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ウォータースライダー 1

 十二月下旬。商業地区で営業中の施設はまだ少ないけど、年明けには多くの施設が稼働を開始してソーラーキャッスルの正式オープンとなる。ソーラーキャッスルの完成度はまだ3分の1くらいだけど、もう建設作業員の暮らす街じゃなく、これから色んな人が移り住む街になっていく。


 今日は商業地区の100階にある展望風呂にナノとマホと一緒に来た。オープン前に特別に使わせてもらえることになったのだ。


 あちこちに観葉植物が植わっている。浴槽はごつごつとした石造り。高い天井は透明になっていて空が見える。傾けて設置された大きな鏡には天井にある鏡越しに遠くの景色が映って見える。露天風呂ではないけど、日差しが降り注いでとても開放的なお風呂だ。


「露天風呂みたいなのー!」


「ナノのお風呂へのこだわりをみんなが()んでくれて実現したんだよ。よかったね」


「ありがとうなのー。すっぽんぽんで走り回れるのー!」


 ナノは走り出した。まるで森の中にいるみたいなお風呂だから、「屋外を裸で走る」という普通出来ない体験をしてみたいという気持ちはわからなくもない。


「気に入ってくれてよかった」


「設計は大変だったのではありませんこと?」


「そうそう。屋外は人が浮遊魔法で飛びまわってることが前提だから、外の景色を眺められるお風呂は外から(のぞ)かれるお風呂なんだよね。天井に網がかかってるでしょ。あれが外から見えにくくする工夫だよ。鏡越しの景色も望遠鏡みたいになってて反対側からは見えにくいんだ」


 湯船にゆったりと浸かっていると、ナノが飛び込んできた。


「うわっ!」


 私は頭からしぶきをかぶってしまった。マホは障壁魔法でしぶきを防いだ。


「なんかくやしい。マホっていつもお風呂に魔導石を持ちこむよね」


「翻訳魔法を使うためですわ」


「ソーラーキャッスルにはあちこちに大浴場があってうれしいのー」


「そうだね、1階や16階にもあるし、ホテルにも複数あるし」


「オフィスの中にもたくさんできるといいのー」


「普通はオフィスにお風呂は無いよ! 楽園本社は特別」


 楽園本社オフィスには私たちが会議するためのお風呂を造ってある。


「オフィスにお風呂が無いなんて不便ではありませんこと?」


「その感覚はよそでは通用しないからね」


「あたしが考えたウォータースライダーももうすぐオープンなのー」


「100階から1階までのウォータースライダーなんてずいぶん造りにくかったけど、無事完成してよかったよ」


 邪魔にならない場所を選ぶのにずいぶん苦労したし、ウォータースライダーが通る所は特別な設計が必要になるから設計士たちも建設作業員も苦労したよ。


「ウォータースライダーはどのようなコースを通りまして?」


「この展望風呂の隣のプールが出発点でね、まずは遊園地の中を巡るんだ。遊園地の乗り物の間を通り抜けて、大吹き抜けの中も突っ切るよ」


「ジェットコースターみたいで楽しそうなのー」


「遊園地を楽しむ家族連れやカップルの方々の視線を集めながら滑っていくのですわね」


「それから競技場にある体育館の観客席を通るんだ」


「チアリーダーと一緒に試合を盛り上げるのー」


「大観衆の中を水着で滑るなんて、刺激的ですこと」


「人の多い所だけじゃなくて、コンサートホールとかの楽屋(がくや)も通るよ」


「普段は入れない場所も見ることができるのー」


「水着の方々が次々滑っていく楽屋はちょっと落ち着けませんわね」


「その後は美術館だったかな」


「美術鑑賞もできるのー」


「にぎやかな雰囲気の美術館なのかしら」


「で、商業地区の専門店を巡るコースになるわけ。店の中を突っ切るんだよ」


「たくさんの人でにぎやかな所をすごい勢いで通り抜けるのー」


「その後は住宅街なんだけど、さすがに民家の中を突っ切るわけにはいかないから、ウォータースライダーが通るところは住居を造るのをやめて、広めの道にしてあるんだ」


「日常的な街角を水着で()け抜けるのも爽快そうなのー」


「その近所の方々の暮らしは少し不思議な日常になりそうでしてよ」


「そのあと水道設備や空調設備の所を通って、オフィスの中を通り抜けるんだよね」


「会議室とか研究所とか裁判所とか警察の取調室とか乱入してみたいのー」


「あらあら、にぎやかな職場ですこと」


「さすがに取調室とかは無理だったけど、結婚式場を抜けて……」


「次は葬儀場なのー」


「いやさすがに葬儀場に水着ではしゃぎながら乱入はできないから。次はレストランとフードコート」


「おいしそうな料理を見ながら通り抜けるのー」


「熱帯魚の水槽のあるレストランみたいなものかしら」


「そのあとお店を通って、それから学校だね」


「若さを堪能(たんのう)するのー」


「勉強している所に水着の方々がいらっしゃるのですわね」


「それからボウリング場に行って、工場を通って……」


「ベルトコンベアーと一緒に進みながらねー、いろんなものが出来上がっていくのを見学できるのー」


「次が水族館」


「お魚と一緒に泳いでるみたいなのー」


「お魚と一緒に人間も展示しているみたいですわ」


「そして駅のそばを通って、遊園地のプールが終点だよ。ウォータースライダーで滑るだけでソーラーキャッスルの暮らしがダイジェストで見えるようにしたんだよ」


「すごいのー! サービス満点、(いた)れり()くせりなのー!」


「そこに暮らす方々の日常も楽しいものになりそうですわね」


 ウォータースライダーのある暮らしがちゃんと受け入れられるかはわからないけど、やると決まったからには本気で取り組んだ。人気が出るといいな。


「やるからにはできる限りのことをやらないとね。飽きさせないように急カーブを連続させて振り回したり、たまに急な下り坂でびっくりさせたりしてるんだよ」


「それならここも波のあるプールだったらもっと大自然っぽくて面白かったのー」


「ここはプールじゃなくてお風呂だよ」


「でしたら波を起こしてみましてよ」


 マホは魔法でお湯を揺らし始めた。寄せては返す波に翻弄(ほんろう)される。


「海みたいで面白いけど、落ち着かないね」


「もっと大きな波がいいのー」


 波が大きくなった。湯船全体のお湯がこっちに寄せてきたり反対側に遠ざかったりしている。頭まで完全にお湯に沈んじゃうよ!


「さすがにきついよ、これ! こんなのお風呂じゃない!」


「じゃあこれで最後の波にするのー。盛大にやるのー!」


 特大の波が私に襲い掛かってきた。私は波にもまれて壁に押し付けられた! そして壁と一緒に体が傾いて……え!? 壁が倒れていく! 私、隣の部屋まで流されてる!


「いやあっ!」


 隣はプール? なんか狭い所に流された! 下り坂になっていて、だんだん加速していってる……これ、ウォータースライダーじゃん! 私、全裸でウォータースライダーを滑ってる!

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