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ソーラーキャッスルへ 2

「向かいの部屋はナノさんでしたな。もう来てはりますやろか」


「ちょっと様子見に行ってみよう」


 ナノの部屋のインターホンを押すと、部屋の中から声がした。


「入るのー」


 玄関のドアを開けると、ここにも段ボール箱が積み重なって入れなくなっていた。


「あれ? ナノ、どこ?」


 なんか段ボール箱の中からガサガサと音がする。箱が少し揺れている。


「む――――!」


 段ボール箱の中からナノの声がする。これって、ナノが段ボール箱の中に隠れてロボット車両に乗ってここまで来たんだよね。そしたら隠れている箱の上に別の箱を積まれて出られなくなったんだよね。箱をよく見ると穴があけてある。空気穴なんだろう。私たちを驚かすつもりで箱の中に隠れたのかな。


 生配信中の動画を見ると、また次々とコメントが付いている。


「その箱におならをして」


「箱でラグビーをして」


「その箱を俺の家に配送してくれ」


「今のうちに他の箱を全部開けてみて」


「このまま食事に行ってほしいな」


 みんなひどいな。早く開けてあげないとナノがかわいそうだけど、普通に開けるのはメカナノの動画としてはNGだろう。何か面白いことをしないと。


 メカナノが私に耳打ちした。


「向こうにこども園がありますやん。そこに放り込みましょ」


 私は念動魔法で箱をそっと引き抜いて、箱を浮かせたままこども園に行った。まだ子連れで移住してきた人が少ないので園児は少ないけど、それでも6人の園児が遊んでいた。園庭に箱を置くと園児たちが取り囲んだ。


「この箱には何が入っているかなー?」


 私がそう言うと、箱が開いてナノが勢いよく立ち上がった。


「ナノなの――! わ――!! びっくりしたのー!」


 ナノは園児たちに囲まれているのに気付いて驚いた。驚かそうとした人が驚くいいリアクションが撮れた。


「ナノ、貨物として運ばれてきたの?」


「そうなのー。でもさっきはなぜか箱のふたが開かなくて焦ったのー」


「上に別の箱が積まれとりましたで。『上積み厳禁』のシールを貼っとくべきでしたな」


「なるほどなのー。引っ越し準備で気づきにくい注意点だったのー」


「いや自分が箱に入るのは引っ越しの手順に無いから」


「せっかくやからナノさんもご一緒に街を見て回るんはどないでっしゃろ?」


「賛成なのー」


「ナノは最初にどこに行きたい?」


「トイレに行きたいのー」


「あ、ずっと箱の中から出られなかったからだね。行っといで」


 ナノは自分の部屋に走っていって、すぐに戻ってきた。


「玄関に箱が積まれていて入れないのー」


 私が念動魔法で箱をどけてあげた。


「魔導石はいつも持っていたほうがいいよ。さっきも魔法で箱を破って脱出できただろうし」


 ナノがトイレを済ませてから、3人でコンビニに行った。


「店員がおらんがな」


「どれも自由に持って行っていいから店員が常駐してる必要がないんだよ。店員の仕事は商品の補充とかだよ」


「お菓子もお弁当も日用品もたくさんそろってるのー。ほんとにお金を払わずに暮らせるのー」


「お酒や本は置いてないし、お菓子といってもようかんみたいな高いものは置いてないけどね」


「おでんも無いのー」


「ここがアフリカだってこと忘れないで」


 大まかな商品ラインナップとかは計画段階で資料としてナノにも見せているはずだけど、あまり読んでいないようだ。


 コンビニの隣のラウンジにドリンクバーがある。99階で作った飲み物をパイプでここまで導いてきて蛇口(じゃぐち)から出せるようになっている。コーラ、ミックスジュース、コーヒー、紅茶、豆乳、スポーツドリンク、お湯、冷水がある。各家庭の水道水は生ぬるいので、キンキンに冷えた水もありがたい。


