バッタ 1
モーリタニアに来てほぼ3年が経ち、4年目になろうとしている七月。ソーラーキャッスル近郊では空港が完成し、鏡を設置する作業だけでなく畑を造る作業も進みつつある。水道管を埋設してスプリンクラーを設置したり、砂地に土や堆肥を混ぜたりする作業だ。
ある日、会議でこんな話題が出た。
「モーリタニア政府から虫捕りの要請が来ているデス」
「一緒にセミでも捕まえて遊びたいのー?」
「バッタが農作物に被害を与えるから退治してほしいということデス」
「それは害虫駆除だよ。虫捕りとは全然違うよ」
「砂漠に大雨が降って草が茂るとサバクトビバッタが大発生するデス。普段はおとなしいデスガ、大きな群れになると集団で大移動して、植物を食べ尽くしてまわるようになるデス」
「聞いたことあるのー。大発生したら空を覆うほどの群れになってねー、世界的な問題になる害虫なのー」
「サバクトビバッタの卵は湿った土の中でかえるデス。普段なら大雨が降った場所にバッタ退治部隊が向かって大量の殺虫剤を撒いていくデス。しかしデスネ、この近くに新しくできた畑はいつもスプリンクラーで水を撒いているデス。それでバッタが大発生したら楽園の責任だから楽園側でなんとかしてくれと言われたデス」
「承知しましたわ。ここはわたくしたち魔法使いの出番でしてよ。バッタ討伐隊を組織して遠征に向かいますわよ!」
なんかマホが珍しくやる気を出している。この周辺の畑に行くだけだから遠征じゃないよ。
「ぜひやってほしいのー。募集をかけておいてほしいのー」
何か仕事をしてもらう必要が生じたときは、社内のシステムにその仕事を登録することになっている。誰かが引き受けてその仕事を終えると、仕事内容に応じて貢献レベルが上がる。貢献レベルがどの程度上がる仕事なのかはシステムが予想して記載するので、引き受ける側はそれを見て割に合う仕事かどうかを判断する。
「ええ、わたくしが仕事の登録をしておきますわよ」
「マホのお嬢様口調で募集して人が集まるかな?」
「ちゃんとした文章にしますわよ」
会議の後、マホが仕事を登録したようだ。どれどれ、仕事一覧を見てみよう。あった、「冒険者募集」……って何か間違ってない?
今、世界は危機に瀕している。地の底より這い出た異形の生き物が空を埋め尽くし、すべてを喰らいつくす日が迫っている。人類を救うため、今こそ立ち上がるときだ! 魔法の腕に自信がある者よ、討伐隊の一員となって我々と共に戦ってほしい。なお、命の保証はできない。
なんだこれ! これじゃバッタじゃなくて魔物の討伐隊だよ! マホはバッタがどんなものなのか知らないんじゃない? 必要スキルの欄にも「火炎魔法レベル15」とか「念動魔法レベル20」とか書いているし。
翌日マホの部屋を訪ねると、マホは錬成魔法で剣を作っている最中だった。
「案の定だね。ねえマホ、サバクトビバッタは剣で斬るほど大きくないよ。大きさはだいたい5センチくらい」
私はサバクトビバッタの画像を検索してみせた。
「あらあら。わたくしは冒険者でしたときに3メートルくらいの虫とも戦ったことがありましたもので、今回もそのような虫が相手かと思っておりましたわ」
「それを虫と言っていいのかわかんないけど、私たちの世界にはそんな虫はいないよ。世界最大の昆虫でも30センチくらいだよ」
「サナダムシは10メートル以上ある奴もおるのじゃ」
「ええっ!? それはかなりの手練れでなければ倒せないのではありませんこと?」
「ものすごく細長いだけ! 寄生虫だから人間のおなかの中に納まる大きさだよ! リン、虫の大きさがわかってるならもっと早くマホを止めてよ」
「せっかくマホがこんな面白い勘違いをしておるのにわざわざ止めるのはもったいなかろう」
「リンはほんとに役に立たないなあ」
マホに任せるのはどうも不安だ。私も討伐隊に参加しよう。
この後、鉄骨の端が欠けているという連絡が建設現場からあった。マホが今作ってる剣って、そこから鉄を持ってきたんだ。「マホが今持ってる」と連絡しておこう。
討伐当日、私は電車で農業基地の1つに行った。農業基地は1階が駅と駐車場になっていて、2階が作業場と倉庫、3階が食堂や宿泊施設などの3階建て。
