正義と悪 1
モーリタニアに来て4年目の九月。ソーラーキャッスルの人口は10万人近くになり、建設作業員以外の人の割合が増えてきている。商業エリア内にも徐々に施設がオープンしてきている。日に日に街がにぎわってくるのを感じてうれしくなる。
私は部屋に寝転がり、ルナでローカルニュースを読んだ。ロボットの排除を訴えるデモが起きたらしい。先導しているのは絶対正義党だ。
ナノからメールが来ている。
「大変なのー! チアが警察に捕まったらしいのー!」
「どうして?」
「詳しいことはわからないのー。警察署に行ってみるのー」
何が起きていたのかわからないけど、私も行ってみないことには何もしようがない。私は急いで身支度をして部屋を出た。
「私も行ってみる。ナノは今どこ?」
「ピコの後ろなのー」
振り返るとそこにナノがいた。
「うわっ! びっくりした」
「あたしも家を出たとこなのー」
二人で警察署に行くと、本当にチアが捕らえられていた。警察の人に話を聞くと、どうやらデモ隊の人とケンカをしたらしい。
面会ができるということなので、チア本人から話を聞いてみることにした。チアは険しい表情をしてうつむいて座っている。
「申し訳ないッス」
「いったい何があったのー?」
「なんかデモがあるっていうんで見に行ったッスよ。そしたらあいつら、『楽園はロボットを使って人間を奴隷にしようとしている』なんて叫んでるんスよ。頭にきたんで『証拠を見せるッス』って叫んでやったら、取り囲まれて『頭がおかしい』とか『人間を売って金を稼いでるんだろ』とか怒鳴られるんスよ。自分、何か悪い事したッスか?」
チアは涙目で歯を食いしばっている。
「それで男が服をつかんできたんで、自分は振り払ったッスよ。そしたらそいつ、勝手に吹っ飛んでいったんスよ」
「チアが強すぎるんだよ」
「自分は普通の女ッスよ! ちょっと魔法の効果で力が入りすぎたかもしれないッスけど」
魔導石は人間を攻撃する魔法は使えないようになっているけど、魔法が人の動作の補助をした結果として人が傷つくというのを防ぐことはできない。
「チアの周りは魔法を使える人ばっかりだからそのくらいで傷ついたりしないだろうけど、普通の人はそんなに強くないって事だよ」
そのせいで逮捕されるとは思わなかっただろうけど、チアの不注意だ。今後こういうことが起きないよう力加減に気を付けなきゃいけない。
「それでッスね、『楽園が力でデモを封じこめようとしている』って騒ぎになったッスよ。そしたらデモ隊の中から魔法使いが出てきてガチバトルになったッスよ。相手は半端なく強くてめちゃめちゃ燃える戦いだったんスけど、今一歩及ばなくて負けてしまったッス。負けて申し訳ないッス!」
不注意なんかじゃなかった!
「謝る内容が違うでしょ! そんな事したら逮捕されて当然だよ!」
「逮捕されたことに悔いは無いッス! 自分は信念を貫いたッスよ! ただ、自分の力が足りなかったのが悔しいッス」
「戦ったことを後悔してよ! 信念は言葉で貫かなきゃだめだって!」
「相手はどんな人だったのー?」
「なんか顎の長い男ッス」
「あれ? ひょっとして、この前のバッタ討伐のときにいた人?」
「ああ、そういえばいたような気がするッス」
あの顎の長い白人男性の情報だったらバッタ討伐のときの記録に残っている。私はそれを警察官に伝えておいた。
警察署を出た後、私は自分の部屋に戻った。しばらくしてナノから連絡があった。
「新本社の21番会議室に集合なのー」
ソーラーキャッスル内の新しい楽園本社オフィスはまだ建設途中だから稼働していないけど、出来上がっている部分もある。私は新本社に向かった。
21番会議室の扉を開けると、照明がついていない。誰もいない? いや、テーブルの下に青いランプがついていて、テーブルの周りに10人ほど座っているのがわかる。なんでこんなに暗くしてるんだろう? 私は席に着いた。みんなの顔が下から青く照らされていて不気味だ。
「絶対正義党の戦士にチアがやられたのー」
ナノは顔の前で指を組んだ。顔の下半分が隠れることで真剣な眼差しが強調されて見える。
「こざかしいまねをしてくれますわね。我々に逆らうとどうなるか、このわたくしが目にもの見せて差し上げましてよ」
マホはいつも体のラインの出る服を着ているので下からのライトで妖しさが際立っている。鈴木が立ち上がった。
「チアは我ら四天王の中で最弱。四天王の面汚しだ」
四天王の残り二人は誰? この雰囲気、わかってきたぞ。悪の組織の幹部会議ごっこだ。
「マホの手をわずらわせるまでもない。この我一人で十分だ」
鈴木、そんな発言した悪役が勝てた試しが無いよ。
「ほお、なかなかの自信なのー。でもねー、まずは敵を知ることが肝心なのー。ピコ将軍、例のものを見せるのー」
「私、事前に何も聞いてないから何のことかわかんないよ? 第一、なんでこんな悪の組織みたいなことしてんの?」
「ぽちっ」
ナノが椅子のボタンを押すと、体がふわっと浮くのを感じた。私の椅子の下に落とし穴が開いてる!
