本格開業
今日は大みそか。新年の始まりと同時にソーラーキャッスルの正式オープンということになるので、今年のカウントダウンはオープン記念式典になっている。会場は大吹き抜け。ここなら全部の階から見ることができるので十万人以上の人が見ることが出来るし、縦横100メートル、高さ350メートルの空間は普通の屋内ではできない演出が可能だ。テレビ中継もされる。
午後11時、式典が始まった。交響楽団の演奏の中、ダンスチームが浮遊魔法でアクロバティックに空中を舞った。みんな16階で活動しているクラブの人たちだけど、派手な照明の演出もあり、オリンピックの開会式みたいだ。そのダンスを最高の迫力で楽しめる50階の席から私たちは見ている。こうやって大人数での盛り上がりを感じるのも悪くない。
私とナノとマホが挨拶をする場面になった。私たちは浮遊魔法で大吹き抜けの真ん中まで行った。1階にいる人たちからだとほとんど真上に浮かんでいることになる。しまった、スカートをはいてくるんじゃなかった。なるべく脚を閉じていることにしよう。
さて、今日のナノはどんなボケで始めてくれるかな? みんながかたずをのんでナノの第一声に注目している。
「皆様、暮れましておめでとうございましてよ」
マホのほうが先に言っちゃった!
「ちょっとー! みんながナノの第一声に期待してたのに、雰囲気ぶち壊しだよ! しかも何、『暮れましておめでとう』って!」
「まだ『明けましておめでとう』にはちょっと早いですので、年の暮れを祝ってみましてよ」
「年の暮れのあいさつだったら、別れ際に『良いお年を』だよ!」
「皆様、良いお年をですわ」
「別れ際! まだ終わっちゃだめ!」
周囲から笑い声が聞こえる。
「なんかウケてるけど、私たちは漫才しに来たんじゃないからね。ナノ、出鼻をくじいてごめん。始めちゃって」
ナノは目を閉じてふらふらしている。
「ナノ――! 寝るな――!」
「……あー、うつらうつらしてたのー」
「ここで眠ったら200メートル下まで真っ逆さまだよ! こんな状況でうつらうつらできるのはすごいよ!」
「もう子供はとっくに寝てるはずの時間なのー」
「いつまで子供でいるつもりだよ! 私たちもう26歳だよ? 親戚からお年玉もらえないよ?」
「いつの間に大人になってしまったのー? あたしたちが合同会社楽園を立ち上げたのはまだ20歳のときだったのー」
「20歳のときはもう大人だったよ」
「あれから6年になりますのね……。あのときの夢がついに現実のものになりましたわね」
「そうだよね。どこに行くにも屋外に出る必要が無くて、徒歩でどんな店にも行ける街。本当にできちゃったね」
「おいしい親子丼がすぐ近くでいただけるなんて夢のようでしてよ」
「それはここでなくても食べられるから! そのためにソーラーキャッスルを造ったんじゃないよ」
「ものすごいウォータースライダーのためなのー」
「その話は恥ずかしいからやめて!」
さっきから周囲の笑い声がすごい。なんでさっきから漫才やってるのよ私たちは。
「お客さんのウケがいいのー」
「笑わせてどうすんの。せっかく住民の皆さんに集まっていただいたんだから、心に残ることを言おうよ」
「ならねー、ものすごいうんこの話をするのー」
「嫌な気持ちを心に残さないでよ! 今日はオープン記念式典だよ。今まで頑張ってくれたソーラーキャッスル住民15万人の皆さんに感謝しないと」
「そうですわね。大変感謝いたしますわ。鶏を育ててくださった養鶏場の皆様、肉を加工してくださった食品工場の皆様、おいしく調理してくださったフードコートの皆様……」
「頑張ったのは親子丼を作った人たちばっかりじゃないよ!」
「失礼、肝心なところが抜けていましたわね。命を捧げていただいた鶏の皆様、どうぞ安らかにお眠りくださいませ」
「親子丼から離れて!」
「魚を捕ってくださった漁師の皆様……」
「お寿司もいいから! 食べ物ばかりじゃなくて、ほら、まずこの建物を建ててくださっている建設作業員の皆さんに感謝しなきゃ。それからシステム開発をしてくれている技術者の皆さんに、私たちの生活を支えてくださっている店員さんや輸入業者の皆さんに……」
「おかげさまで借金は18兆円になったのー」
「感謝してって言ってんの! まあそれはとにかく、年明けからいろんな施設がオープンするよね。書店にはすごい数の本が並んでるし、美術館や博物館もすごい規模で、隅々まで見るのは大変そうだよね」
「水族館もたくさんのお魚がいて、おいしそうでしてよ。動物園にもたくさんのおいしそうな……」
「魚はともかく、動物を見ておいしそうって言うのはひどいよ」
「歓楽街にもおいしそうな……」
「それはやばいよ! 襲っちゃだめ!」
「おいしそうなお酒をいただいてはいけませんこと?」
「あ、いや、なんでもない。あと遊園地に専門店に競技場と、色々オープンするよね。どれが一番楽しみ?」
「いよいよねー、ヌアクショットまでの鉄道が開通するのー」
「それはソーラーキャッスルの外だよ」
「今まで車で5時間かかってたのが1時間半で着くようになるのー。来る人がいっぱいなのー。買い物や仕事だけじゃなくてねー、移住する人もいっぱいなのー」
「そうだね、確かに大事だね」
「これまでみたいに訓練された人たちばかりが来るわけじゃないのー。未経験の仕事で戸惑う人もたくさん出てくるのー」
「みんなで支えてあげないとね」
「そこに付け込んで安くこき使える労働力がいっぱいなのー」
「こら――! そんな待遇するな――!」
「冗談なのー」
「笑えないよ」
「安い労働力だったらレイバロイドがたくさんいるからね。移住してくる人たちにはもっとクリエイティブな仕事に就いてもらわないと」
「移住される方々が仕事をなさるとは限りませんことよ」
「仕事で成功することを目指す人たちだけじゃなくて、身近な幸せを求める人たちがいてもいいって、市長選挙のときに言ったよね」
「そのようなことおっしゃいましたかしら」
「そっか、あのときはサフィーヤさんがすごく誤解を招く言い方をして、ちゃんと伝わってなかった気がする。まあとにかく、これから娯楽施設がオープンするんだから、本気で頑張るだけじゃなくて本気で楽しむこともできる街になるんだよ」
「そう考えると大きな変化ですわね」
「私たちが目指していた暮らしがこれから始まるんだよ。とても便利で、苦労しなくて、不幸な人がいない暮らし。6年前はただの空想だったのが、こうして形になったんだよ」
「ここまで達成できてうれしいのー」
「さ、ここまで前置きしてあげたんだから、ナノから話をしてよ」
「言いたいことは全部ピコが言ってしまったのー」
「皆様、良いお年をですわ」
大きな拍手が前後左右上下から湧き起こり、拍手に包まれた。私たちは礼をしてその場を去った。
その後は新しい子会社の紹介、オープンする施設の紹介などがあり、いよいよ新年のカウントダウンが始まった。
「「「3、2、1、ハッピーニューイヤー!」」」
大吹き抜けの中に打ち上げ花火が上がった。たくさんの魔法使いたちが障壁を張って安全を確保している。交響楽団が華々しい演奏を始めた。大量の紙吹雪が舞いだした。
花火の上がる非日常の大吹き抜けの中を私たちは飛び回った。言葉はいらない。この日を迎えることができた喜びに浸りながら、ただ、宙を舞った。スカートをはいていることは忘れていた。




