96. お巡りさんコイツです。
…いきなり暴力か。
まぁ十中八九、女の方を信じるだろうとは(それが普通だしな)思ったが、まさかいきなり暴力に訴えるのか。
本当に俺が何か悪い事をしてたなら、殴られる事もやぶさかじゃない…が、俺は全くもって潔白だ。
俺は胸ぐらを掴んでいる拓の手に自分の手を重ねた。
「ちょっと待て…、俺にはマジで身に覚えがない」
「それで見逃してもらえると思ってんのか?俺の女に手ぇ出してんじゃねーよ!!」
…本当にこんなドラマや漫画のセリフみたいなの言うんだな。
トラブルが起きた時、周りの奴らが焦ったり怒ったりするほど、逆に自分がどんどん冷静になってくタイプがいるが、俺はそっちタイプだったらしい。
今まさに殴られそうになってるっつーのに、頭の中ではどうやって説得したら良いのかを冷静に考えている。
(ダメだな…、証拠がない以上、コイツが自分の女の方を信じるのは当然だし、自分の女に手を出されそうになれば、相手の男を殴りたくなる気持ちも分かる)
とりあえずこの場は、男の立場を考えて殴られてやっても良いが、この俺が女を襲おうとしたって言う不名誉な嘘と噂話だけは何とかしたい。
かと言って、女は嫌いなんだと言って信じてもらえるとは思えない。
なんせこの二人の中では、俺は千代音と付き合ってるんだ。
ちゃんと彼女がいながら、他の彼氏持ちの女に手を出すとか、確かに最低だよな。
「てめえの女の親友に手ぇ出すとか…、恥を知れ!!」
「……いや、言いたい事は分かるがそれは…」
……ん?今…何か思い出しかけたぞ。
親友…女…?
何だ…?何か似たような事があった気がする…。
そう思った直後、頭の中に颯斗の…俺の声が響いて来る。
────お前に裏切られるとは思ってなかった。
────いつからだ?いつから二人で俺を裏切ってた?
何の事だか分からないが、その台詞が頭に響いた瞬間、左頬に激痛が走った。
…殴られたんだ。
喧嘩なんかした事ない俺は、無様に倒れて玄関に膝をついた。
「……ッ」
マジで殴るか!しかも手加減なしで!!
…腹とかじゃなくて、顔を狙って来るあたり、怒りがこもってんな。
片膝をついたまま溜め息を吐いて、口元を拭うと手に血が付いた。口の中を切ったらしい。
するとその溜め息が気に入らなかったのか、拓はもう一度俺の胸ぐらを掴んで、無理矢理に立ち上がらせた。
引き上げられるまま立ち上がると、2発目の拳が飛んでくる。
今度は倒れないように何とか持ち堪えていると、美穂の顔が見えた。
「………」
……笑ってる。
拓の背中に隠れるようにしながら、殴られている俺を見て、ものすごく楽しそうに顔を歪めて笑ってやがる。
(な…なんて邪悪な顔なんだ…)
確かに俺しか見てないが、本性が顔に出まくってるぞ。
そこは隠しとけ、頼むから。
「……どこ見てる!」
さすがに俺が美穂を見てる事に気付いたのか、拓がまた手を振り上げる。
すると、隣の部屋…つまり愛莉の部屋のドアが開いた。
さすがに他人に暴力を振るってる現場を見られるのは危険だと判断したのか、拓は慌てて俺から手を離す。
「…喧嘩ですか?警察呼びましたよ」
愛莉がドアから顔だけ出してそう言う。
「……なッ!?……いや、これは…」
アタフタと慌てまくるバカップル二人に、愛莉は冷静に視線を上に向けた。
…そこには監視カメラがある。
(……そうか、忘れてた…。証拠なら…ちゃんとあるんじゃねーか…)
「釈明なら警察来たらどうぞ。…このマンション監視カメラありますから。私の勘違いなら後でちゃんと謝ります」
監視カメラに気付いて拓は顔を真っ青にするが、それ以上に顔を青くしているのは美穂だ。
(…当然だな。監視カメラ見れば、俺が無理矢理に連れて来たんじゃなくて、自分の意思でココに来た事がバレる)
「それから…そっちの影に隠れてる女の人…」
急に話を振られた美穂は、ビクっと身体を反応させて愛莉を見る。
「昨夜も来てましたよね?夜中にピンポンピンポンと、うるさくて起きちゃいました」
……おぉ、トドメか。
美穂の真っ青になってた顔が、さらに青く血の気を失ってくぞ。
「あんな時間に人の家を訪ねるなんて非常識ですよ」
愛莉がそう言うと、拓は「え?」と自分の背中に隠れている美穂を振り返る。
「訪ねた…?自分から来たのか?…しかも深夜に?無理矢理に連れて来られたって言うのは…?」
「あ…あの…、えっと…」
しどろもどろになりながら目を逸らす美穂だが、もう言い訳が通用しない事は分かっているらしい。
二の句が継げずに目を逸らしているだけだ。
(監視カメラ見れば一目瞭然だからなぁ…)
それにしても…、愛莉のやつめ、もっと早く出て来れなかったのか。
おかげで3発も殴られたぞ。
「…邪魔したな」
「…ぁ?」
短くそう言うと、拓は美穂の腕を掴んで、引きずるようにして姿を消した。