「ひゃああっ!!」
お尻に強い衝撃が! 私は1つ下の階まで椅子ごと落ちてしまったのだ。その階ではオフィスの内装工事をしている最中で、作業員がびっくりした顔でこっちを見ている。
「ちょっとナノ、痛いじゃない!」
恥ずかしいので大きな声でナノのせいだと主張した。それにしても会議室の床にこんな仕掛けがあるなんて、図面にあったっけ? ナノが勝手に設計に加えたのかな?
私は落ちてきた穴を浮遊魔法で椅子ごと上がっていき、元の場所に戻った。すると落とし穴は閉じた。
「ピコ将軍ともあろう者が我々の使命を忘れるとは嘆かわしいのー。敵は正義の戦士なのー。正義と戦うには立派な悪である必要があるのー」
「そんな必要無いからね」
ナノがまたボタンを押し、落とし穴が開いた。今度は私は浮遊魔法を使っているので落ちない。
「とにかくねー、あの正義の戦士のデータを見せるのー」
「ああ、チアと戦ったって人?」
さっき警察に見せた、バッタ討伐の参加者リストからたどっていった情報のことか。その人はパトリックさん。魔法を使った建設作業に携わっている傍ら、絶対正義党党員としてネット上で活動を行っている。顔写真もあるからスクリーンに映そう。
「顎が長いのー」
「この人、最近は色々デマを流してるらしいよ。自称『異世界からの転生者』だって」
「なんと非現実的なことかしら」
「マホも異世界からの転生者だよ!」
「あらそうでしたわね。……あら、この方……どこかでお会いしたと思ってましたが、思い出しましたわ! お会いしたのはこの世界に来る前……わたくしはこの方と戦って殺されましてよ!!」
「えっ!! じゃあマホはこの人のことをずっと恨んでた?」
「恨んではおりませんことよ。あれは戦場でしたので戦うのは当然のことでしたわ。わたくしの力が今一歩及ばなかっただけのことでしてよ」
「さすがマホ、心が広いね」
「魔法でマホに勝つなんてすごく強いのー。でも安心するのー、さっき鈴木が一人でやっつけてくれるって言ったのー」
「そ、それは、我は降りさせてもらおう。うん、相手の情報を知ってから判断を変えることも時には必要だ」
「うーん、じゃあ次は誰に戦ってもらうのー」
「なんで戦ってやっつけることが前提になってんのよ」
「悪の組織たるもの正義と戦うことは宿命なのー」
「悪の組織って前提が間違ってるよ! 真面目に考えようよ」
私は部屋の照明をつけた。一気に現実に戻ってきた感じがする。
「やっと普通の会議になったデス。なんか怖かったデス」
サフィーヤさんはさっきのノリについてこれなくて黙ってたんだ。
「真面目にやるからねー、部屋の雰囲気だけはさっきの緊張感を取り戻すのー」
ナノが照明を消した。




