魔法武闘会 1
三月になり、いよいよ魔法武闘会の日がやってきた。私の身体強化魔法レベルは65、浮遊魔法レベルは83、立体映像魔法レベルは71、変身魔法レベルは29まで上がり、「魔法闘士」の称号も手に入れた。これなら自信を持って表舞台に立てるレベルだと思う。あ、変身魔法は戦闘に関係ないか。
闘技場は競技場エリアの7階から10階までぶち抜きで造られている。中央の舞台は1辺が30メートルほどの正方形で、厚い石が敷き詰められている。激しいバトルをしても観客が安全なように、周囲の観客席との間には透明な壁がある。水族館の大水槽で使われる巨大なアクリル板だ。観客席の後ろには巨大なスクリーンが4つある。会場のあちこちにカメラがあってテレビ中継されている。
控室で衣装に着替えた。やはり胸の所の布が余っている。変身魔法で胸を結構大きくしないと、動いたときに衣装がずれて胸が見えそうだ。最近恥ずかしい目に遭うことが多いから、今日は気を付けていきたい。かなり大きめまで膨らませた。
マントを羽織って仮面を着け、控室を出た。歩いていると胸が揺れるのが気になった。ちょっと胸が重すぎる気がする。
武闘会が始まった。開会宣言の後、ルール説明が始まった。アナウンスをしているのはメカマホだ。
「魔法武闘会言うても魔法で直接攻撃できるわけやありません。当たってもあまり痛うないプラスチックの武器を使います。この武器が当たったときにどんだけ深う決まったかに応じて、スクリーンに表示されとる体力ゲージが減っていきます。素手でもダメージになりますが、武器を魔法で操って当ててもダメージにはなりません。ゲージが0になった時点で敗北です。勝利して次の試合が始まってもゲージの残量はそのままです」
格闘ゲームみたいな体力ゲージだ。スクリーンに映し出される演出はいちいちゲームっぽい。
「お待たせしました。正義の魔法使い、絶対正義党チームの入場です」
鉄格子が上がり、相手チームの5人が入ってきた。ヒーローっぽい派手なコスチュームを着ている。鎧をイメージしてデザインしたのだろうけど軽そうだ。動きやすさを重視しているんだろうか。私にはどうもコスプレに見えて仕方ない。
「迎え撃つのは悪の魔法使い、楽園創業者チーム」
私たちの出番だ。スモークの中を揃いの黒マント姿で堂々と入場。いくら正義のヒーローが相手とはいえ、楽園創業者チームを「悪」と呼ぶのはどうかと思うけどな。私が戦う順番は3番目。
「楽園創業者チーム先鋒はチア選手。武器は短槍です」
チアが舞台に上がった。マントの下はほとんどビキニのような衣装だけど、スポーティーなイメージがあって違和感無い。
「絶対正義党チーム先鋒はロックウルフ選手。武器は剣です」
相手選手は男性だ。本名ではないだろう。
「ザコの分際でここに来た勇気は褒めてやるッス。この自分……いや我々に……盾突いたこと、……地獄で後悔するッス!」
噛みながら言わなくても、そういう悪役っぽいセリフは鈴木にでも任せとけばいいんだよ。
試合開始。チアは突進して突いたが障壁魔法で弾かれた。ロックウルフは床に錬成魔法をかけ、チアの足元が一気に動いてチアが転んだ。そこに剣で斬りかかった! チアのゲージが3割ほど減った。
チアは浮遊魔法で舞い上がり、短槍で突こうと急降下した。障壁で弾かれると素早く相手の背後に回り、背中に一突き! 吹っ飛ぶロックウルフを追ってさらに2回斬りつけ、ゲージが半分くらい減った。
その後もチアはロックウルフの周りを飛び回って空中からダメージを与え続け、ゲージは残り2割くらいになった。浮遊魔法は念動魔法の応用で、念動魔法はチアがひたすら練習していた魔法。チアらしい戦い方だ。
ロックウルフが剣を振り下ろした腕をチアがつかんで止めた。チアは短槍で突こうとしたが手首をつかまれた。取っ組み合いの状態になった。
「魔法武闘会なのに、お前はさっきから浮遊魔法しか使ってねーじゃんかよ!」
「物理で攻撃したほうが簡単ッス!」
「他の魔法を使えねーんだろ」
「魔法は直接攻撃できないから使ってないだけッス」
「魔法で他人を攻撃はできねーけどな、自分を攻撃することはできるんだぜ。ま、お前にはできねーだろうがな」
「できるッスよ!」
チアはつかんでいた相手の腕を放し、左手から強烈な光を自分の右腕めがけて放った! 血しぶきが飛び散る!
