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ウォータースライダー 2

 手足を壁に押し当ててみたけどツルツルしてて全然止まらない! 遊園地のほうまで流されてしまった! ウォータースライダーのチューブは透明になっていて周りの景色がよく見える。メガネをかけてないのではっきりとは見えないけど、遊園地の乗り物や遊園地の内装の作業をしている人たちが見える。私、見られてるよ! 胸と股を手で隠して、あとは流れに身を任せることにした。


 遊園地の乗り物やアトラクションの脇を次々とすり抜けていく。いくつもの急カーブが連続していて、そのたびに振り回されて頭からお湯をかぶり、息をするのも大変だ。もう嫌だ、誰だよこんなコースにしたの! 私だけど!


 急に外の景色が変わって広々とした空間になった。横だけでなく下のほうも開けている。大吹き抜けに差し掛かったんだ。300メートル下まで続く深い穴。透明なチューブ越しに下を見るのはさすがに怖い。開放的なのはいいんだけど、多分私のことを見ている人がどこかにいるよね。恥ずかしくて穴があったら入りたい! 穴の中だけど!


 また遊園地を通り抜け、少しすると体育館の中に差し掛かった。観客席は大観衆! バスケの試合をやってる。観客がみんなこっちを見てる! 見ないでよ! 選手までこっちを見ないで、ボールを見てよ! バスケって何秒間もボール持ったままだと反則でしょ、審判は何やって……って審判までこっちを見ないでよ――!


 体育館を出た後はいくつもの競技場の脇を通り抜けた。たくさんの通行人に見られてる! やっと部屋の中に入ったと思ったら、コンサートホールの楽屋。狭い部屋を次々と通り抜けていって、いる人みんな度肝(どぎも)を抜かれてる。ごめんねー、でも止まれないんだよ! 差し入れのお菓子を吹き出しちゃった人、マスカラを塗ろうとしてヒゲ描いちゃった人、ごめーん!


 美術館に突入した。コースの両側に裸婦像がたくさん並んでいる。オープン前だから人が少なくてよかったけど、滑りながら美術鑑賞というより、自分が展示されてる気分だ。私は裸を見せに来たんじゃないよ!


 そして専門店街を通り抜けた。ホームセンター、呉服(ごふく)屋、スパイス専門店、電器店、コスプレ衣装屋……。あっ、ロボットを売る店のショールームが出来てる。店員もロボットなんだよね。フィギュア専門店もある。なんか私のフィギュアが積まれてるのが見えたぞ。電子回路のパーツ屋はばら売りの細かい部品が所狭しと並んでるのがたまらない。……いや、ウィンドウショッピングを楽しんでる場合じゃない。私は今全裸。


 住宅街に出た。広い道は見通しが良く、たくさんの人が行きかっていて明るい雰囲気が……最悪だよ! 近くからも遠くからも、たくさんの人に見られてるよ! もっと暗くて人通りのない細い道だとよかったのに……こんなコースにしたのも、暗くて狭い路地裏を造らなかったのも私だけど!


 急に暗くなった。広い水面と斜めの柱が見える。貯水槽だ。ここなら人がいないから安心できる。そう思って気が緩んだら、急な下り坂で急加速! びっくりした。そうだ、こんな仕掛けもしてあった。ずっと滑り続けてお尻が痛い。


 外には太さが10メートル以上ある巨大ダクトが見える。取り込んだ空気に対して霧を噴射して温度や湿度を調整し、砂ぼこりを取り除いている設備。圧倒的なスケールだ。関係者以外立ち入り禁止だけど、たまには見学会を開いてもいいかな? 


 安心したのも(つか)の間、また人のいる場所に出た。オフィスだ。色々な部屋を次々と通り抜けつつ、働いている人たちを間近でびっくりさせている。プレゼン中だった人、何かの衣装を作ってた人、コーヒーを口に含んだ瞬間の人、裁判所の被告席で泣いてた人、病院の手術室の前で祈ってた人、みんなごめーん!


 急に広い空間に出た。集会場のフロアは29階から31階まで吹き抜けになっていて、動く歩道が立体交差している。なので高い位置から見ると遠くまで広々と見渡せていい眺めだ。そのまま結婚式場に突入! 夫婦初めての共同作業をしている新郎の目が私にくぎ付けになってたけど、新婦はそのナイフを新郎に向けるのやめてあげて!


 レストランに突入した。ウォータースライダーのチューブのすぐ隣にテーブルが並んでいて、みんな食事しながらこっちを見ている。なんか料理としてテーブルに並べられた気分だよ! そしてフードコートに入ったけど、人が多くてやたらと間近で見られる! なんか大騒ぎになってるのがわかる。


 今度はお店。食料品売り場、生活雑貨売り場、洋服売り場……居住地区の20階から26階のお店はどの地区でも似たような品ぞろえになっているので見慣れた感じがするけど、こうやって高速で通り過ぎる眺めは新鮮だ。そして学校。男子たちが驚いてから駆け寄ってくるリアクションが大きくて面白い。そしてボウリング場。私の隣でボールが私と同じ速度で転がっている。ピンの隣を通り抜けた。私、ガーター?


