105 マロンを見守る人たち
ガバネストは領地を持たない伯爵位を持っている。王宮魔法師の中で鑑定師として登録もされている。必要時王宮に向かうことになっている。鑑定スキルはその熟練度と魔力量で官位が違ってくる。自分で言うのもなんだが俺ほどできる男はいない。
それに加え商業ギルド長を兼任している。ちょっと違うか、商業ギルド長の方がメインかもしれない。商業ギルド長だからこそ今日の様な面白いことに出会える。王宮などにこもっていたら新しい刺激に出会うことなど出来ない。
わたしがマロンを知ったのはグランド商会のロバートが孫のようにかわいがっているマロンと言う娘の魔法鞄の依頼からだった。その後レシピ登録が続いた。この短期間の登録にまだ見ぬマロンに会えるのを楽しみにしていた。
学園の見学生の中にマロンを見つけた時。ローライル家のマリーナールを思い出した。ロースターの別れた妻だ。マロンは元は平民と聞いていたので他人の空似かと思ったが、思わず人物鑑定をしてしまった。魔力量の高さが目を引いた。彼女の鑑定が終わらぬうちに私の前からマロンは消えた。詳細鑑定するには時間がかかるんだ。
女神はわたしの希望をかなえてくれた。マロンが新しいレシピ登録に来てくれたからだ。学生とは思えない落ち着いた態度に受け答え。思わず悪戯心が芽を出してしまった。ロバートから相談されていた「転移の魔法陣」を買い取りたいと伝えればマロンはあっけなく金貨10枚で売り渡した。
魔法陣を量産すれば収益は膨大なものになる。まあ、国預かりになるのは目に見えているが最初にそれに携われた名誉が残る。金貨50枚と提示したのに割増しどころか減額してきた。
マロンは名誉もお金も望まず「安全性の確認も機能の制限もまだ未完成です。それでも良ければ国のために活用してください。一つお願いがあります。悪用しないでほしい」と言う言葉を残した。
レシピ登録する者のほとんどは「宝玉」で重複登録で却下される。「俺が先だ」と言い出すものは多くいる。中には強者もいて「商売の女神」の裁きを受けて初めて取り下げる。「欲を出す」ことはけして悪いことではない。新しい何かを見つけるには多くの欲の塊の結果だとガバネスト自身そう思っている。
マロンの様な考えは若さの正義感か「貴族の義務」の信念かは分からない。ガバネストは出来るものならマロンを側に置き共に研究をしたいと願ってしまった。「息子の嫁に」など口にしたせいで一気に引かれてしまった。この事を息子に知られたら自分が絶縁されそうだ。
マロンからロバートに苦情が行くだろうから先に謝っておこう。長い付き合いだから許してくれるなら良いが臍を曲げたら最高級のワインを持って行くしかない。言葉を飾らず会話の出来る数少ない友人は大切にしなければ失うのは早い。
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グランド商会の会長ロバートは第一線を退くつもりがマロンとの出会いから再び現役に復帰することになった。ロバートの学生時代の憧れのシャーリーンの養い子のマロンは不思議な子供だった。平民でありながら魔力を有し「生活魔法」を自由自在に使いこなす。見たことも聞いたこともないお菓子や料理を作り「陣取り」などの遊具を開発して辺境を豊かにしていった。
それらはまだ序の口だった。「転移の魔法陣」は驚きを越して声も出なかった。見た目にはしっかりしたハンカチ程度にしか見れない。それなのに離れたところから手紙や小物を送ることができ、受け取ることもできる。マロンは古代語からヒントを得たと軽く言った。
ロバートから見ても大発見だと思った。しかしマロンはわたしとの連絡用に使いたいと言った。何と欲がないというか世間を知らないというか久々に困惑した。転移の魔法陣のハンカチはどう見ても単なるハンカチだった。透かしても濡らしても魔法陣が浮き上がることはなかった。魔法陣の解析さえできない。
さらに「髪艶々洗髪剤」王女様が使われ侍女たちが欲しがった。いずれは王妃様に行きつくからと増産の依頼をしてきた。とんでもない事だった。マロンは辺境の材料で作ったらしく以前から使っていたと話す。そうならもっと早く教えて欲しかった。女性向けの商品は当たれば高確率で長期販売になる。
