個人情報 1
ソーラーキャッスルに引っ越してから3か月が過ぎ、十二月になった。ここでの生活にもすっかり慣れ、お金の要らない暮らしやレベル上げが当たり前のことになってきた。
仕事はそこそこ大変だけど生活は楽だ。自由な時間はネットで配信されるアニメを堪能している。最近は通販でフィギュアをよく買っていて心の癒しになっている。船便で届くのに時間がかかるのが難点だ。せっかくなので、私の部屋の前に棚を付けてフィギュアを飾っておいた。これで道行く人にも少しばかり心の癒しになるかもしれない。
楽園のオフィスはプロトキャッスルから移動していないので、平日の日中はプロトキャッスルにいることが多い。いつものようにオフィスで仕事をしていると、システム担当の部長からメールが届いた。システムの設計が甘い箇所があり、個人情報として扱われるべきデータが検索できるようになっているのが発覚したという。
個人が持っている端末とサーバーとのやり取りはできるだけ匿名で行うようになっているけど、それでもデータが集まるほど個人を特定しやすくなってくる。データの匿名性と正確さの匙加減が難しいところだ。まだ外部からハッキングを受けたわけじゃないから緊急対応は必要ないけど、早めに手を打たないといけない。
オフィス内を見回すと、ナノとマホとリンが一緒にいるのを見つけたので報告した。
「わかったのー。どんな個人情報が検索できるのか見てみたいのー」
そっか、システムをどう改修するかの話より前に、住民にどんな問題があるかを把握しないといけないね。
「ルナ、市役所のデータから誰かの1日の行動記録を探してきて」
「どんな人の記録を探せばいいかなぁ?」
リンが口をはさんだ。
「サフィーヤの行動記録を探すのじゃ」
「特定の個人の記録にはアクセスできないよぉ」
さすがにそういう名指しの要求には答えられないよね。
「私にとって普通だと思える誰かにして」
「わかったよぉ」
ルナの画面に飾り気のない文書が表示された。行動記録だ。
7時30分、目覚ましのアラームが鳴る。布団に潜ったままルナで動画サイトにアクセスしてアニメを見る。
8時14分、トーストを焼き、コーヒーとともに朝食。動画サイトのアニメをテレビに映して見ながら食べる。
「あれ? これって私の行動記録じゃない?」
「気になるのー。もっと読むのー」
9時01分、自室でノートパソコンを開いて仕事の開始を報告。
9時04分、アニメの感想をまとめたサイトが気になって読みだす。
9時52分、我に返って仕事のメールの処理に取り掛かる。
11時18分、ラウンジに行って紅茶を飲む。顔見知りを見つけたため気づかれないようそそくさと立ち去る。
11時30分、自室で仕事に取り掛かる。
「うむ、ピコらしい生活じゃ」
「この日はたまたまアニメの感想が気になっただけだから! 普段は仕事時間は真面目に仕事してるよ!」
「へー、ピコは自分の部屋で仕事してるのー」
「私が仕事する場所は、自分の部屋とオフィスが半々くらいだね。ナノはオフィスにいないときはどこで仕事してるんだろ」
12時05分、友人であるロボットが訪ねてくる。首の痛みを訴えたため錬成魔法で治療する。
「この日はメカナノが私の部屋に来たんだよね。朝起きたら首が痛かったんだって。ロボットも寝違えるのかなって言ってた」
12時40分、友人が去る。フードコートの予約をする。ハンバーグを注文しようとするもカロリーを見て取り消し、大豆ミートハンバーグに変更する。
12時55分、フードコートで昼食。動画サイトでアニメを見ながら食べる。
13時32分、電車でプロトキャッスルに向かう。電車内でアニメの続きを見る。
13時40分、駅のそばで立ったままアニメの続きを見る。
13時53分、オフィスでノートパソコンを広げて仕事を始める。
14時02分、会議に参加。話を聞いているふりをしてノートパソコンで別の仕事をする。
15時11分、大浴場で会議といいつつたわいもない話をする。
「これって通信内容とか音声とかをもとにしてルナが記録してるんだよね。なんか主観的な表現が多くない?」
「私はありのままの事実を記録してるだけだよぉ。話を聞いているふりをしてたのは客観的な事実だよぉ」
「お風呂でのお話がたわいもないことも事実でしてよ」
16時09分、湯上りにコーヒー牛乳を飲みつつクッキーを食べる。
16時20分、オフィスで仕事を再開。
18時48分、仕事を終える。連れだって食事に行く人たちを避けるようにオフィスを出る。フードコートのカツ丼を、あえてカロリーを見ないようにしながら予約。電車でソーラーキャッスルに向かう。
19時07分、フードコートで夕食。動画サイトでアニメを見ながら食べる。
「ほんに孤独を好むやつじゃのう」
「ほっといて」
19時56分、コンビニでパンとお菓子をもらい、ラウンジでコーヒーを水筒に入れて持ち帰る。
20時02分、帰宅。ベッドに寝転がってあちこちのサイトを眺めつつ、時々書き込みをする。
21時15分、動画サイトのアニメをテレビに映して見る。
22時55分、宅配ボックスから服の入った箱を取り出し、パジャマに着替えてから着ていた服を箱に詰めて宅配ボックスに戻す。
23時08分、この日見たアニメや食べたものに対して「いいね」を押しまくる。
23時17分、お菓子を食べながら面白画像サイトを眺める。