 食品工場に入った。チューブに沿ってベルトコンベアーがあり、私と一緒にたくさんのドーナツが流れていっている。成形され、熱い油の中に投入され、ひっくり返され……そんなドーナツを見ていると、工場見学をしているというよりドーナツと同じ扱いをされている気分になってくる。揚げられなくてよかった。


 次は水族館。大きな水槽をチューブが貫いていて、イワシの群れとかサメとかと一緒に泳いでいるみたいな気分で楽しい。まだ一部しかオープンしていないのに、水槽の外にはデート中のカップルがやたらと多い。その目の前を猛スピードで通り過ぎるとびっくりして……あれ? スピードが遅い! そうか、最初はたくさんあったお湯が少ししか残っていない。まずい、このままだとカップルたちの目の前で裸で立ち往生(おうじょう)してしまう! 私は手で壁を押して徐々にスピードを上げ、なんとか乗り切った。ちゃんと体を隠せていなかった気がするけど、考えるのはやめよう。


 駅のそばを通り抜け、駐車場を急降下して、遊園地のプールまで来た。やった、この長すぎるウォータースライダーもやっと終わり! 恥ずかしい透明のチューブから脱出できる! 最後は勢いよく飛び出よう!


 その瞬間、全身に激しい衝撃が! 誰かにぶつかってしまったようで、そのまま床に倒れてしまった。相手は黒いフードをかぶった女性。よく見たら鈴木だ。


「鈴木?」


「ピコ!? なぜ裸なのだ!?」


 プールには湯気が立ち込めている。水は張ってなく、私と一緒に流れたお湯のせいでプールの底が水浸しになっている。そこをメカナノがばしゃばしゃと走ってきた。女性カメラマンを連れている。私はあわてて胸と股を手で隠した。


「ピコさんやないですか。えらいピンチやったところを救っていただいて、ほんまおおきにです」


「え?」


「うちは鈴木さんが魔法の練習してはるところを取材してたとこなんですよ」


「我はここで炎の魔法を練習していたのだが、うかつにも我が秘めたる魔力がどうにも制御が利かなくなってしまってな。あわや爆発寸前という状態になってしまったのだ」


「そしたらそこから急に水が噴き出してきましてな。そらもうどえらい湯気を出しながら火が消えたんですよ。うちらのピンチに気づいてピコさんが水を流してくれはったんでしょ。もう大助かりですよ」


 そんなことしてたのも知らなかったのに、そんなピンチに気づくわけがない。でもカメラが回ってる前で、「お風呂で波を起こして遊んでたらウォータースライダーに流されたので裸で街中を巡ってきた」なんて言えない。


「大事故が起きるかもしれなかったんだもん、お風呂に入ってても見過ごせないよ。お湯を流してたらうっかり私も流されちゃったけど、それで現場に駆けつけられて鈴木とメカナノの無事を確認できたよ」


 裸で滑ってたのは人命救助中の小さな失敗。結果として緊急出動できた。なんか途中から周りの人が驚くのを面白がっていたような気がするけど気のせい。私にはそんな趣味は無いはず。


「我が未熟ゆえにあやうく大事故を起こしてしまうところであった。未然に防いだとはいえピコに迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない。いかなる処罰も受け入れよう」


 鈴木は涙目になっている。


「これから誰も似たような事故を起こさないように、しっかり原因を見つけて対策を考えなきゃね」


 本当はそんな偉そうなことを言える立場じゃない。私がわいせつの罪で逮捕されかねない。


「ピコさん、ご無事で?」


 マホが駆けつけてきた。


「マホ。大丈夫だよ」


「服をお持ちしましたわ」


「ありがとう、助かった」


「ピコさんには本当に申し訳ありませんでしたわ。私が調子に乗って大波を起こしたばかりに、ピコさんをこんな恥ずかしい目に遭わせてしまい……」


「それはもういいから! 全然気にしてないから」


「いえいえ、そんなわけにはまいりませんわ」


「今ここで言わないで」


 マホはお風呂から上がった後、大吹き抜けを飛んでここまで急行したそうだ。ソーラーキャッスルの上層階は軽い材料で壁を作っているので、さっきの大波には耐えられずに壊れてしまったようだ。


 結局、私が罪に問われることはなかった。でも裸で街の中を流された騒動がニュースになってしまい、「まちカド裸族(らぞく)」という不名誉な称号が付くことになってしまった。


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