88. 誕生日プレゼントはお好みで。
件の雑貨屋は最寄駅から二駅ほど離れた場所にある。
ある…とは言っても愛莉から聞いただけだ、記憶を頼りに駅前をぶらついていると、聞いた通りの外観の店を発見した。
(お…、簡単に見つかったな)
中に入ると外とは雰囲気がまるで違う。
まるでファンタジーの世界の中に入ったようなデザインの店だ。
探せば魔法使いの杖や魔導書とかが置いてありそうなその雰囲気は、何かに似てる…。
(ネズミランドか…)
実は俺は行った事がないんだが、この非日常的な雰囲気は、あの某夢の国の雰囲気に近い気がする。
(なるほどな…。そういやアイツ好きだったもんな、ネズミランド)
適当に見て回ると、さすがに安くはないが愛莉の好きそうな物は沢山ある。
店内には人気もないし、少しのんびりと見て回る事にした。
ぶらぶら見ていると、マジで色んなものがある。
雑貨と一括りにまとめると、何でもアリだなってくらいだ。
(キッチン用品も売ってるのか…。アイツ料理好きだし、こういうのでも良いかもな)
持ち手が動物のデザインになってるシャモジとか、包丁に猫の絵柄が描いてあるもの、カントリー風のキッチンセット等々。
ここまであると、正直選べない。
(長く使う物だと、やっぱり好みの物の方がいいだろうしなぁ)
だとしたら、下手にアイツの好みと違う物を買って失敗するより、使い切り系のアイテムとかの方が良さそうだ。
(…ん…?)
少し選ぶ種類を狭めるかと思った俺は、ふと目に止まったアイテムを手に、これなら…と頷いた。
#愛莉side ────
次の新人賞に応募する漫画の目処がたってきた。
子供の頃と違って、ベタやトーンや集中線など、今はパソコン一つあれば簡単に出来てしまうのだから、手描きの頃と違って楽になったものだと思う。
(…まぁ私は使うんだけど)
デジタルも好きだけど、やっぱり手描きが好きなのよね。
「……ふー…」
深く息を吐いて描き終えた原稿をしまい、トーンカスや消しゴムのカスなどを片付ける。
少しお茶にしようとキッチンへ行くと、食事した時からキッチンに置きっ放しになっていたスマホが光っていた。
確認すると大和さんからメッセージが届いている。
(食事……?今日か…)
メッセージを開くと、まぁ単純にお昼ご飯に誘ってくれているだけなんだけど…。
一言余計な文言も入っていた。それは『颯斗に内緒で』という事。
(…何よ、子供じゃあるまいし、別にわざわざ颯斗に許可なんか取らないわよ)
でも『内緒で』という言葉に、子供の頃に親に内緒で遊びに行った事を思い出して少しワクワクする。
(どうしようかな…、期待させても悪いし…)
でももう大和さんとは、普通に友達になったと思っても良い気がする。
だとしたら友達と遊びに行くのに罪悪感なんか感じる必要はないわけで…。
そもそも颯斗とは付き合ってるわけでもないし、報告したってどうせ「え?別に行けば?」と言われるだけよね。
(困ったな、でもやっぱり颯斗が好きな私が、大和さんの誘いに乗るのは…)
大和さんの言動がどこまで本気なのか分からないけど、私の自意識過剰でなければ、きっとあの人は私に好意を持ってる。
つまりこの誘いも、そういう事だ。
(…やっぱり断ろう。気持ちに応えられないのに、誘いに乗るべきじゃない…)
私は『予定がある』と少し遠回しに断ると、心の中でごめんなさいと呟いた。
♢♢♢♢♢♢
少しお腹が空いたのと、メールで依頼されたイラストの資料を探しに買い物に行く事にした。
本屋は直ぐ近くだけど、ついでに少し足を伸ばして、資料用の写真でも撮るかと、目的地もなく適当に電車に乗る。
駅名につられて降りた駅は、少し歩くと小さい公園があったり住宅街があったり、犬の散歩をする人もいるくらいで、あまり騒がしくなくて散歩するにはちょうど良い場所だった。
天気も良いし、カメラモードにしたスマホにイヤホンを付けて音楽を聴きながら歩く事にする。
私はお気に入りの音楽を聴いていると、漫画のアイデアがよく浮かぶ方で、ネタに詰まった時とかよく音楽を聴きながら散歩する事があった。
(ネタに詰まってる訳じゃないけど、新しいアイデアも必要よね…)
お気に入りの曲と良い天気も相まって、気分が良くなって来る。
鼻歌を歌いながら写真を撮って歩いていると、反対側から50代くらいのスーツ姿の男の人がスマホで電話で話しながら歩いて来た。
(この暑い中、スーツを着込んで外回り…。会社員も大変だな)
いつか颯斗もあんな風にスーツを着込んで仕事をするのかしら。
…似合わなそう。
スーツ姿で営業をする颯斗を想像して思わず笑うと、スーツの男の人は急に不機嫌そうに「ふざけんな!!」と大声を上げた。
「…ッ!!」
驚いて思わず固まると、男の人は電話口に怒鳴り始めた。
内容までは分からないけど、どうやら仕事が思い通りに進まなかった事を部下に対して怒ってるみたい。
怖くなって足早に通り過ぎようとすると、男の人が感情のままに振り上げた手が私に当たった。




