103 商業ギルド
文科の講義の一環として商業ギルドの見学に出向くことになった。マロンはレピシ登録はしているが自分でしたことはない。いつもグランド商会のロバートさんか辺境の家令が代行してくれていた。商業ギルドの中に入るのも初めてだった。
学園の生徒は20名ずつ見学をする。文科の経済コースを学んでいるものは全部で50名ほどいる。商業ギルドも初めてだった。
領主になる者は領主コースを選択するのでここに在籍する者は騎士にはならない文官希望か領主補佐に残る次男などが多い。女性はセーラ・ボルジ、伯爵家次女とマロンだけだ。今でも女性の文官への道は狭き門のようだ。
「マロンさんはいずれは商業ギルドにお勤めするの?」
「いいえ、その予定はないわ」
「では女性文官を目指すのかしら?」
「それはないわね。さすがに男爵位では合格しないでしょ」
「セーラさんこそ女性文官に?」
セーラは南部のボルジ伯爵家の次女、ボルジ伯爵家はボルジ商会、主に農産物を大きな取引にしている大商会だ。南部は気候が温暖で平地が多く、エディン国の食糧庫の一つと言われている。セーラはボルジ商会の長男と婚約していた。ボルジ商会は伯爵家が元は興した商会だが、数代前に伯爵家から独立している。
セーラはボルジ商会との縁の薄れを補うために嫁入りが決まっている。ボルジ商会長は男爵位を継いでいるため伯爵家からの嫁入りはある意味セーラには辛い未来だ。
「仕方がないのよ。曾祖父が商会と揉め事を起したから一度資本提携を打ち切ったの。そのせいで商会は一時期倒産の危機にあったの。祖父が爵位を継いですぐに改善を図ったけど一度縁が切れると難しいものね。商会が大きくなれば高位貴族との取引が増えるのでそれに見合う嫁が欲しいということで私が行くことになったの。政略結婚ね」
「でも、お飾りの嫁になる気はないのね」
「当たり前じゃない。頭の中で計算できない女にはなりたくないわ」
伯爵令嬢としてはどうかと思うが、大商会の嫁ならセーラのように頭が回る方が良いのかお飾りとして楽に暮らす方が良いのか難しい。セーラの赤い髪がその意欲を象徴しているようだった。
「それなら、セーラさんはもう少し地顔に寄せた化粧が良いわ」
「どうしてよ。最初から舐められたら損じゃない」
「そんなことない。最初から研ぎ澄ました爪を出したままだと相手が怯むわ。手の内は相手を知るまで隠した方がいいと思う」
「マロンさんは面白いわね。令嬢なんていつも最高の自分を見せる努力をするのに」
セーラーは釣り目を強調した瞳でマロンを見つめた。
「セーラさんは知的な美人だけどそれを強調しすぎると男性は引くらしいわ。美しさは人それぞれだと思うけど、商会に嫁ぐなら相手の懐に入り込む方が上手くいくわ。私の知り合いの人は穏やかで優しいけど芯が強い方で信頼の厚い商売人がいるわ。女性は化粧一つで雰囲気をかえれるんだもの、最初から壁は作らせない方が得策だと思う」
「そうか・・相手が油断したところをバッサリと切り捨てるのね」
「そこまではしなくても良いのでは・・・」
セーラの中で幸せな結婚と言う文字はないようだ。学生たちが案内された部屋は大きめの会議室だった。年配の男性が商業ギルドの成り立ちや国での役割、具体的な仕事などを説明した。5人ずつに分かれそれぞれの仕事の見学に分かれた。
マロンとセーラを含む男子生徒と共に商業ギルドの受付に回った。ここでは商業ギルドの登録や解除、融資の相談、店舗開設の手助け、納税などの手続きがなされていた。以前見学に行った冒険者ギルドと違い建物自体も重厚感があり全体的に静かな佇まいだった。
「おー、マロンじゃないか」
突然の声掛けにマロンがギルドの中を見渡すとそこにはグランド商会のロバートさんが個室から出てきた。マロンの周りを見てロバートさんは学園生の見学だと気が付いたのか「悪かった」と手を振ってよこした。
