107 ハリソンの怒り
「真面目にやる気があるのか!何度説明したらわかるんだ。もう勝手にしろ!」
教室中にハリソンの怒鳴り声が響いた。ハリソンと言い合うカーウインに教室中の視線が集まった瞬間、「ドカン」と大きな音ともに黒い煙と突風が教室中を駆け巡り窓ガラスを破壊して空に向かった。犯人はドーロンだった。風魔法を得意とする子爵子息だった。
「怪我はないか?まあ青い髪が焦げたようだが髪は伸びるから心配するな。窓を全開にして煙と匂いを風魔法持ちは「そよ風」で追いだしてくれ。あくまで「そよ風」だ。「突風」など出すなよ。錬金釜に流す魔力はあくまで魔力だ。魔法を込めるなよ。最初に言っただろう。まだ「風」だから良かったが「火」だったら教室一つが吹き飛んでいた。ドーロン、魔力を少しずつと言っただろう。たとえ魔法でも弱ければ釜内で住んだものを・・」
「せ、先生、すいませんでした」
「親御さんに修理費の請求が行くからな」
「えーーー」
「仕方ないだろう。最初に言ったはずだ」
「先生、レーガスト君が気絶してます」
「ドーロンの「突風」を直に受けたか・・誰か水をくれ」
プーランク先生はレーガストの怪我がないのを確認して頭から水を掛けた。驚いてレーガストは目を開けプーランク先生の顔を間近に見つめた。
「夢中になるのも良いが周りの気配を少しは気にしろ。ドーロンから悪臭がしたのに気が付かないのも問題だぞ」
マロンの「生活魔法や収納」の話は立ち消えた。それよりドーロンの爆発やレーガストの気絶で講義は急遽中止になった。ドーロンのように魔力を流さず魔法を流したものが数人いたようだ。貴族は属性魔法を使うことがあっても魔力単体を流す経験が少ない。返って女生徒の方が属性魔法をほとんど使わないから間違えることはない。
マロンは錬金釜を収納し、調剤机を片付けた。隣のカーナリーとクローレも爆発で調合を中断してしまったので失敗作となりゴミ箱行きになってしまった。昼食をはさんでSクラスへ戻れば先ほどの「爆発」のことで盛りあがっていた。さすがに黒い煙が空高く渦を巻いて立ち昇ったからだ。
「錬金の講義で爆弾を作ったのか?」
「爆弾なんて学園の内は作りません」
「でも、音もすごいし、煙も・・」
「調合中の錬金釜に魔力の代わりに風魔法を流したそうです」
「風魔法も魔力を込めるんだから同じではないのか?」
「全然違います。魔道具に魔力を流すものがありますが、魔法は当てないですよね」
「そう言われればそうか」
ドーロンは「爆発王ドーロン」と言う二つ名がついてしまった。本人は気に入っているらしい。ドーロンの補佐に入ったのがハリソンだったのでハリソンはドーロンが許せなかった。まして不名誉な二つ名に浮かれていることに怒りを募らせていた。
「ドーロン、君は僕の成績を落としたいのか?不名誉な二つ名に浮かれるなら、錬金術など辞めてしまえ」
教室の修理が終わり10日ぶりに講義が始まる前にハリソンが大声をあげた。ドーロンは修繕費のことで父親からしこたま怒られたようだが、学園ではそんな風に見せなかった。それがハリソンには忌々しかったようだ。
誰だって辛いことや悲しむことはあっても貴族として顔には出さない。それを幼いころから躾けられてきてる上に十代半ばの男子なら猶更見栄を張る。ハリソンは単に愚鈍な輩と断じたようだ。
「ハリソン、悪かった。俺だって反省はしている。「失敗は成功のもと」と言うから「大失敗は大成功のもと」なんだよ」
どうしてドーロンは「火に油を注ぐ」教室中が皆そう思っているのに一人だけ気が付いていない。
「ドーロンはしばらく錬金釜の使用は中断する。新しいのを準備するあいだ魔力操作を再度受け直せ。ハリソンは悪くないが誰もが君のように出来るわけではない。もう少し余裕をもって見なくてどうする」
「先生はわたしが悪いというのですか?」
「そうは言っていない。そうではなく高飛車な言い方では人はついて行かないと言っているんだ」
その時ハリソンはじろりと刺すような視線をマロンに向けた。
「マロンさんなら私より良い補佐ができるというんですね。「生活魔法」など平民の屑魔法なだけだ。そんな輩と私を比べないでもらいたい」
「ハリソン、わたしがいつ君とマロンを比べた?君もマロンも事前に錬金術を学んでいるから補佐に回ってもらっている。人に教えることで自分が学ぶこともあるはずだ」
「馬鹿に教えても俺のためにはならない」
怒りに理性を失くしたハリソンは怒りの矛先をマロンに向けた。
「片田舎の男爵ごときが王都の侯爵家に歯向かうつもりか?お前などここで学ぶ意味などない」