23時29分、突然爆笑する。猫の変顔写真がツボに入ったもよう。
23時57分、就寝。
「アニメを1日何本見てるのー!?」
「身だしなみやお掃除にかける時間がございませんわね」
「それより何で私の行動記録をみんなに見せなきゃなんないのよ! 知らない誰かのでよかったのに」
「ピコちゃんが普通と思う人を探すためにぃ、ピコちゃんの普段の行動で検索したんだよぉ。そしたらピコちゃんの行動が真っ先に出てきたんだよぉ」
「そりゃそうだよ! 私だけ私生活をさらされるのは嫌だから他の人のも見よう。ルナ、日頃からうさ耳カチューシャを付けていて語尾に『なのー』を付けるのが口癖の20代女性の行動記録を見せて」
「わかったよぉ」
「そんな条件だとあたししか引っかからないのー!」
ルナに新たな行動記録が表示された。
8時13分、友人であるロボット宅で目覚める。眠っている間にずっと抱いていたロボットの首が変な向きに曲がっていたので、そのまま音を立てないように立ち去る。
「メカナノが首を痛がってたのはナノのせいかー!」
「いつの間にかメカナノの部屋で寝てたのー。知らないうちにメカナノを抱いてたのー」
8時24分、帰宅。宅配ボックスから服を取り出して着替え、着ぐるみパジャマと前日の服を宅配ボックスに入れる。フードコートのパンケーキと牛乳を予約。
8時40分、フードコートで朝食。
9時10分、空に飛び立つ。建設中の箇所を空中から視察しつつ、ルナでメールの処理をする。
「仕事場所はまさかの空中だったー!」
9時45分、魔導石のエネルギーが尽きたため、ソーラーキャッスル南東部の下水処理場建設現場に着地。出口を探してさまよう。
9時58分、建設作業員にお菓子をもらい、出口まで案内してもらう。
10時09分、公園のベンチで仕事を始める。
10時35分、公園で猫に遭遇。くすぐると変な顔をしたため写真に収め、面白画像サイトに投稿する。
「あの写真ナノが撮ったの!?」
10時52分、ソーラーキャッスル中央駅から電車に乗る。
11時08分、プロトキャッスルのオフィスに到着。仕事を始める。
11時30分、会議に参加。
13時06分、フードコートでケーキとオレンジジュースで昼食。
「それを昼食と表現していいのかな」
13時49分、スポーツ公園で昼寝。
14時45分、目覚めて仕事に取り掛かる。
15時10分、大浴場で会議といいつつ面白い話をする。
16時09分、湯上りにコーヒー牛乳を飲みつつクッキーを食べる。
「この日どれだけ仕事したっけ」
「この日は暇な日だったのー。忙しい日は働きづめなのー」
16時20分、オフィスで仕事を再開。
16時30分、会議に参加。
18時33分、仕事を終える。部下を食事に誘う。フードコートでカレーライスを予約。
18時45分、フードコートで部下と夕食。
19時38分、部下と別れ、ソーラーキャッスル行きの電車に乗る。
19時57分、居酒屋に入る。焼き鳥とビールを注文。動画サイトを見る。
「うそっ! ナノって一人のときはビール飲むの?」
「あたしだってお酒飲みたいときくらいあるのー!」
20時45分、ビールを追加注文。しかめっ面で愚痴をつぶやきつつビールを飲んでいるが、焼き鳥を食べる時は幸せそうな顔をする。
21時40分、帰宅。宅配ボックスから着ぐるみパジャマを出して着替える。
21時55分、就寝。
23時33分、寝ぼけて外出。寝ぼけたまま友人宅を訪問する。
23時41分、友人宅でオートマタを抱いて寝る。
「そういえばたまにナノさんが夜中にわたくしの部屋にお越しになりますわね。リンを抱くとすぐに眠ってしまわれますわ」
「夜中にナノを部屋に入れるでないと、いつも言うておろうに! わらわは一晩中ナノにしがみつかれたままになるのじゃ!」
「あちこちうろうろしていて、自分の部屋にはほとんどいないね。10時間くらい寝てるのに昼寝もしてるね」
「あー、うるさいのー! ピコは勝手にこんな記録開いたのー、ひどいのー! ピコの記録はピコが自分で開いたの―、あたしは何もしてないのー!」
「そういえばそうだった。ごめんね、ナノ。うん、特定の個人の行動記録に簡単にアクセスできることがわかったから、これはシステムを修正しないといけないね」
「それにしても、ルナさんはわたくしたちの行動をこんなにご存じでしたのね」
「猫の変顔写真で爆笑したとか報告する必要無いよね」
「私たちの主人の好きな物や人柄を知るために重要な情報だよぉ」
「これだけルナが私たちのこと見てるんだったらさ、もう私が『いいね』を押さなくても、ルナが代わりに押せばいいんじゃないかな。私が猫の変顔写真を面白いと思ったことはルナが知ってるんだから、ルナがあの写真を評価してナノのレベルが上がるようにできるよね」
「確かにねー、たくさん『いいね』を押すのは面倒なのー」
「私がピコちゃんの表情がわかるのはぁ、ピコちゃんが私を見ているときだけだよぉ。いつもは声を聴くのとぉ、通信内容を見るのとだけだからぁ、ピコちゃんが一人のときに何をしているかはよくわからないよぉ」
確かに、ルナのカメラに私が映るタイミングはあまり多くない。じゃあ、いつも私が映る位置にカメラがあれば、私の態度から自動的に「いいね」と同じような評価をするシステムができるんじゃないかな? もっと詳しく考えてから提案してみよう。




