65. 愛莉の新居[3]
いつの間にか寝ていたらしい。
目を開けるとリビングの電気は消されていて、俺の上には夏用の毛布が掛けられていた。
(…愛莉か)
ガンガンにクーラーが効いた部屋で寝たせいか、喉が渇いて冷蔵庫へ行くと、テーブルの上に置かれたメモに気付く。
「……?」
手に取ってみると、愛莉の字で『お世話になりました』と言う一文。
「…は?」
まさかと思って寝室へ行って、ノックもせずにドアを開けると、そこには誰もいなかった。
まさに、もぬけの殻…ってやつだ。
(…何だ?どこに行った?)
置いてあった愛莉の荷物も全部見当たらねぇ。
…まさか飯の後に一人で出て行った…、っつーか引っ越したのか?
ドレッサーを開けても、中は俺の服しか入っていない。
あいつ確か、俺の服を奥に寄せて、自分の服を掛けてたはずだ。
…一人で出て行ったのは、状況を見る限り間違いなさそうだな。
「…んだよ、勝手に出てくか?普通…。…引っ越し手伝うって言ったろーが…」
いや、早く出ていけっつったのは俺だけど。
それにまさか夕飯後の遅い時間に出て行くとか、さすがに思わねーだろ。
(…まぁ確かに荷物は少なかったが、マジで一人で運んだのかよ?)
少ないとは言っても、週末に1週間分の買い物をした…くらいの量はあったはずだ。
引越し先は聞いてねぇけど、まさか両手にあの荷物を抱えて歩きで運んだのか?
(じゃあそんなに遠くない場所か…)
この辺りの地図を思い浮かべてみるが、アパートやらマンションやらが多くて特定できる訳がない。
「はぁ…」
ボフンッと久々のベッドに座ると、寝室を見回す。
別に何も変わっていない。…愛莉の荷物がなくなった事以外は。
空っぽになった寝室は、何故か愛莉がここに来る前よりも広く感じる。
(…元の生活に戻るだけなのに…、なんか妙な感じだ)
…これが寂しいって感情なんだろうな。
何だかんだ言って愛莉のいる生活は、一人で過ごしているより明るくて楽しかったのかも知れん。
これからもずっと二人暮らしするか?と言われたら絶対に嫌だが、家事の面でも精神的な面でも、けっこう愛莉がいてくれて助かっていた。
(…愛莉…、引越し先を聞いてねーぞ)
連絡してみようかとスマホを取り出すが、今はもう深夜だ。
愛莉が何時頃に出て行ったのかも知らねえし、とっくに新居に移動していて、今は寝てる可能性の方が高い。
…明日起きたらメッセ入れて聞いてみるか…。
そう思いながら、俺は数ヶ月ぶりのベッドに横になった。
♢♢♢♢♢♢
…玄関からピンポンピンポンとうるさい音が聞こえる。
目を開けると外は明るい。
(もう9時か…)
時計を見ながら起き上がり、相変わらずピンポンピンポンとうるさい玄関に舌を鳴らす。
(寝起きですごい姿だし、あまり人前に出たくねぇな…。誰だ?)
もう愛莉もいねえし、訪ねて来る相手に心当たりがない。
どうせ勧誘か何かだろうと、リビングにあるモニターを見た俺は、寝ぼけていた脳が一気に覚醒した。
何故ならモニターに映っていた姿は、見覚えがある顔だったからだ。
急いで玄関に行きドアを開けると、そこには笑顔の愛莉が粗品(間違いなく大和の田舎で買ったやつだ)を手に立っている。
「…おま…」
「おはよう颯斗。隣に引っ越して来た愛莉でーす。コレ、つまらない物ですがどうぞ」
そう言った愛莉は満面の笑顔だ。
…はぁ?隣だと?
「でーす…ってお前…、マジか…」
頭を抱える。
何だこりゃ、俺はまだ寝てんのか?ここは夢の中か?
(そういや隣は随分前に引っ越して行って、しばらく空室だったな。…いや、だけどまさか…)
「あら、どうしたの颯斗?」
…わざとだな、絶対わざとだ。
俺を驚かそうとして、昨日の夜中にコッソリ出て行ったんだ、間違いねぇ。
「隣…?」
聞き間違いであって欲しいと溜め息を吐きながら聞くと、愛莉はニッコニコで頷く。
「そうよ?これからは同居人じゃなくて、昔と同じお隣さんとして宜しくね。…あ、もしかして急にいなくなったから心配した?寂しかった?」
「…んなワケねーだろ、アホか」
いや嘘だ、少し心配したし不安もあった。
…愛莉が俺の傍からいなくなるなんて、ガキの頃から考えた事もなかったからな。
「じゃあ颯斗。せっかく隣なんだし、夕飯は一緒に食べようね」
そう言って隣の部屋に入って行く愛莉を見送った後、俺はしばし茫然としてから、慌てて部屋に戻ってスマホを取り出した。
もちろん電話するのは愛莉の親父さんだ。




