89. 夕暮れの公園は童心に返る。
結構強い力で振り上げたらしく、手が当たった部分が痛い。
「…痛…ッ」
思わず声を出す。
するとジロリと私を見た男は、イヤホンに気付いて苛ついたように怒鳴り始めた。
「どこ見て歩いてるんだ!イヤホンで音楽なんて…危ないだろう!!」
「…な…、そ…そっちが振り上げた手が当たったのよ?」
お互い歩いていて肩がぶつかった…とかなら分かるけど、今のは明らかに、男の人が腕を振り上げたせいで当たったのだ。
「俺が悪いって言うのか?ほんっとに…若い奴らは謝るって事を知らねーな。礼儀を教わらなかったのか!!」
「謝罪を知らないのも、謝るのもそっちよ!ぶつかったのは、あなたが振り上げた腕なんだから!!」
子供なんて怒鳴れば謝るーなんて、簡単に思ってたら大間違いよ。
ただ怒鳴るだけだったなら無視して行ったところだけど、礼儀だなんだと言うなら、ちゃんと謝って貰おうじゃない。
絶対に引かないと睨みつけると、男は再び腕を上げた。
…今度は明らかに私を狙って。
(嘘でしょ?暴力?……脅しじゃなくて本当に殴って来たら、正当防衛で容赦なく股間に蹴りぶち込んでやる…!!)
ギュッと目をつぶって痛みに耐えようとすると、何故か男が小さく呻き声をあげた。
「……?」
恐る恐る目を開けると、そこにいつものヘラヘラした顔の大和さんが立っていて、男の腕を掴んでいた。
「…大和さん?」
「あー、やっぱり愛莉ちゃんだ」
大和さんはそう言いながら、ぐい。と男の腕を捻ると体重をかけて男をコンクリートへ無理矢理に伏せさせる。
「何があったのかは知らないけど、女の子に手を上げるのは少し可哀想じゃない?俺引いちゃう…」
「い…痛い痛い!腕が折れる!離せ!!」
男が騒ぎ始めると、大和さんは飽きたみたいに男から離れた。
捻られた腕をさすりながら、男は私と大和さんを交互に見てから、ふんっ!と鼻息荒くすると逃げるように去って行く。
「ありがとうございました、大和さん」
「それよりこんな所で何してんの?買い物?」
「あぁ…、まぁ…はい」
食事の誘いを断った事もあり、少し言葉を濁してしまう。
断ったくせに出掛けてるのかよ、とか思ってるかしら。
「へぇ、どこ行くんだ?俺も一緒に行っていい?愛莉ちゃんに断られちゃったから、もう暇でさー」
やっぱりと言うかなんと言うか…、断った事を気にしてる。
遠回しに責めてくる大和さんから、どうしよう…と目を逸らしてしまう。
(…助けてもらっておいて、このままサヨナラっていうのもなぁ…)
でも私は仕事用の資料を探しに家を出ただけで、付いて来ても面白いわけない。
(やっぱり本屋だけにすれば良かった…)
そう後悔するけど、後の後悔先に立たず、覆水盆に返らず。
ここで会ってしまった事も起きてしまった事も仕方ない。
大和さんの問い掛けに、私は諦めて頷いた。
結局断れないまま大和さんと写真撮りに歩き回り、最終的に本屋にまで一緒に行く事になったけど、正直楽しかった。
家に帰った後、大量に撮ったスマホの写真を整理しながら、今日の事を思い返す。
公園で資料用の遊具写真や、背景に使える全体写真を撮っていると、大和さんは「それだけじゃつまらないんじゃね?」と、私が撮る写真に毎回入り込んで来た。
変なポーズをしたり、子供みたいに遊具で遊んでる姿を写真に収めながら、私はずっと笑ってた。
子供用の小さなゾウの遊具(バネが付いていて、乗るとボヨンボヨンと動くやつだ)に無理やり乗って、夢中で身体を揺らしているのを見た時は、涙が出るほど笑ったし、滑り台では滑ろうと座ったはものの、お尻が大きすぎてハマって抜け出せなくなったり。
こういう人をひょうきん、って言うんだろうな。と思う。
そう言えば砂場ではわざわざ水まで汲んで来て、本格的なお城を作ってた。
正直そこまで付き合ってられなくて、何度か(置いて)帰ろうかと思ったくらい。
これが本物の泥団子だ!ってピッカピカに光っている泥団子を作った時は、さすがに白い目で見ちゃったけど。
結局日が暮れるまで大和さんに付き合って、公園で遊んでいた。
…この歳になって、ただの公園で夕暮れまで遊べるとか、逆にすごい。
でも夕暮れ時のオレンジに染まる公園で、夢中で遊んでいる大和さんの姿は良い刺激になった。
(ホラーって描いた事ないけど、夕暮れと公園と言うのは王道かも知れない、今度ホラーも描いてみようか…)
夕暮れ時の公園、誰も乗っていないのに揺れるブランコ。
知らない子供の笑い声、神隠しの奇妙な噂話。
主人公は小学生の男の子、全体的に懐かしい感じの雰囲気で…。
…うん、イメージ固まって来たかも。
(主人公の男の子は…)
そこでふと、颯斗じゃなくて大和さんの顔が浮かぶ。
(…小学生が主人公なら、イメージモデルは颯斗より大和さんかな…?そもそも思い付いたのも大和さんがモデルだったし)
思いついたネタをスマホのメモアプリに入力していると、画面にメッセージ受信の通知が来た。
(大和さん…?)
何だろうと思ってメッセージを開いてみると、これまた食事の誘いだった。
…めげない人ね。
断りの返事をしようと指を動かすが、私はピタッと指を止めた。




