個人情報 2
ソーラーキャッスル住人の評価やスキルなどのデータを扱うシステムを開発するのは楽園の仕事だけど、そのデータを管理するのは市役所の仕事。このシステムの個人情報のセキュリティに問題があるということはサフィーヤさんにも連絡しておいた。
お風呂でも個人情報についてひとしきり話をした。
「そういえばデスネ、スキルレベルも個人情報デスガ、ネット上でみんなのスキルレベルが公開されているデスネ」
「能力レベルと貢献レベルの2つだけは必ず公開されるようにしてるね。他のスキルは自分で『公開』を設定したものだけしか公開されないよ。楽園のサービスの会員でないと見ることができないし、他のネット上のサービスもフォロワー数とかは公開してるから大丈夫じゃないかな」
「スキルレベルは皆さんで競い合うためのものデスので、一部だけでも公開する必要があるというのは理解できるデス。でも住民の皆さんがそれに納得して下さっているかどうかは不安デス」
「では試してみるのじゃ」
リンが割って入った。お風呂での会議に呼んでいないしお風呂に入る必要もないのに、どうしているんだか。
「皆のスキルレベルをこの場で発表してみるがよい。どんな空気になるか楽しみじゃ」
私の能力レベルと貢献レベルはどちらも300くらいだったはず。この場で言われても恥ずかしくない高レベルだ。
サフィーヤさんはルナの画面を操作し、出てきた結果を読み上げた。
「ではまず私からデス。能力レベル175、貢献レベル233」
あれ? サフィーヤさんは意外と低いな。
「むむっ。やるではないか」
「さすがサフィーヤさんですわね。市長としてのお仕事を皆さんが評価なさってましてよ」
「私なんてまだまだデス。ナノさんなんて能力レベル299、貢献レベル285デス」
「おおっ。すごいぞ」
「マホさんは能力レベル204、貢献レベル164デス。フィオさんは能力レベル261、貢献レベル143デス。委員長さんは能力レベル239、貢献レベル221デス」
みんなすごい人ぞろいだからもっと高いと思ってた。
「そしてなんと! ピコさんは能力レベル302、貢献レベル315デス!」
「うそー、300超えなのー! くやしいのー!」
「え、私が1番? なんか意外だな」
「意外ではないわよ。なにせこのソーラーキャッスルの設計は全部あなたのアイデアがもとになっているもの」
委員長に認めてもらえた。なんかうれしい。
「皆なかなかの高レベルじゃのう。ソーラーキャッスルの運営に携わる者にふさわしい数字として、誇りに思うがよいぞ。あっぱれじゃ」
「そしてリンさんのレベルデスガ……」
「わらわのレベルなどどうでもよいわ。そなたら同士でレベルを競い合うがよい」
「リンさんは……」
「この話はここまででよかろう!」
リンがみんなのレベルを発表するよう仕向けたのは誰かを見下したかったからだろう。そしたらみんなのレベルが予想外に高くて当てが外れたんだ。
「リンのレベルはいくつなのー?」
「リンさんは能力レベル55、貢献レベル12デス」
「ぎゃ――!」
リンが一人でばしゃばしゃと水しぶきを上げた。他のみんなは固まっている。
「なんじゃその憐れむような目は! 黙っとらんで、わらわのことを笑うがよい!」
何とも言えない沈黙が続いた。しばらくして委員長が沈黙を破った。
「住民の能力レベルと貢献レベルの平均はいくらかしら」
「えーとデスネ……あ、検索で見つかったデス。能力レベルの平均は91、貢献レベルの平均は54デス」
うそっ! 私ってそんなにレベルが高かったんだ。
「私たちは皆規格外の高レベルってことになるわね」
「……それでデスネ、レベルの公開の話は、どうするデスカネ……」
「とりあえず、こうやってレベルを比べてしまうと重苦しい雰囲気になることはわかったぞ」
「フィオさんがもっと貢献したほうがよいこともわかったわね」
「私は平均の3倍近く貢献してるぞ」
「数字が細かすぎて、レベルの違いが生じやすいのかもしれないね。例えば能力レベルと貢献レベルのどっちかが100上がるごとに星を1つもらえるようにして、★★とかで大まかなレベルを表示したらいいのかな。そしたら大多数の人は星無しになって優劣が付かないから気まずくなりにくいよ」
「そしたらあたしが★★★★でピコが★★★★★★なのー。ちょっとしかレベルが違わないのにこの差はひどいのー」
「ナノもすぐにレベルが上がるって」
「しかしのう、レベルを100まで上げるのは大変じゃぞ。ほとんどの者は星をもらうことをあきらめて、頑張るのをやめてしまうのではないかのう」
