48. 吊り橋効果は認めない。
人などこの世に生まれておらぬ
此の世に生まれて落ちた鬼の子の
腐った我が身に這うは蛆虫
あなおそろしや
蝶よ花よ浮世の慚愧よ
鬼の面で嘲る下には晒し首
爪をはがれて皮をはがれて
あなおそろしや
汚泥にまみれて赤子の血肉
侘しや切なや今宵も餓える
閨にて喰われる五臓六腑の
あなおそろしや
「…ってね、すごい哀しげな歌が聞こえてくるらしいんだ」
そう話しているのは大和だ。
昼間のバイトの後、民泊の2階で飯食いながら(作ったのは俺と愛莉だ)、サムが言っていた話を大和にすると、話してくれた。
件の廃墟からは、夜になると哀しげな女の歌声が響いてくると昔から噂があったらしい。
「何でも仕えていたご主人様から、レイプされて妊娠させられたうえ、妊娠中に百叩きの刑にされて、目を潰されて、耳に鉛を注ぎ入れて、両手両足を切り落とした挙げ句、酒を入れた酒樽に詰め込まれたらしいよ。絶命するまで、数日も泣き叫び続けたとか」
わざと低い声で、ゆっくりと話す大和に、白い視線を送る。
「…色々混ざってねぇか」
怖がらせようとしてんのは分かるが、途中から日本やら中国やら、色んな話が混ざり始めて、現実味がなくなってるぞ。
(ガチかと思ったが…、単なる噂話っぽいな)
「バカね、幽霊なんていませんよ。大和さんも颯斗と同じで信じてるんですか?」
途中まで怖がっていた愛莉だったが、途中からは怖がらせようとする意図が完全にあからさまで、じろりと大和を睨んでいる。
「…そうよねぇ、即興の作り話でしょ?」
みゆりにまで興味なさげに言われた事が気に入らなかったのか、大和は大袈裟に首を振った。
「えー、俺が子供の頃にイワオ兄さんから聞いた話だよ」
「じゃあサムが作った話だろ?お前、からかわれたんだよ」
「颯斗も幽霊は信じないクチか?」
「………」
そう言われて、つい口をつぐむ。
ついこの前までは確かに、幽霊はあくまでもファンタジーとして楽しんでいたが、俺は多分、幽霊を見ているから。
(いや、多分じゃなくて…)
確かに俺に会いに帰って来てくれたんだと思いたい。
盆ってのは年に一回、死者が生者に会いに来てくれる特別な日だ。
(…家族でも親族でもないけどな)
つい初恋の相手の事を考えて、物思いに耽っていたらしい。
愛莉が俺の顔を覗き込んでいる。
「…何だよ?」
「…別に」
そう言うと、愛莉はプイッと顔を背けた。
#愛莉side ────
颯斗の事だから、どんなに否定しても、私が怖がりなのを気付いてるし、確信してる。
だから大和さんのつまらない怪談が始まってから、何処かで止めてくれると思っていたのに、颯斗は幽霊と聞いた瞬間から、違う事を考えてるみたいで、心ここに在らず状態だ。
(…別に大和さんの話しは怖くないし、平気だけど?)
それより気になるのは、幽霊という単語に反応して、颯斗は何を考えてるんだろうかって事。
(絢音ちゃんが亡くなったって話した事と…関係あるのかしら)
颯斗は絢音ちゃんが初恋だって言ってた。
聞いた時はショックだったけど、今思えば、それらしい雰囲気はあった。
きっと絢音ちゃんも颯斗が好きだったんだろうと思うし?
(…両思いだったのかぁー…)
でも子供の頃の話だし、颯斗にとっても子供の頃の甘酸っぱい思い出になってるはずよね?
(はぁー…。ごめん絢音ちゃん…、貴女にまでヤキモチ妬くとか…重症だわ)
皆んなに見えないように溜め息を吐くと、大和さんが「そうだ!」と手を叩いた。
「この肝試し、参加しようぜ!」
…え?
耳を疑うんだけど、何なのこの人?
空気読めないの?
誰も興味ない顔してるの見えないの??
「…はぁ?バカ大和、参加するわけねぇだろ」
そう呆れたみたいに言葉に出したのは颯斗だ。
チラッと私を見てから、颯斗は頭をかく。
「…疲れてっし。昨日の夜だって、花火やら何やらで遅かったんだ。今夜はゆっくり休みたいっつーの」
これは…間違いなく、私を気づかってくれている。
(…嬉しいな)
やっぱり颯斗は颯斗だ。
知らないふりして、いつも優しい。
…だけど、大和さんは挑戦的な目で颯斗を見返した。
「怖いのか?」
「…アホか、煽っても無駄だ」
颯斗が犬猫を追い払うように手をヒラヒラさせると、大和さんは今度は私とみゆりさんに視線を向けて来る。
「二人は女の子だし…、やっぱり怖いかな?」
…は?カチンとくる。
女の子だから怖い?
関係ないでしょ性別なんて。
みゆりさんを見ると、ニコニコとしていて、本心が読めない。
「えー?私は怖いけどぉ…、真城クンが一緒なら行っても良いわよ?」
「ちょ…ッ」
思わず声が出る。
この肝試しは、男女2人ずつで組んで行くはず。
みゆりさんは明らかに颯斗と行こうとしてる…!
(駄目よ…、お化け屋敷とかジェットコースターとかは、吊り橋効果が…)
「愛莉さんはお留守番?私は平気だから颯斗と行くわねぇ」
そう言って、颯斗の腕に自分の腕を絡めるみゆりさんを睨むと、私はテーブルを叩いて立ち上がった。
「私も…行くわよ」