「学園で学ぶ意義をあなたに決められたくないです。貴方は屑魔法しか使えない私に勝てないことがそんなに悔しいですか?」
「おまえになどに俺の苦労は分からない」
「分かるわけないでしょう。だって私は私で貴方ではない。貴方が私のことを分からないのと同じです」
「下級貴族の分際で」
「下級貴族だろうが、上級貴族だろうがそれは親の得た爵位です。私もあなたも自分では何も得ていないただの貴族の子供でしかないのです。私もあなたも皆さんより先に錬金術に触れる機会があったから今は他の生徒より優位かもしれませんが、これから二年間で私たちより優秀な方は出てくると思います。それにここの20人だけが貴方の競う相手ではない。そんな狭いとこでトップを取った所で社会に出たら上には上がいるのです。貴方のお勤めする薬種商会には先に勤めている錬金術師がいます。そんな傲慢な態度で仕事ができるのですか?」
「俺を傲慢と言うのか」
「級友を蔑み何の落ち度もない下級貴族の私に難癖付ける人を傲慢以外何と言えばいいのですか」
言葉に詰まったハリソンをマロンは真正面から受けて立った。それを囲んだ生徒は青い顔をするものもいれば面白そうに眺める者もいた。プーランク先生は止めることなく傍観していた。ハリソンから魔力の高まりを感じた瞬間にマロンは「結界」を、プーランク先生はハリソンに魔弾を撃ち込んだ。
「マロン、「結界」も張れるのか・・何でもありだな。小さな結界なら自分の身を守るために使え。
ハリソン、学園で攻撃魔法を放つことがどういうことか分かっているのか。ドーロンを愚鈍と言ったが今はお前の方が愚鈍だ。
男が女に口で勝てるわけないだろう。だからと言って攻撃方法のない女性に魔法という暴力は情けないぞ。ここには男が多いから良く聞け。女の口は恐ろしいのだ。剣より確実に急所を刺してくる。言葉には気をつけろ。女性は剣を隠せ。いざと言うときまで隠しておけ。
そしてマロンはもう少し言葉を選べ。飾り言葉も必要だぞ。貴族社会で学園というこの期間しか身分を超えての忌憚なき言葉を交わせる友人も時間もないんだ。この時を大切にしろ」
「・・・・」
「とりあえずハリソンは学園長室だな」
今日も講義は始まることなく休講となった。ハリソンがプーランク先生に連れられ教室を出ると蜂の巣をつついたように教室内は騒がしくなった。
「マロンさん、大丈夫?」
カーナリーとクローレが最初にマロンに声を掛けた。マロンはハリソンの魔力の高まりに無我夢中だった。一気に緊張が解けて床に座り込んでしまった。
「いつかはハリソンが爆発すると思ったけどあそこまで短慮だと思わなかった」
「前回俺たち随分ハリソンを煽ったからな。俺らに向かってくれば迎え撃つことは出来なくても共倒れは出来たのに」
「それもどうかと思うぞ。その時は共に学園長室だな」
「でも、マロンがあそこまで言うとは思わなかったな。随分ため込んでいたんだろうな」
「以前、マロンさん、色々なことで目立っていたからね。それにSクラスだし」
「Sクラスってそんなに特別?」
「女子には分からないかもな。そこで卒業出来る事だけで評価が違うんだ」
「「B」だっていいじゃない。「D」では困るけど」
「貴族の子息なんて後継以外は皆同じだ。どこで自分の価値を見せるかいつも考えているんだ」
マロンはカーナリーとクローレに付き添われ学園のカフェで一休みすることにした。マロンは少しハリソンにきつくあたった事を反省した。背負うもののない自分と侯爵子息と言う看板を背負うハリソンでは見るものも責務も違うんだと思った。
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「ハリソン、なぜマロンにつらく当たる?」
「別に当たってはいない」
「当たっているだろ」
「お前は辺境の男爵令嬢に負けたのが悔しかったのか?」
「負けたりしていない」
「負けてるだろ。もっと冷静に考えて見ろ。マロンは一年からSクラスを落ちたことはない。努力していないと思うのか?お前たちほど優秀な家庭教師をつけていると思うか?そんなことはないはずだ。自分だけが優れていると思うのは勝手だが他人の努力を認めろよ。ハリソンの努力も認められないぞ」
「努力なんて」
「努力することは恥ずかしいことではない。貴族の見栄を張るのに染まるのは卒業してからでいい。良き競争相手は自分を高める存在だ。それが女性でも関係ない」
「・・・・」
「とりあえず学園長に謝っておけ」
ハリソンはプーランク先生の言葉を聞きながら重い足で学園長室に向かった。
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