ったが、執事の後押しで、大きく揉めることなく入寮することが出来た。
実家に卒業後戻るんだと思いながら学園で学ぶうちに幾人かの級友が出来た。共に学び、食事を共にし、話をすることで、おばあ様は随分詰め込み教育を受けたことを知った。学園に入る前から父親の執務の手伝いなどしているものはいなかった。1年の長期休み実家に帰ってもおばあ様には仕事が待っていた。庭で弟と妹の笑い声がする。
「お父様、ロードの家庭教師は?」
「まだ幼いロードは無理をしなくていい。おまえがいるから大丈夫だ。ロードは元気に育ってくれればい」
その言葉がおばあ様の胸に突き刺さった。おばあ様はその時、この家の犠牲になるつもりはないと決意した。女性の文官は少ない。王宮の女官になることを目指すことにした。おばあ様は自分の未来に夢を持つことで、投げやりだった学園での成績はどんどん良くなり2学年になるころには首席となった。
「魔力なしの癖に」と言われることはあったが、そんなことに負けてはいられない。貴族令嬢は魔力があっても魔法を使うことはない。それなら、嫁に行かなければ魔力なしでも関係ない。おばあ様は長期休みも教師の研究の手伝いをして、実家に帰ることはなかった。そのまま、王宮文官の試験を受け女性として二人目の合格者となった。
父親には怒られたが、周りが「素晴らしい娘さん」だと褒められれば、仕事をやめろとは言えなかった。父の様な男性に負けまいと必死に仕事をして、給料から家に仕送りをした。仕送りのせいか仕事をやめて戻れと父は言わなくなった。
おばあ様は20歳の時に「シャーリーンさん、そんなに肩ひじ張らなくてもあなたは素敵な淑女よ」と公爵家の奥様に声を掛けられ、幼い息女の侍女兼基礎教育係として転職する機会を得た。やはり文官の世界は男の世界。女が長くは勤められないことを身に染みて知った。
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