「んあああああっ!!」
つかまれた右腕を切り落とそうとしたのだろうけど、そこまでには至らなかったようだ。でも骨が見えるほどの大けがだ! チアはなおも相手の手を振りほどこうとしている。
「そこまで! 勝負はついてます!」
メカマホがアナウンスで制止した。チアのゲージは0になっている。マホが駆けつけてチアに回復魔法をかけた。
私たちもチアに駆け寄った。徐々に回復していっていて、もう心配なさそうだ。
「チアったら、ほんとにバカなんだから」
「自分へのダメージが意外と大きかったッスね」
「こんな事を実行するのがバカって言いたいんだよ。アニメだと自分を犠牲にすることが美談みたいになるけどね、実際にやったら周りに迷惑かけるばっかりで誰も得しないよ」
「仕事って、自分を犠牲にして頑張るものじゃないッスか?」
「そんな事ない。自分が頑張るよりも周りに協力してもらったほうが良い結果を出せるんだよ。自分を犠牲にするのは迷惑だからやめて。他人と協力しようって刑務所でも言われなかった?」
「人と仲良くする訓練は散々やらされたッスよ。だから仲間を守ろうと頑張ったッス」
「チアがみんなを大事に思ってるのと同じように、みんなもチアを大事に思ってるんだよ」
チアの腕は無事回復し、後遺症は残っていなかった。
「無事回復してよかったですわ。でももしかしたら一生治らない障害が残ったかもしれませんでしたわよ」
「自分、ほんとバカッスね……」
チアは泣き出してしまった。きつく言い過ぎたかな。でもこんなわざと負けようとしているような試合で、どうしてチアはそこまで勝とうとしたんだろう? ……あ――っ! 私たちがわざと負けようとしていること、チアには伝えてない!
私はマホとナノと鈴木を呼んで小声で話した。
「この試合にわざと負けようとしていること、チアには伝えてなかった」
「チアは自分を犠牲にしてまで勝とうとしたのー。あたしたちがわざと負けたらねー、チアは絶望してあたしたちから離れていってしまうのー」
「それはまずい。不本意だが、我も少し本気を出さざるを得んな」
「わたくしも本気で戦わなくてはならなくなりましたわね」
鈴木が舞台に上がった。
「楽園創業者チーム次鋒は鈴木選手。武器は剣です」
鈴木の衣装は側面が大きく露出していて横乳が見えるけど、フードを深くかぶって顔がほとんど見えない。
「我が名はブルトゥシュヴァリエ。我が闇魔法の前にひざまずくがよい」
試合開始の瞬間、鈴木は一瞬でロックウルフの背後に回り込んで斬りつけた! 元々2割ほどしか残ってないゲージが0になった。
「電光石火! 鈴木選手、見えへんほどの速さで背後を取っての勝利です!」
「ブルトゥシュヴァリエだ!」
次に現れた相手は小柄な女性だ。
「絶対正義党チーム次鋒はチャコ選手。武器は短剣です」
試合開始後すぐに鈴木がチャコの後ろに移動したが、チャコも瞬時に移動して距離をとった。鈴木も素早いがチャコも素早い。今度はチャコが突進したが鈴木は瞬時にかわした。そして鈴木が剣を大きく振ると、剣が伸びてチャコに命中した!
「剣が伸びよった――! いやこれは剣ちゃう、蛇腹剣やないですか!」
蛇腹剣というのはたくさんの刃がついたムチのようなもので、伸ばせばムチ、縮めれば剣として使えるというものだが、アニメや漫画にしか登場しない架空武器だ。伸ばした状態では斬るというより引っかくような攻撃になるのでダメージは小さく、ゲージは1割も減っていない。さすが鈴木、見た目のカッコよさだけを重視したな。
鈴木は相手からの間合いを取るために後退しながら蛇腹剣を振り回し、チャコは防ぎきれずにダメージが入った。さらに追加攻撃しようとしたとき、蛇腹剣が地面に落ちて振り回せなくなった。
「念動魔法で我が剣の動きを封じるか! ……おのれ、卑怯者め!」
鈴木は狼狽している。打つ手がないようだ。チャコは短剣で何度も斬りつけ、鈴木のゲージが半分以下に減った。次の瞬間、光の鎖が現れてチャコの手首と足首を縛り上げた!
「クックック、油断したな。拘束魔法だ。我に剣をふるったことを後悔するがよい!」
鈴木は蛇腹剣をムチのように使い、動けない相手に何度も叩きつけた。この絵面は実に悪役らしい。
「やれ――! ひんむけ――! ひっぺがせ――!」
服が破れることを期待して、観客の男たちがゲスな声援を送っている。武器はあまり痛くないように作っているから服が破れることはないはず。チャコのゲージはじわじわと減って残り6割くらいだ。
「くっ! 魔法で直接攻撃するのはできないはずでは……」
「その鎖は攻撃ではない。鎖は貴様に触れてはおらん!」
鎖と手首や足首との間には十分な隙間がある。手や足を動かしてみると、簡単に鎖から引き抜くことが出来た。チャコはそのまま鈴木に突進して短剣で突いた!
「バカな……我が拘束魔法が解かれるとは……」
鈴木のゲージが0になった。カッコよく戦ったつもりだろうけど、実にカッコ悪いやられ方だ。
私の隣でチアが眉間にしわを寄せて見ている。
「意外とあっさりとやられたッスね」
鈴木の本気を疑ってるのだろうか。フォローしておかないと。
「鈴木なりに頑張ったと思うけど、鈴木はカッコつけたがりだからね」
「カッコよくて強い選手はたくさんいるッス。なんでカッコつけただけで負けるのかわからないッス」
「バカだからだよ」
「納得したッス」
これでフォローになったのかな。なんか追い打ちになったような気がする。




