85. あぶない夜。
目があった俺は何故か愛莉から目が逸らせなくて、指先に感じる舌の感覚に集中してしまう。
(いやいや…、何だこの状況……!!)
どう考えても絵面的にヤバい。
早く離れねーと…と思っていると、愛莉が俺の指に思いっきり噛み付いた。
「…いっ……!!!」
その直後、身体が動いた。
愛莉を押さえ込んでいた手を離して床に座り込むと、噛まれた指を見る。
…歯形がくっきりだ。
「か…噛むか普通…!!」
「アンタが変な事するからよ!」
「変な事って何だよ、する訳ねーだろ!!」
「押し倒したじゃない!」
「転んだんだ!!」
そう言い合いながら顔を突き合わす。
だがお互い事故である状況は分かってて、どちらからともなく息を吐いて顔を逸らした。
「アホらしい…」
「こっちの台詞よ、人の胸見ておいて…」
「だから見てねーってんだろ」
「ホクロ見たんでしょ?ホクロは胸にあるのよ!胸を見たのと同じじゃないのよ!」
「お前が無防備に寝てんのが悪いんだろうが!!人ん家に来る時はちゃんと服を着ろ!!」
「キャミだって立派なファッションの一つですー!!」
こうなったら止まらない。
昔から口喧嘩が始まるとお互い謝ることはなく、いつの間にか元に戻るまでこの状態だ。
だったら一緒にいても面倒なだけだ。
俺は立ち上がるとソファから離れて、冷蔵庫からビールを取り出す。
飲みながら時計を見ると、いつの間にか時間も遅い。
(これ飲み終わったら寝るか…)
スマホでギリギリ当日分のログボを手に入れて、ビールを飲んでる間少しだけ遊んでいると、ソファから愛莉の姿が消えていた。
(………?)
鍵はまだ預けてあるよな、部屋に戻った?…にしては、玄関の音が聞こえなかった。
(…まさか…!)
慌てて空になったビール缶を流しに放ると、寝室へと向かった。
寝室のドアを開けると、案の定、愛莉がベッドサイドのルームライトを付けてベッドでスマホをいじってやがる。…やられた。
(だが悪いな愛莉…、最初に言った通り、ベッドは譲らねえぞ)
少し前なら気を使ってリビングで寝た所だが、今はもう少し歩けば隣に自分の家があるんだ。気を使う必要はない。
俺は愛莉を無視してベッドに入ると、ルームライトを消して横になった。
「ちょ…颯斗!?」
「何だよ?」
「わ…私が先に寝てたのよ…!?」
「知るか、何度でも言うぞ?ここは俺の部屋で、これは俺のベッドだ。お前がリビングに行け」
「女の子をリビングで…」
「それはもう効かねえぞ、すぐ隣はお前の家なんだからな。リビングが嫌なら自分の家に戻りゃ良いだろ」
「…う…」
どうだ、ぐうの音も出まい。
俺は愛莉に背中を向けて目を閉じる。
すると愛莉は少しの間ベッドに座っていたが、諦めたようにベッドから降り…、…ん?
(降りない…?)
いや降りないどころか、愛莉は俺の隣に横になった。
…ッ?!正気か…?一緒のベッドで寝る気か!?
いくら何でも、ガキの頃とは違うんだぞ??
だが耳を澄ますと、愛莉は動揺する事なく落ち着いた呼吸でいる。
(動揺してんのは俺だけか…?クソ、落ち着け!愛莉は女だが幼馴染だ、妹みたいなモンだ…落ち着け…!!)
女だと思うから身の毛がよだつんだ。
コイツは女じゃない、愛莉だ。
ガキの頃から知ってる妹だ…。
(そうだ…顔を見よう)
後ろで寝てるのが女じゃなくて、よく知った愛莉だってちゃんと頭で理解すれば、この冷や汗も止まるはず…。
そおっと寝返りをうち、背後で眠る愛莉へと身体を向ける。
愛莉を見ると目はしっかりと閉じられ、(そもそもさっきまで寝てたからな)既に夢の中へ旅立っているらしい。
「………」
無言で愛莉の寝顔を見つめる。
何だかガキの頃みたいで安心するな。
顔に掛かった前髪を払ってやろうとすると、たまたま指先が愛莉の唇に触れた。
そのプニッとした柔らかさに、みゆりの唇を思い出し、俺は愛莉に背中を向けると強く目を閉じた。
すると愛莉が俺の背中に抱きついてくる。
「────ッ!?」
な…何だ!?
「お…おい…!?」
急に何なんだと首を後ろに向けると、愛莉は眠ったままだ。
…抱き枕と勘違いしてんのか?
(つーか…)
あたってる…。
せ…背中に柔らかいモノが…!!
ぎゅう…と強く抱き付いてくる腕の力に比例して、背中に押し当てられる胸も密着してくる。
(は…吐きそうだ…)
逃げ出したいが、もし動いたせいで愛莉が起きたら、絶対に俺のせいにされて変態扱いだ。
正直また騒がれるのはマズイ、もう深夜だし雷雨も止んでるから悲鳴を上げられたら、絶対に近所の住民が起きる。
通報されたとしても説明すれば誤解は解けるだろうが、近所から白い目で見られる事間違いなしだ。




