23. 颯斗の家族と、聡太の家族。
実家に着くと、やっと愛莉と別れて家の門をくぐる。
…つい忘れる事もあるが、実家は金持ちだ。
田舎の金持ちらしい、無駄に広い庭を通って玄関まで行くと、迷う事なく戸を開ける。
…俺の田舎は日中、家の鍵を掛ける事がない。
下手すると、夜も鍵を掛けずに寝る。
都会に暮らし始めると、それがいかに凄い事だったのか分かるよなー。
田舎っつーのは、近所の人たち…いや、地域の全員が知り合いで、泥棒だとか事件だとかの概念がない。
家族でもない人達が、勝手に玄関を開けて、勝手に入って来て「雨が降ってたから、洗濯物をとりこんどいたわよ!」って事後報告してくるような場所だ。
いや、都会の生活になれると怖い。
ガラガラ…ッという音と共に戸が開くと、懐かしい匂いがした。
「颯斗?」
玄関が開く音が聞こえたらしい。
お袋がパタパタとスリッパの音をさせながらやって来る。
「ただいま」
「おかえり、疲れたでしょう。麦茶用意してあげる」
そう言って背中を向けた後、お袋は思い出したように振り返った。
「お父さんなら仏間で寝てるから、声かけに行ってあげて」
「…はいよ」
スリッパをはいて、長くて薄暗い廊下を進む。
何で田舎ってのは、こんな無駄に敷地が広いんだ。
(使ってねぇ部屋ばっかだもんなぁ)
しかもボロで薄暗いから、子供の頃はこの廊下が大っ嫌いだったな…。
…あ、俺にも幽霊が怖い頃があったんだな。
ふと、廊下の途中で足を止める。
「まだあるのか、この全身鏡」
幼くてまだ純粋だった俺は、この鏡が怖かった。
理由なんぞ覚えてない。
ギシ…ギシ…と古い家特有の足音を立てながら仏間へ行くと、襖越しに声をかけた。
「…親父?颯斗だけど」
「…!おぉ!入れ入れ!!」
襖を開けると、うつ伏せ状態でクッションを抱えている情けない…と言うか、面白い格好の親父が布団にいた。
「……」
「…いや、そんなマジマジと見んでくれ。わかってるんだよ、年寄りの冷や水ってのは」
「そこまで言ってねーよ」
返事して、布団の傍にあぐらをかく。
「そんな痛ぇのか?」
「…うん、痛い」
…ザコか。
うん、って何だよ。うんって。
オッサンが可愛くねーんだよ。
「…とにかく、安静にしてろ。祭りの準備で終わってねぇ所は、他の実行委員に聞きながら俺がやる」
「すまんな、助かるよ。小遣いはいるか?」
「ガキじゃねーんだ、小遣いって何だよ。仕送りで十分な生活させて貰ってるよ」
そろそろ行くかと立ち上がると、親父は少し寂しそうに俺を見上げる。
「…あー、何だ、その…。しばらく泊まってくし…、今夜は夕飯は一緒に食うだろ?動けないなら、ここで食っても…良いし?」
何だか照れ臭くて、顔を逸らしながら言うと、親父は嬉しそうに微笑んだ。
「…あぁ、もちろん。一緒に食おう」
らしくなく俺まで微笑んでしまったのは、田舎に帰って、少し気が緩んでるのかも知れない。
♢♢♢♢♢♢
感情って不思議だな。
家族に会ったとたん、子供の頃に時間が戻ったみたいな感じがする。
お袋が出してくれた麦茶を飲みながら、開け放たれた縁側から庭先を見つめた。
風が吹く度に風鈴が音を鳴らして、蝉の声と合わさって、良い感じに眠気を誘う。
カラン、とグラスの中の氷がなる音も心地良い。
「…はー…、とりあえず神社に挨拶に行って、それから誰かに連絡してみるか」
つっても、地元の友達なんか、ほとんど残ってねーんじゃねぇか?
俺の知る限り、みんな都会に出てるはずだ。
(…せっかく地元に帰って来ても、遊ぶ友達もいねぇかー…)
これじゃあ本当に、祭りの準備のためだけに帰って来たみたいだな。
(まぁ親父もお袋も喜んでたし、…良いか)
そこでふと、聡太の顔が浮かぶ。
あいつの家族は今どうしてるんだろう?
(聡太は一人っ子だった…、一人息子を事故で失って…、親はどうしてんだ?)
いや、俺には関係ないよな。
俺はもう聡太じゃなく、真城颯斗。
両親は今ここにいる二人だ。
俺が帰って来た事を、あんなに喜んでるじゃねぇかよ。
中身は別人だなんて…、んな訳あるか。
俺は真城颯斗だ、山岸聡太じゃない。
「…山岸聡太とは…別人…なんだ」
そう言い聞かせるように呟くが、脳裏に焼き付いた聡太の記憶は、消える事がなかった。




