106 錬金開始
錬金科の講義でやっと錬金釜を使うことになった。それぞれが準備した錬金釜が机の上に並んでいる。マロンは自分以外の錬金釜を見たことがなかったので机の上の色とりどりの鮮やかな錬金釜に驚いた。錬金釜は赤や青、緑、黄色、中には銀色や金色のものまである。まさか純金?と目を見張った。
「マロンさんの錬金釜は随分くすんだ焦げ茶色なんですね。マロンは土属性かしら?」
「違うけどどうして?」
「えっ、自分の属性の錬金釜を選んでいないの?」
「確かに自分の属性の錬金釜なら魔力が馴染みやすいということかしら?」
「だからカーナリーは「赤」私は「緑」と言う訳なの」
「おーい、錬金釜を忘れたものはいないか?今年も随分カラフルだな。100年前までは錬金釜に色付けなんかしなかったんだがな」
「えっ、もしかして中身は一緒ということはないんだよね」
「考えて見ろ。錬金釜を作るのは誰だ?」
「鍛冶屋・・」
「鍛冶屋は火魔法と鍛冶のスキルが必要になる。魔鉱石や魔銀などを使って作るんだから中身は一緒だ。遥か昔はもっと多くの金属が含まれていたが、300年くらい前に今の錬金釜が完成した。錬金釜を使いこなすことによってその人の魔力に釜が染まるということだ。色付けはおまけだ。マロンの色が本来の色に近い」
どんな道具も長い時を掛けて完成していく。便利で安価で、使いやすくが道筋になる。ただ、それが全て正しいわけではない。誰にでも使えるということは誰もが一定の効果を得ることが出来るが特別にはなれない。自分一人の最適なものを目指すなら量販品では物足りない。
リリーと共に錬金したときに最初は魔力が上手く流せなかった。「大丈夫、どんなことも修練は必要よ。努力は必ず実を結ぶし、経験は貴女の糧になる」リリーの経験から学んだ言葉なのかもしれない。マロン自身にも経験から学んだ事は多い。お菓子でさえ回数こなせば、手順は良くなり味も美味しくなる。
寮の食品用の錬金釜は今ではなくてはならないものになっている。ユキやスネはお菓子を何処に配達しているのか、菓子籠の中は開けるたび空になっている。いちいち魔石オーブンで作っていたら勉強する時間がない上に甘い匂いで酔ってしまう。
「今日は最初に作った傷薬を錬金術で仕上げてもらう。薬師のレシピと錬金のレシピは違うからそこは注意するように。材料の計測はよく確認しろ。水は清水でなく魔力水だ。この壺に入っているから必要な分だけ持って行け。使用直前に開封しろよ。自分で出せる者は自分の物を計量して使う方が効果が高い。魔力は最初は少しずつ錬金釜の中の様子を見ながら流すように」
調剤になれた生徒たちは錬金のレシピ通りに準備を整え調剤を始めた。最初に比べればナイフを持つ手つきも危な気なくガチャガチャとした騒音も減ってきていた。錬金釜を使うことで錬金術に向かう姿勢ができたようだ。
マロンの横の騒がしい男三人の錬金釜から「ポン」「ポン」「ポン」と三連発で爆発音とともに煙が上がった。当然中身の未完成の軟膏が錬金釜と調剤者に飛び散った。
「はーい、このように、魔力の流し方が悪いと釜の中で爆発します。失敗は恐れないことが肝心だが服は汚れるので女生徒のように何か上着を準備すると良い。乾燥する前に机の上を片付けろ。制服は・・マロン「クリーン」かけてやれ。マロンに「クリーン」かけてもらったものは昼食のデザートか揚げパンをマロンに渡せ」
「えっ、」慌てるマロンを気にせずプーランク先生はそのまま言葉を続けた。
「マロンは「クリーン」と「収納」と初級の属性魔法も使える珍しいタイプだ」
「全属性ですか?」
「違うな。基礎属性だけだ。みんなも訓練すれば「クリーン」ぐらいできるようになるかもしれないが、大人に片足突っ込んだ君たちでは無理かもしれないな」
「どういうことですか?」
「マロンの魔法は基本「生活魔法」だが魔力量が高いせいで属性魔法に近い魔法効果があるということだ。貴族では魔力が少ないと属性魔法が得られないこともある。こればかしは親の魔力量による。それにマロンのような例もある。「祝福の儀のスキル」は女神さまの采配だな」
「わたしは「祝福の儀」の頃は病で魔力が少なかったようです。そのため属性魔法を得られなかったと聞いています。その後少しずつ生来の魔力にゆっくり戻っていったためだそうです」
マロンの「収納」は「国宝級の錬金釜」の保管には必須だった。プーランク先生はこの際だから「生活魔法」を公開して自由に「収納」を使えばよいと考えたようだが、なんともはた迷惑な話だ。
