27. 知らない約束。
あんず飴を食べながら、愛莉は思い出したように俺を振り返った。
「そういえば…、絢音ちゃんって覚えてる?」
「…?…さぁ?誰だ?」
「…やっぱり覚えてないじゃないのよ」
愛莉は呆れたように息を吐く。
「夏休みになると、山下さんのトコのお孫さんが遊びに来てたじゃない」
「山下…、はて…」
「もう…、山の麓のお宅よ。カブトムシ獲りにハマって山に行ってた時に、たまに遊んだじゃない。いつも白いワンピースか、ピンクのワンピースを着てる子よ。…覚えてない?」
「…!」
…白いワンピースだと?
昼間のワンピース姿の女を思い出して、動揺でたこ焼きを落としそうになる。
「…どうしたの?」
「い…いや…、それよりその絢音って子がどうしたって?」
「うん…、それが…亡くなったんだって」
「…げホ…っ!?」
「だ…大丈夫!?」
…ちょっと待て。
さっきの流れで、俺が昼間に見た女が、その絢音って子なんじゃないか?と思ったばかりなんだぞ。
死んでるってなんだよ。
「しばらく山下さん見ないから、お母さんに聞いてみたら、お葬式のために、絢音ちゃんがご両親と暮らしてる◯◯町に行ってるとかで…」
心臓がばくんばくんと跳ね上がる。
いや、あまりにタイムリーな話題で驚いただけだ。
昼間に見たワンピースの女は、たまたま似たような服を着てただけの別人だ。
…そうに決まってる。
(約束…、クソ…もやもやすんな…!)
「そろそろ帰らない?私、花火買ったの、帰ってやりましょ」
「…あ、あぁ…」
「二人で一緒に縁日に行って、帰ったら今度は花火なんて、ホントに子供の頃に戻ったみたいね」
愛莉は嬉しそうにそう言うが、どうにも俺は気分が乗らなかった。
さっきまでのハイテンションが嘘みたいだ。
♢♢♢♢♢♢
結局、俺のローテンションに気付いた愛莉が気を利かせて、花火はナシになった。
俺もまだ田舎にいるつもりだし、明日の夜にしようと、愛莉の方から言ってくれたからだ。
お袋が客間に用意してくれた布団に横になりながら、ぼんやりと天井を見つめる。
(…絢音…)
思い出せない。
そんな名前だったか?あの子…。
(ダメだ、思い出せねぇ)
毎年夏になると、確かにそんな女の子がいた。
でもぶっちゃけ覚えてねぇし、そんなに会話をした記憶もない。
(覚えてるのは、いつも寂しそうに微笑んでた顔だけだな…)
…まぁ、その顔すら、ほとんど思い出せないんだが。
そして、なんとか小さなキッカケだけでも思い出そうとしてるうち、俺はいつの間にか寝ていた。
♢♢♢♢♢♢
夢を見た。
白いワンピースと麦わら帽子の女の子が笑ってる。
子供の姿の俺は、楽しげにその子に話しかけながら、木に登ってカブトムシを見つけてた。
(…でも…、寂しそうな顔だな。楽しそうなのは俺だけだ)
これは…、あの子と初対面の時の夢。
確か、せっかくの夏休みなのに、なんでそんな顔してんの?って聞いたんだ。
そしたらその子は…。
♢♢♢♢♢♢
そこで目が覚めた。
(…あの時の夢か…。何だよ、あそこまで見せるなら、返事まで見せろっつーの)
ボリボリと頭を掻きながら起き上がる。
顔を洗いに廊下に出ると、蝉の声がうるさい。
(今日は愛莉が花火をしにウチに来るが…、それまで暇だな)
何となく、山がある方向へ目を向ける。
…行ってみるか、絢音に会いに。
♢♢♢♢♢♢
山へ行くと、さすがの一言。
まさに降ってくるような蝉時雨だ。
(カブトムシ…、探すの面倒くせぇな)
来てはみたものの、やる事がない。
あー、あれか?
何だっけ?森林浴?フィトンチッド?
うん、蝉時雨と鳥の囀り。
それに木々の揺れる音と、さわやかな風が心地いい。
…ワケあるか!!
「……無理!そんなキャラじゃねーし!」
愛莉なら喜んだだろうな、田舎と自然が大好きな女だからな。
(…ん?そうだよ、何で田舎暮らしが好きなアイツが、わざわざ都会に?)
漫画家が夢で、親に反対されたから家出した…って言ってたが、それでも都会までくる理由になるか?
(アイツも大概変な女だよな…)
何考えてるか分からん。
「…あ」
緑に埋め尽くされた視界に、何かが混ざって見える。
(あれは…麦わら帽子…?なんであんな所に…)
その麦わら帽子は、ちょこんと木の上に引っ掛かってる。
風で飛ばされて来たのか?
(…昨日の女が被ってた麦わら帽子に似てる気がするけど)
リボンの色や、ツバの形など、ソックリだ。
(…よし)
俺は昔取った杵柄で木を登ると、その麦わら帽子に手を伸ばす。
(あと…少し…)
本当にあと数センチで届く、そう思った瞬間。
ぐるんッと視界が反転した。




