82. 停電中はお静かに。
苦しい…。
横から抱きついて来た愛莉の細い腕が、ピッタリと俺の首にハマるように巻き付いている。
これは抱き付くと言うより、俗に言うチョークスリーパーだ。
「あ…愛莉…?く…首…、絞まっ…」
「…え?あ…、ごめん!!」
絞められたニワトリみたいな俺の声に気付いた愛莉が離れると、何度目かの雷が近くに落ち、まてしても愛莉が抱きついて来る。
「……うげッ!…離せ!暑苦しいぞ!!」
今度はさすがに首を絞められてはいないが、ものすごい力だ。…中身が出たらどうしてくれる。
「ちょっと…!さっきから近くに落ちてるんじゃない!!?」
「知るか…!つか、離れろ…!!」
雷くらいでやかましいぞ!
仕方なくソファから立ち上がって愛莉から離れると、愛莉は1人で頭を抱えている。
…幽霊だけじゃなく、雷も怖いのか。
(俺はガキの頃から雷が好きだったけどな、少し厨二っぽいが、何かの小説で「雷は神々の怒りだ」と表現していて、ガキの俺はその表現が気に入ったんだ)
いくら日が暮れたとはいえ、夏のこの時期、曇り空ではあるが空はまだ明るい。
今の内に懐中電灯を探し、充電式の丸いルームライトを寝室に用意しておくと、俺は懐中電灯を手にリビングに戻った。
「やっぱりあるんじゃないのよ、懐中電灯!嘘つき!」
「アレは貸すのはねぇって意味だ、勝手に勘違いしたんだろ」
懐中電灯とは別にルームライトがあるが、家の中を歩き回るのに大きめのルームライトは不便だからな。
どっちも貸し出すわけにはいかん。
「…貸してくれなきゃ部屋に戻らないわよ」
「今度こそソファで寝たきゃ勝手にしろ、意地でもベッドは明け渡さねーぞ」
停電がどれだけ続くか分からんが…、まぁそう何時間も続かないと思うけどな。
(夜寝る頃には電気も復帰するだろ)
俺と言い合ってるうちに落ち着きを取り戻した愛莉の隣に座ると、本は読めないから代わりにスマホで暇潰しする事にする。
俺がスマホゲームを始めると、愛莉も自分のスマホを取り出して停電状況を検索し始めた。
「…停電はこの辺だけみたいね、直ぐに電気は点くみたいだけど、予報を見る限り深夜まで雷雨は続くみたい」
「って事は、電気も点いたり消えたりが繰り返される可能性が高いって事か」
大量に本を買って、夜中まで読書してやろうと思ってた矢先にこれだ…。
(ついてねぇな…)
だが天気の事で嘆いても、こればっかりは人間にはどうする事も出来ない。
停電が続くなら、あまりスマホも無駄使い出来ないし、仕方なく俺はゴロリとソファに横になった。
すると隣の愛莉が嫌そうに俺から離れる。
「ちょ…ちょっと…!近付かないでよ」
「…嫌なら部屋に戻れば良いだろ」
横になった頭の直ぐ脇に愛莉の太ももがあり、頭が少し触れたらしい。
(近付くと嫌がるくせに、嫌がるわりには逃げねぇんだよな)
…ま、年頃の妹ってのは兄に対して、こんなモンかも知れねぇけどな。
気にせずに目を閉じると、ふわりとシトラス系の良い香りが鼻腔をかすめた。
(俺の部屋にはない匂いだな、愛莉か…)
香水や芳香剤は好きじゃないが、この匂いはシャンプーかボディソープだろうか?
良い香りに包まれながら、俺は愛莉が何をしているのか確認する事もなく目を閉じた。
暗い中、何もする事がなくボーッとしてると眠くなるな。
隣の愛莉はスマホで静かに漫画読んでるし、 俺もこのまま寝ちまうより目を覚ますかと上半身を起こすと、部屋がパッと明るくなった。
「…点いたか」
今の内にと、充電の心許なくなったスマホを充電器に繋げる。
すると愛莉がスマホを消して立ち上がった。
「私今のうちにシャワー浴びて来るわ、いつまた停電になるか分からないし」
「そうかよ」
別に自分の部屋に戻るのに、いちいち俺に言う必要ねーだろう。
大きくあくびをしながら答えると、愛莉はずいっと俺に手を出して来た。
「…何だよ?」
まさか小遣いくれとか言わねえだろうな。
眉をひそめて差し出された手を見ていると、愛莉は「鍵」と言いながら、距離を詰めて来た。
「…は?」
「この部屋の鍵よ。シャワー浴びて来る間、開けっ放しじゃマズイでしょ?閉めてくから」
「……それはつまり、シャワー浴びたらまた来るって事か?」
「当たり前でしょ?また停電になったら嫌だから、今夜はコッチで寝るわ」
さも当然のように出される手に、俺は仕方なくパンツのベルトループにつけた部屋の鍵を外して渡す。
「なくすなよ」
「分かってるわよ」
そう言って自分の部屋に戻って行った愛莉の後ろ姿に、俺はやれやれ…と深い溜め息を吐いた。