貴族にとって属性魔法を引き継ぐことは魔力量の次に価値を置いている。そこで平民の「生活魔法」など口にすれば皆に軽んじられるとマロンは危惧していた。プーランク先生はそんなことはない、それより錬金釜が大切だ。それにマロンは属性魔法を使えるのだから問題ないと言い張り今回のことになった。
「「収納」って「生活魔法」か?すげえ便利じゃ。時間停止なんてついている?」
「容量はそんなに大きくはないけど時間停止はついているわ」
「すげーー、俺も欲しい。でも「収納」は空間魔法だったはず。「生活魔法」の付随効果か?」
「誰だよ。外れスキルなんて言ったやつ。超便利じゃ」
「他には何ができる?」
「傷などを治す「ヒール」「カップの中の水を温める「ホット」お湯も出せるし温風も出せるけど属性魔法の人もできると思う」
男子生徒は互いに顔を見合わせた。
「貯めた水を温めることは出来るがお湯は出せない・・・」
「温かい風、温風など出せないと思う・・」
「「ヒール」って回復魔法?」
マロンは属性魔法とマロンの「生活魔法」が元から何か違うことは分っていたが、ここまではっきりと違うことに驚いた。プーランク先生は「マロンはみなと違ってもおかしくない」を根付かせるつもりのようだ。
「さあさあ、ぼーっとしてないで釜の中の軟膏が石になっていないか?気を抜くと失敗するぞ」
「「「硬くなってる」」」
「先生が悪い」
「これも試練だ。仕事中に気がそぞろになれば錬金は失敗するという証明だ。マロンもハリソンも失敗しただろ。窯の中の石はごみ入れに捨ててもう一度やり直せ。時間がなくなるぞ。それとマロンの「収納は錬金釜が入る程度だ。大きな期待をするなよ」
数人の生徒が制服の汚れをマロンの「クリーン」で綺麗にしてもらい調合に戻った。さすがに初回の調合で「錬金薬(傷薬軟膏)」を仕上げたのはハリソンとマロンだけだった。その後はハリソンとマロンは他の生徒の補助に入るようになった。
ハリソンがちらちらマロンを見てくるのは気が付いたがマロンは気にしないことにした。男のプライドが傷ついているらしいが意味が分からない。マロンがハリソンと同じ職場に勤め出世争いでもするなら分かるが、錬金教室のたかが20名の中で争ったところで意味がない。
薬師にしても錬金術師にしても学園を卒業しなければならないということはない。徒弟制度で学ぶことが多い。ハリソンのライバルはマロンではなく薬種商会の中にいる。さらに錬金の腕だけでは上には立てない。
「マロン、魔力の流し方が上手くいかない・・」
「最初は水っぽいから魔力が流しやすいけど粘度が高くなってきたらどうしても錬金棒の方に力が入るんだと思う。カーナリーとクローレは腕の筋肉を鍛えないとだめだね。フォークより重いもの持ったことないんじゃないの?」
「そう言われてもね。持つ必要がないもの」
「そうよね」
「錬金釜はどうしたの?」
「「従者に運んでもらったわよ」」
「まったく、自分の教材ぐらいもてるようにならないと自分の産んだ子供も抱けないわよ」
「えっ、こんなに重たいの?」
「重たいでしょ。きっと・・」
こと
錬金の中には長時間調合に時間を要することもある。体力と気力は錬金だけでなく生きていくうえで必ず必要になる。カーナリーとクローレはお嬢様のまま生きていくわけではないから鍛えないといけない。特にカーナリーはマロンと同じで自立するならなおさらだ。
男子生徒は幼少期から多少の剣の訓練などを受けているので体力的には問題ない。問題あるのは集中力の維持。特にマロンたちをかまってくる男子三人組はお互いがちょっかいを掛け合っているようでなかなかうまくいかない。補助に入ったハリソンと三人組の相性は最悪だった。
「どうして言ったことが出来ない。やる気があるのか?」
「やる気はあっても上手くいかないんだよ。ハリソンみたいに優秀じゃないからな」
「基礎ができているハリソンと一緒にするなよ」
「カーウインも、オイゲンも言い過ぎだよ。ハリソンごめん」
いつも三人の中で間を取り持つエアロンがハリソンに謝った。しかし今日のハリソンはそれで収まらなかった。調剤机に拳をぶつけ教室にハリソンの声が響いた。
「真面目にやる気があるのか!」
「お前の教え方が悪いんだ」
「他は出来ているのにおまえたちだけが・・」
「五月蠅い」
「勝手にしろ!」
「もういい。マロンに教えてもらうから」
売り言葉に買い言葉、そこにマロンを巻き込まないでほしかった。
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