正義と悪 3
2週間後。プロトキャッスルの楽園オフィスで仕事をしていると、「絶対正義党の人たちがソーラーキャッスルの楽園新本社に攻め入った」という知らせが入った。ナノとマホも近くにいたので集まった。
「ついにやってきたのー!」
「そうはいっても、新本社は工事中だから工事の人しかいないよね」
「きっとわたくしたちがここで仕事をしていることをご存じなかったのですわ」
なんと間が抜けた討ち入り。攻め込んだ人たちも肩透かしをくらっただろう。
「とりあえずお茶を出してお待ちいただくよう伝えましてよ」
「それだと緊張感が無いのー。戦いに来た正義の味方を迎え撃つ雰囲気じゃないのー」
ナノはどうしても正義と悪の戦いにして盛り上げたいらしい。
「平和的に話し合う雰囲気のほうがいいと思うけどな」
「攻め入った先が平和的だったらねー、正義の味方はがっかりするのー」
「今頃誰もいなくてがっかりしてると思うよ」
「だから威圧的な雰囲気をだすのー。社長室でスタンバイするのー」
「新本社にも社長室なんて無いじゃん」
序列の無い社風なので、私もナノも一般社員と同じ机で仕事をする。
「ホテルの社長室なのー」
そういえばあった。写真映えスポットとしてホテルに作った、いかにもな社長室。足元まで全面ガラス張りの無駄に広い部屋。
私たちは電車でソーラーキャッスルに移動した。
ホテルの社長室に入った。本当に広い。ガラス張りの壁の向こうには海が日の光を浴びて輝いている。ぽつんとある大きな机が威厳を醸し出している。ホテルのスタッフが内装の変更作業中だ。
じゃあ相手を呼ばないと。私は新本社のラウンジのモニターにアクセスしてリモート会議の画面を映した。攻め入った人たちがいるのが見える。
「諸君らの勇気は賞賛に値するのー」
ナノが呼びかけるとモニターの前に人が集まってきた。
「でも残念ながらねー、あたしはここにはいないのー」
ナノが悪の親玉っぽいことを言おうとしてるのはわかるけど、この口調だとナノの可愛らしさが前面に出てしまう。ナノは地図を画面に映した。
「あたしはこの場所で待っているのー。ここまでご足労願うのー。諸君らに拒否権は無いのー」
それは悪の組織が人質をとっているときに言うセリフだと思うけどな。
「ではさらばなのー」
「待つナリ!」
ジャスティス仮面がモニターに迫ってきた。
「このあたしに何か要求するのー?」
「ああ、貴様にこれだけは要求するナリ。地図をメモする時間が欲しいナリ!!」
正義の味方がカッコつけて要求する内容がそれかい!
しばらくしてジャスティス仮面たちが社長室に入ってきた。
「そこまでナリ!」
外を見ていたナノが大きな椅子をくるっと回転させ、見下すような姿勢でジャスティス仮面たちを見た。
「よくぞここまで来たのー」
悪の威厳たっぷりの態度で威圧している。相手は気おされているようだ。
でもなんかおかしい。ナノが持っているのは葉巻ではなくシガークッキーだ。机の上には算数ドリル。本棚には小学生の教科書。ソファーの上にはペルシャ猫のぬいぐるみ。壁に掲げられた書には毛筆で大きく「笑ったら負け」と書かれている。
「諸君らの要求はわかっているのー。でもねー、あたしたちにはその要求を受け入れるメリットが何もないのー」
ここで笑ったら緊張感が台無しになる。私は顔と腹筋にすごく力を込めて耐えた。ナノ以外はみんな必死で笑いをこらえて顔を引きつらせていて何も言えない。
「でもあたしは慈悲深いからねー、1つチャンスをあげるのー。魔法で戦う武闘会を闘技場で開催するのー。そっちの代表5人とあたしたちの代表5人が勝ち抜き戦をしてねー、そっちが勝ったら楽園役員を選挙で選ぶようにしてあげるのー」
ナノがシガークッキーをくわえると、ピーと鳴って紙筒が出てきた。クッキーの中に仕込んでるのはピロピロ笛……いや「吹き戻し」って言うんだっけ? やばい、今にも笑い声が出そうで腹筋が痛い! 攻め込んできた人たちも笑いをこらえて黙り込んでいる。マホが前に出た。
「これはわたくしにとって因縁の対決でしてよ。前の世界で殺された雪辱、晴らして見せますことよ! パトリックさん!」
マホは仮面の男を指さした。トーテムポールのような長い仮面だ。
「いや、俺、パトリックじゃないですよ」
その男が仮面を取ると、トーテムポールのような顔だった。やばい、笑っちゃう! この不意打ちはひどいよ!
「パトリックさんは今日はいらっしゃいませんこと?」
「奴は逮捕されたナリ!」
そりゃそうだ! チアが逮捕されたんだからパトリックさんも同じ容疑で逮捕されて当然だ!
「そんな、いつでして?」
「ロング・ロング・アゴー(むかしむかし)」
誰だよ今言ったの! ロング顎が頭に浮かんで笑いをがまんできないよ! 他人の容姿をネタにするのは反則だよ! ナノみたいに自分の容姿をネタにするならまだしも!
「ぷぷぷっ」
ついに誰かががまんできずに噴き出した。それにつられて他の人も笑いだした。私ももう限界!
「ぷははははっ!」
私は大笑いした。周りのみんなも笑っている。
ひとしきり笑った。緊張感は完全に消え失せて、脱力感を感じる。何もかもどうでもよくなった雰囲気だ。
「わかったナリ、闘技場で真剣勝負といくナリ」
ジャスティス仮面も場の空気に流されている。これだけ笑った後では強い要求もしづらいのだろう。
「闘技場はまだ工事中でねー、オープンするのは半年後なのー。オープン記念試合として一緒に盛り上げるのー!」
オープン記念試合で私たち素人が戦うのもどうかと思うけど、魔法の戦いだから玄人なんて他にいないか。
「受けて立つナリ! 首を洗って待っていろナリ!」
その後は試合のルールや役員選挙についての話し合いが順調に進んだ。私たちは悪の組織の衣装で出場することになるけど、正義の味方と事前にこんなに打ち合わせておくなんておかしいんじゃないかな。




