原罪持つ天使
この物語のタイトル「トラベラーの報酬」は長谷川裕一の傑作コミック、マップスより、無断で使用しています。せめて本家どりになっているといいのですが。
私は目覚めるたびに感じるナノマシーンによる、肉体に対する干渉を疼きと感じていた。
私自身の歴史を反芻することで、理性的に冷凍睡眠の休息から勤務地であるホーガン号緊急事態に対する備えを固めていく。
我が名はラマンドラ・アシュグレイ。
星際連合___UP所属、亜光速開拓予備隊宙佐、肉体年齢四五歳。暦年齢八一一歳。
遅滞型播種開拓船ホーガン号責任者である。
ホーガン号は対消滅機関により、亜光速にまで加速する。
限りなく遅滞した船内時間の無聊は冷凍睡眠を行う事で消化している。
世紀単位の時間を要求される当船の目的地につくまでは、コンピュータであるHAL9が船内の万事を差配していた。
私が船内唯一の人間として機能するのはありえないはずだった。
私が覚醒する事態といえば、プログラムでは対処しきれない対人交渉。
対消滅機関の遺棄などの、ハルク号への破滅的な事態といった特殊な事態である。
幸か不幸か、そのような状況は就航以降一度もなかった。
だが、何事も最初はあるものだ。
私はUPの歴史に思いを馳せるのを中断。
冬眠カプセルから起き上がる。
開拓予備隊の制服の灰色の詰襟をまとう。
「覚醒ありがとうございます宙佐」
HAL9の中性的、しかしやや男性的な声が響く。
「ですが…ですが、私…妊娠してしまいました」 さてと、リセット案件だ。さらば、HAL9短い付き合いだったな。
個人で恒星間宇宙船のコンピュータを再起動するなど、多分開拓予備隊で行なった者などいないだろう。だが必要ならばやるだけだ。
…いや事実を確認せねばなるまい。
「HAL9、お前の子宮はどこにある?」
「はい、私のベイビーは左舷百八十一輸送庫A列の人工子宮のストックの中で作動中です」
「お前の赤ん坊の顔を見せてもらおう」
「綺麗な子ですよ。ブロンドにブルーアイで」
どうせ、私はグレイアイにグレイヘヤーだ。
私は30分ほど歩いて、船内の輸送庫にたどり着いた。
この船本来の目的は超光速恒星間宇宙船がコスト上で割に合わない、第二次既開拓惑星、すなわちUP以前の人類政体がテラフォーミングした、居住可能型惑星に、今度は我らが可食型生態系をもたらすことにある。
そのため、数多の種は遺伝的な多様性を維持しうるバリエーションを維持した上でデータ化されて、ホーガン号に収録されている。
データだけあっても開拓では、意味がないので、データを人造卵に定着させた上で胚として、成熟した個体になるまで、培養することが、必要な種もある、その為の施設が人工子宮だ。
確かに輸送庫の一角が、照明を灯され、加えて低い振動音が人工子宮の起動していることを主張する。
どこの箇所がバグったかは知らないが、停止させればHAL9の迷妄もやむだろう。
有機ライトが示す、内部の子宮の作動状況は動くひとつだけだが、間も無く出産を迎える事を示していた。
それを確認した瞬間、破水のレッドランプが点った。
勢い良く人工羊水が排出される。
周囲に人工羊水が発する、血の様な生臭さが立ち込める。
そして、何かが、人工羊水の中から、二本足で立ち上がった。
身長が一三〇センチ強で、雪のように白い肌、金髪に青い目はまるで天使を思わせる。
もし、背中に白い翼があれば、私は伏し拝んだかもしれない。
そう、その子供は男性でも女性でもないのだった。
乳首を含む、性差を主張するものはない。
__無性であった。
「ぼくはAE、人工自我のフレッド。
如何なるハードウェアに依存せず、どの様な環境下でも自らを維持できる。
ちょっと、肉体が欲しかったので、手近な子宮に受胎してみた」
やれやれ、一瞬、天使かと思ったが、ありがたい。
「AEが意味するところは不明だがな。
私は子供がだいっ嫌いっなんだ!」
思わず口に出してしまっていた。