「それならねー、レベル50ごとに星1つもらえるようにするのー。あたしが★★★★★★★★★★でピコが★★★★★★★★★★★★、マホとサフィーヤが★★★★★★★、フィオと委員長が★★★★★★★★、リンが★なのー」
「これなら大多数の人は★か★★くらいになって、大雑把に優劣をつけることができるわね」
「レベルの数字は本人と家族くらいにしかわからないようにできるといいデス」
「星で表現するとまるで私たちがガチャで排出されたみたいだぞ」
「そなたらの突き抜けたレアキャラ感と比べて、わらわのザコキャラ感が半端ないではないか。ピコに至っては隠しキャラか何かか」
「きっとねー、婚活マッチングアプリを使うとガチャの演出があった後に相手のプロフィールが登場するのー。★だったら出てきた瞬間に舌打ちされるのー」
「それはそのマッチングアプリがおかしい」
お風呂から上がってコーヒー牛乳を飲みながら、私のルナで自分のスキルレベルを確認してみた。都市設計レベル171、経営レベル95、システム設計レベル101、アニメオタクレベル145……無数のスキルが並んでいる。こういった細かいスキルの総合点が能力レベルと貢献レベルだ。
「どうすればそんなにレベルが上がるデスカ?」
サフィーヤさんが後ろからのぞき込んできた。
「ソーラーキャッスルの住人みんなの生活に関わる仕事をしてるから、みんなからのいい評価が集まって貢献レベルが上がってるんだよね。みんな私を買いかぶりすぎだと思うんだけど」
私の間違った情報が広まって私の高評価につながっていることが今まで何度もあったと思うけど、それは秘密にしておこう。
「ピコさんは謙虚デス。自分が思っている以上に世の中の役に立っているデスヨ」
「そうだといいな」
「能力レベルはどうやって上げたデスカ?」
「お母さんに電話して、私の高校や大学のときの成績表を探してもらったんだよね。それをルナに入力したら急にレベルが上がったよ」
私のスキルの画面を見せた。数学レベル230、物理学レベル195、英語レベル113……
「すごいデス! 私なんて数学レベル45デスヨ」
サフィーヤさんが自分のルナでスキルを見せた。
「コミュニケーションレベル208ってすごいね。私のコミュニケーションレベルは11だよ」
「……まあ人とあまり関わらないのはピコさんの生き方であって、変える必要は無いデス」
「一番すごいのはピコのツッコミレベル159なのー」
「そうそう、私のツッコミ技術はプロ芸人並み……って、みんなのボケのせいで勝手に上がっていくんだよ、ほっといてよ!」
「ピコちゃんのツッコミレベルが160に上がったよぉ」
「上がんなくていいって!」
「ナノさんはいろんなレベルを公開しているデスネ」
「そう? ルナ、ナノのプロフィールを開いて」
たくさんのスキルレベルがずらっと出てきた。経営レベル247、行動力レベル305……
「なにこれ。種飛ばしレベル80、鼻ちょうちんレベル57」
「いろんな特技をルナに見せてみたのー」
「その結果が奇行レベル139、礼儀レベル2になってるのかな」
ナノの称号に「楽園トップ小」というのがあるのが気になった。私の称号に「楽園トップ中」というのがある。
「ルナ、マホの称号を見せて」
やっぱり「楽園トップ大」というのがある。どうやら私たち3人は世間から背丈の大中小で区別されているようだ。
それと、私たち3人に共通して「楽園の先導者」の称号があるのが気になった。
「ルナ、『楽園の先導者』ってどんな称号かな?」
「楽園の役員になるのにふさわしいスキルを持った人だよぉ」
「なるほど。私とナノとマホの他にこの称号を持っている人の名前を列挙して」
「筧雅行さんと、泉沙理亜さんだよぉ」
筧さん。大学の研究室の先輩で、今は楽園ロボティクスの役員だ。最近ソーラーキャッスルに来たらしい。
「泉沙理亜さんって誰だろう?」
「私だぞ」
後ろからフィオさんの声がした。フィオさんの本名なんてとっくに忘れてた!
「フィオさんは楽園の役員になれるスキルを持ってるんですね。役員になりますか?」
「まあそれもやぶさかではないが、しばらく先の話だぞ」
「そうですよね。楽園建設の社員数が爆発的に膨張中で忙しいでしょうし」
「いや、産休を取る前には楽園建設の社長職を退いて会長になっておきたいぞ。楽園の役員になるなら産休明けの仕事が落ち着いてからだぞ」
「産休!」
よく見るとフィオさんのお腹が少し膨らんでいるようだ。フィオさんとはこうしてしょっちゅう話しているのにプライベートのことをほとんど知らないなあ。なんか気まずい気がして、コーヒー牛乳を一気に飲み干して出ていった。




