40. 素直になりたい。
やっぱりだ。
この辺りは田舎らしい、のんびりとした良い雰囲気だが、少し離れると林ばっかりで、怖がりの愛莉が一人で散歩になんて出るはずがねぇ。
(ぜったいに民泊か、庭先にいる)
クソ、ほんっとに面倒な女だ。
別に放っておいてもいいんだが、何故か初めてマンションへ泊まりに来た時の愛莉を思い出しちまう。
今にも泣き出しそうな顔。
あの顔に俺は弱い。
(……?…そう、だったか?)
いや、確かに覚えてる。
俺はガキの頃から愛莉の泣き顔が苦手だった。
(そうだよ、これは…俺の記憶だ)
…最近は颯斗と聡太の記憶が曖昧だ。
たまに颯斗の記憶なのか、聡太の記憶なのか分からなくなる。
それに感情もだ。
颯斗として目を覚ました初めての朝(前世を思い出した朝…って事になるのか?)は、自分を聡太だと思い込むくらい、聡太としての意識が強かったのに…。
(今は確実に、聡太としての意識と感情が薄れて来てる)
それなら、さっきみゆりに迫られた時の、あの動揺が説明出来る。
聡太じゃなくて颯斗なら、女に迫られて反応すんのは当たり前だからな。
(あの時、いつもみてぇにみゆりから離れられなかったのは…)
…据え膳食わぬは男の恥!…な颯斗の本能と、女は嫌いだ!近付くんじゃねぇ!…な聡太の嫌悪感が混ざったからだ。
相反する二つの感情のせいで、身体が上手く動かせなかったんだ。
今は前より、颯斗と聡太が半々くらいな感じがするな。
もちろん女は嫌いだし、興味ねぇのは今も同じだ。
(このまま聡太の記憶や感情が薄れて行ったら…、俺も女と付き合ったりすんのか…?…この俺が!?)
そう想像した瞬間。
思わず身の毛がよだち、ゾッとする。
もちろん、思い出すのは新見晴子の顔だ。
アイツ、どれだけ俺を苦しめれば気が済みやがる…!
「…ッあー!!クソ!女なんて気持ち悪ぃ!!無理だ、無理!!」
つい大声で叫んだらしい。
俺の声に反応したのか、民泊の角にある縁側から、小さな悲鳴が聞こえて来た。
#愛莉side ────
…驚いた。
みゆりさんに言われた言葉が引っ掛かっていて、つい考え込んでいたら、急に大きな叫び声が聞こえて来るんだもの。
そぉっと角から顔を出して覗いてみると…。
「…颯斗?」
そこにいたのは颯斗だった。
何故か頭を抱えて悶えている。
「………何…してんの…」
ちょっと怖くて近寄れない。
遠くから声を掛けると、颯斗は慌てて咳払いをした。
「…お…、お前を探してたんだよ」
「…悶えて叫びながら?」
「…いや、今のは…ちょっと考え事をしててな。それより花火の約束したろ?どうしたんだよ」
「あ…私もちょっと考え事…、そっか…もう…そんな時間…」
そのまま黙ると、颯斗が近寄って来て私の顔を覗き込んだ。
「…どうした?」
顔を見るとやっぱり好きだという気持ちが溢れて来る。
でも、怖くて気持ちが伝えられない。
(颯斗を…落とすって、あんなに息巻いてたくせに…)
みゆりさんの呟いた「弱虫」という声が頭に反響する。
(そうよ…、そりゃ怖いわよ…)
きっとみゆりさんには分からない。
みゆりさんが颯斗と会ったのも好きになったのも、大学に入ってからだもの。
例え玉砕してもダメージは深くないでしょう?
(でも私は…玉砕したら、子供の頃から一緒にいる、大切な家族を失うのよ…)
告白してダメだったら、きっと颯斗は私を避ける。
今だって、妹みたいだから、他の女の人より傍にいられるの。
自分から妹っていう特別を手放してしまって、今までみたいに颯斗と接する事が出来なくなったら?
(私の失恋は、ただの失恋じゃないのよ…)
もしかしたら、恋だけじゃなく、家族同様に大切な人を失うかも知れない不安。
(そんなの…貴女には分からない…。でも…この気持ちも止められない…)
「…愛莉…?」
心配そうな声だ。
顔を見ると、困ったような戸惑ったような顔をしている。
(…相変わらず…、なんだかんだ言って、優しくて心配性なのよね…)
だから私は…、幼い頃から颯斗の後をくっ付いて回ってた。
絶対に守ってくれるし、私を放っておかないって安心感があったから。
「何よ?」
だからこそ心配をかけないように、いつもの顔で颯斗を見ると、颯斗はキョトンとした顔をしてる。
「…あ、いや…。…花火行こうぜ、アイツら待って…」
そう言って、首を傾げながら向けられた颯斗の背中。
その背中は、子供の頃によく私をおぶってくれた背中のままで、私は思わず、その広い背中に抱き付いた。
すると、颯斗は首を回して、顔だけを向けてくる。
「愛莉…、お前…」
「……」
私を見つめる目が、昔の颯斗に戻ったみたいに見える。
その視線から目を逸らさずに見つめ返すと、颯斗はゆっくりと口を開いた。
「そこまで…だったのか?そんなに…」
(…!!気持ちがバレた!?)
胸がドクンってと跳ね上がる。
私を見つめる颯斗から目が離せない。
このままキスされるのかも…と、私は緊張しながら目を閉じた。