わたしは慌てて商業ギルドに登録に行き工房の手配を始めた。その時に転移の魔法陣のハンカチを昔なじみのガバネストに見せてしまった。魔法陣の秘密を知りたい気持ちとマロンが発明したことを誰かではなく商業ギルド長のガバネストに知って欲しかった。単なる孫自慢だった。
転移の魔法陣が国中で利用できれば連絡、手紙の配送など有効な使い道が広がる。しかし、マロンは作り方は説明はしなかった。マロンは「転移の魔法陣」を広げる自信がないと言った。
「個人の発明だから王都ではロバートさんが初めてなの。魔法陣の安全性や耐久性などを調べていないからレシピ登録はしない」
マロンの言葉も分からないでない。だが王宮魔法師として「鑑定スキル」を持つ研究馬鹿なガバネストならマロンの迷いを打ち消してくれるかもしれないとも思った。他にも魔法陣は完成しているようだがマロンは口にしない。
それなのにガバネストは悪い意味で活躍してくれた。マロンから転移の魔法陣の原画を買い取った。それもたった金貨10枚だ。あいつが学生相手に暴利を得るとは思わなかった。さらに商業ギルドに勧誘は分かるが息子の嫁にして研究させようとするとは本当に困った男だ。
ガバネストは高級ワインと金貨40枚を持って俺に謝りに来た。遅いんだよ。俺はマロンから長い長い手紙で苦情を伝えられた。そんな事を俺は望んでいなかった。せっかく「髪艶々洗髪剤」が軌道に乗り始めるのにマロンの協力が得られなければ完成しない。
どんなものもレシピ通りに作っても何か足りないことはよくあることだ。庶民用ならそれでも良いが貴族相手ならそれでは困る。まして王族相手なら首が飛ぶことはないがグランド商会の信用問題だ。本当に最高級ワインの1本や2本では割が合わない。ガバネストにはこんこんと説教をしてやった。もちろん金貨はマロンの口座に振り込んだ。それに完成の暁にはマロンにも利益を振り込めと言っておいた。
「もちろんだよ。あの魔法陣どうやったらできたのかとんと分からない。ほんと側に置きたい」
とんでもない奴だ。反省と言う言葉はないらしい。二度と商業ギルドにマロンを行かせない。
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学園のSクラス担任であり錬金の講師をしているプーランクは子爵位を実家からもらい受けている。嫁も貰わず錬金薬の研究が生涯の仕事と思っていた。だからこそ食い扶持兼研究に時間が使える学園の講師は最高に良い職場だ。
特に今受け持っているSクラスは大きな揉め事もなくほっておいても自ら学び自ら進んで行くまれにみる楽な生徒たちだった。自分の研究に使える時間が増える五年間だと思っていた。
たまに第三王子のレイモンドが馬鹿をしないか心配したが、そんなことはなくクラスにも馴染んでくれた。それよりSクラスに在籍する元平民の男爵令嬢マロンが面白い。最初に「陣取り」で王子たちを負かしたことだ。王族を忖度しない態度は本当に立派だが、こちらの寿命が縮んだ。
「火球」騒動には驚いた。マロンのスキルは火属性ではないのに初級の火球を自由自在に動かし攻撃効果も高かった。それが「生活魔法」の「ファイアー」と言うんだから教会の間違えかと疑ったほどだ。
魔力は生まれた時にほぼ魔力量は決まっている。よく使えば多少の増加はあるが大きく変化することはない。「生活魔法」のスキルの時点で平民の中では多少魔力がある方だとは分かっていた。しかし「火球」操作は火属性の中級レベルだった。
さらに「国宝級の錬金釜」を持ち込んだ時は死ぬかと思った。見た目決して古くわない。しかし錬金釜に含有されている希少金属は今では手に入らないものまで入っていた。この錬金釜は普通には扱いづらい。繊細な魔力操作と正確な調剤の技術ができなければならない。
マロンが教えを受けた錬金術師は誰なのか知りたくはあったが、きっとマロンは口にしない。自分がマロンの立場なら当然だった。マロンは錬金を飛び級して5年生と共に学ぶことを勧めたがマロンは断った。彼女は文科専攻だった。ステップで空いた時間に勉強しているに過ぎない。惜しい、本当におしい存在だ。
出来るなら転科させたいがマロンはそれを望まない。錬金一本で生きていくわけではないと暗に言われたように思えた。プーランクは決してマロンの錬金釜に惹かれたわけではないが、彼女の成長を少しでも長く一人の講師として見守りたいと思った。
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