電車を降りると、クレーンがコンテナを貨物列車から2階に運ぶ作業をしているのが見えた。肥料やら食品やらガソリンやらが入ってるんだろう。大きな機械が動いているのを見ていると楽しい。
3階の集合場所に行って待っていると十数人が集まった。チアと鈴木もいる。
「まさか我が前世で戦った魔物と再び戦うことになるとはな。ククク、我の恐ろしさをその身に刻み込んでやる。命があればだがな」
「空を覆い隠すくらい巨大な敵が相手なんスよね。腕が鳴るッス!」
やっぱり誤解されてるよ! マホよりもさらに大げさに解釈されてる気がする。
「よくぞお集まりくださいましたわ、勇敢な冒険者の皆様。皆様ならきっと人類の敵を討伐できると信じておりましてよ」
歓声があがった。これから始まる冒険に心躍らせているのがわかる。私はルナにバッタの画像を表示して掲げて見せた。
「皆さん、今日の討伐対象は、大規模な農業被害をもたらすサバクトビバッタです」
みんな一気に硬直した。数秒間、ぴくりともしない沈黙。リンがにやにやしながら見回した。
「さすがピコ、見事な氷魔法じゃのう。空気が完全に凍り付いておる」
私がバッタについての詳しい説明をしてから、全員で近くの畑に向かった。意気消沈した一行を夏の日差しが容赦なく照り付ける。
見渡す限り一面の人参畑。細い葉が青々と茂った人参が規則正しく並んでいる。所々に排水溝がまっすぐに伸びていて、排水溝に沿って若木が植えられている。
バッタを探して畑を歩いてみると、葉の上に緑色のバッタがいるのを見つけた。近づいてよく見てみる。間違いない、サバクトビバッタだ。バッタに手を伸ばすと、ぴょんと跳ねて隣の人参に移った。さすがに手づかみで捕まえるのは難しいか。それならば魔法を使おう。離れた位置から念動魔法でバッタの動きを封じ、そのままひょいっと袋の中へ。やった!
「捕まえた!」
私が袋を掲げて見せると、他の人たちもあちこちでバッタの入った袋を掲げて見せた。結構いるようだ。
15分ほど探し回って12匹を捕まえた。この広大な畑にいったいどれだけのバッタがいるんだろう。暑い。もう汗だくだ。なんか気が滅入ってくる。
他の人たちはどうしているだろうか。ちょっと見に行ってみよう。浮遊魔法で鈴木のところに飛んで行ってみた。
「調子はどう?」
「今ちょうど1匹見つけたところだ。まあ見るがよい」
鈴木がバッタを指さすと、バッタは真っ二つに切り裂かれた。
「この我を敵に回したことを地獄で後悔するんだな」
袋の中にはバッタの死骸がたくさん入っていて、様々な死に方をしている。
「魔法でかっこいい殺し方を探ってるの?」
「我は前世で数多の命を奪ってきたものでな、どのような殺し方をしても絵になってしまうのだ」
この暑いのに黒ずくめの恰好だからものすごい汗だよ。カラ元気で涼しい顔をしているのがよくわかる。
「無理しないで水分とってね」
チアのところに飛んで行ってみた。
「チア、どんな調子?」
「ピコ先輩、見るッス! たくさん捕れたッス!」
袋の中には30匹以上入っている。捕まえるのを楽しんでいるようだ。
「すごいね」
「でも一匹一匹捕まえていくのはきりがないッスね。このもさもさの葉っぱの中から見つけ出すのが一苦労ッスよ」
「魔法でまとめて捕まえられたら楽かな」
「ちょっと試してみるッス」
人参の列を強い風が吹き抜けた。風魔法だ。でもバッタは葉っぱにしがみついて離れない。
「しぶといッスね。これならどうッスか!」
風が勢いを増し、砂を巻き上げながら渦を巻きだした。竜巻だ。バッタのしがみついている葉っぱがちぎれて空を舞った。竜巻は人参の列を次々と飲み込んでいき、何匹ものバッタが竜巻に吸い込まれた。
「やったッス! 大漁ッスよ!」
竜巻の通り過ぎた後は人参の葉がむしられてほとんど茎だけになっている。
「やめて――! 畑がメチャクチャだよ!」
「あ……。この方法はダメッスね」
遠くで鈴木がかまいたちの魔法で人参の葉を切り刻んでいるのが見えた。
「なんか鈴木が触発されてる!」
私は鈴木を止めに行った。