ロバートさんの横から背の高い神経質そうな眼鏡をかけた濃灰の三つ揃えのスーツを着た男性が現れた。ロバートと一口二口話した後、眼鏡越しにマロンに視線が向った。マロンは眼鏡の人は商業ギルド長ガバネストだった。先ほどの会議櫃に歴代のギルド長の絵が並んでいた。
「ギルド長、学園生の見学です」
「わかった。良く学んでくれ」
指導員の声掛けにガバネストは軽く合図してロバートと2階に上がっていった。
「マロンさん、グランド商会長とお知り合いですか?」
「グランド商会?」
「どういう関係?」
「親族?」
マロンは急に男子生徒に声を掛けられ驚いた。祖母の知人だと説明すると少しがっかりされた。何を期待しているんだとセーラの方を見た。「グランド商会の後ろ盾は大きいわよ」と言われた。受け付け業務の見学が終われば事務部門、レシピ登録部門、不動産部門、鑑定部門等を見学して学園に戻った。
「商売をしていると納税が大変そうだな」
「領主コースでも納税の間違いは命とりだと言っていた」
「まあ良い事務官を雇うに越したことはない」
「馬鹿、その良い事務官になるために学んでいるんだろう」
「ああ、そうだった」
「俺は「鑑定」が凄いと思った」
「ああ、俺の出したペンは見た目は古いが隣国からの贈り物だったのが一発で分かっちゃったんだもの」
「宝石なんて紛い物なんて沢山あるから鑑定があれば即断だな」
「宝石などは目利きがいるけど骨董品や薬などは鑑定以外で価値を見出すのは難しいからな」
「俺も鑑定スキル欲しかったな」
学生たちの話はもっともだ。鑑定があれば錬金薬の効果もすぐわかる。ただ貴族が鑑定を持っても仕事がない。各ギルドや大商会には鑑定スキルの人はいるだろうけど他に需要がない。まして貴族が市井で働くことは少ない。それに鑑定スキルの成長は遅いとリリーは言っていた。誰もが無い物ねだりだとマロンを含め感じていた。
マロンは商業ギルドのレシピ管理部門からレシピ登録用紙を数枚貰ってきた。今までに一度も書いたことがない。未成年だったこともあるがそろそろ自分で届けを出さなければならない。今朝の「卵ダレ」を登録しないと寮で食事ができなくなりそうだ。「髪艶々洗髪剤」はグランド商会に頼んであるから心配はない。
文科の経済コースは商売の流れと必要な書類や契約の手続き等を主に学んでおくことにした。辺境に戻るなら文官コースは選ばないでおくことにした。その日の夕食時、寮の食堂でザーリンさんに捕まり食堂長のワークマンを紹介された。
「卵ダレ」の件ですか?」
「うむ、申し訳ない。うちの職員が無茶を言った。「卵ダレ」は個人のレシピですか?私も初めて食べましたがとても美味しかった。しかし、「卵」を生で食べることは危険ではないのですか?」
「はい、卵を生では普通は食べませんが、生みたての卵か浄化を掛けた卵なら数日は大丈夫です」
「生みたてか・・浄化は教会で?」
「知り合いに浄化ができる人がいましたので」
「なるほど、作り置きをしないなら問題ないか・・レシピを譲ってもらえないか?」
マロンは「卵ダレ」「オイルダレ」を商業ギルドに明日登録するのでそれを利用してほしいとお願いした。個人的に売買したのちに後からレシピ登録すると色々揉め事になるからだ。マロンはすでに辺境で「卵ダレ」に近い物を使っていたからだ。
ワークマンに「卵ダレ」と「オイルダレ」の小瓶を手渡した。二つの「タレ」は他の香辛料や酢漬けの野菜のみじん切りと混ぜても美味しいのであとは工夫次第で料理の幅が広がると説明した。
「お菓子も登録してある?」
リンドレがワークマンの後ろから声を掛けてきた。レシピは登録者の名前は希望で未開示できる。他にもお菓子や料理のレシピの閲覧は自由だ。マロンは頷いた。「キャー明日見に行ってこよう」とリンドレは跳ねて喜んだ。食堂でお菓子が購入できる日も近いかもしれない。
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