「コーラの出る蛇口なのー! あー、牛乳じゃなくて豆乳になってるのー!」


「うん、まだ牧場が無いから牛乳は無理。豆乳でかんべんして」


 ナノは不満顔で豆乳をコップに注いだ。


「豆乳なんかで牛乳の代わりになるわけが……おいしいのー!」


 なんか満足したようだ。


「そういうバラエティー番組のお約束的なボケは素人さんのやることとちゃいまっせ」


 そう言うメカナノはプロの芸人なのかと問いたい。私はコーヒーと豆乳を半分ずつ注いで飲んだ。


「こうやって混ぜるのもおいしいね」


「全部混ぜるのー!」


 ナノは全種類を少しずつコップに注いで飲んだ。


「うーん……あんまりおいしくないけどねー、まずくもないのー。中途半端なのー」


「混ぜるとまずくなりそうな組み合わせが無いからね」


「じゃーねー、お味噌汁(みそしる)も蛇口から出るようにするのー」


「わざわざまずくなるようにしなくていいよ!」


「ピコさんに質問や。このドリンクバーを設置した狙いは何でっしゃろ?」


「効率の良さかな。飲み物を大量に作って人口密集地に一気に配れば、みんな()れたてを飲めるし茶葉とかを最後まで使いきれる。コップを洗えば使い捨ての容器も要らない。グランドシャフト前は配管をできるだけ短くできる立地だから、鮮度も温度も保ちやすくて、しかも真空断熱パイプで……」


「そんな細かいことはどうでもいいのー。蛇口から飲み物がいくらでも出てきて思う存分飲めるのはねー、みんなの夢なのー!」


「つまり経済性と住民の幸せを天秤(てんびん)にかけた社会福祉の最適解ちゅうわけですな」


 いや二人ともそんなことは言ってない。でもそのまとめ方が視聴者には一番良さそうだ。


 それから服を借りられる店に三人で行った。店内の雰囲気は普通の洋服店と変わらない。まずは婦人服のエリアに行った。


 ハンガーにかかっているたくさんの服の中から好きなものを選んで、定期的に借りるように登録する仕組みだ。私は自分がいつも着ているのと似たような服を次々と選んだ。


「ルナ、この服をローテーションで毎日届けて」


「わかったよぉ。毎日クリーニングしてぇ、かわりばんこに届けるよぉ」


「早っ。ピコさん、あっちゅう間に終わりましたな」


「楽でしょ。服は毎日着るものだからね、ルナを使って簡単に手続きできるようなシステムにしたんだよ」


「手続きの早さちゃいます。ピコさんが服を選ばはるのが早すぎや、言うてるんです」


「ピコが服を選ぶときはあんまり迷わないしねー、めったに試着もしないのー」


「しかも『ローテーション』て。服は上下の組み合わせで選ばなあきませんやろ。せめて人工知能のコーディネートおすすめサービスくらい使うたらどないですか」


「うーん、服にはあんまり興味が無いから、いつものに近ければ何でもいいってことになるんだよね」


「おしゃれな人やと、この店に毎日来て毎回違う服を選んでいくんやろな」


「おしゃれって大変だね。私はおしゃれじゃないからそんなことはしないよ」


 それから子供服のエリアに行った。


「これ、かわいいのー」


 ナノが手に取ったのはフリルたっぷりの白いワンピース。ナノは昔からこういうのが好きだ。


「うーん、どないでっしゃろ。うちはそっくりさんとしてナノさんのセンスに合わせた服をいつも着てますけど、正直こういうフリフリなんはそろそろ控えたほうがええんやないかと思いますよ」


 メカナノはナノのそっくりさん芸人を自任してたんだ。


 女性店員が同じワンピースを2着持って近寄ってきた。ナノとメカナノを双子と思ってるのだろう。


「これなんていかがでしょうか? そちらよりも少し大人っぽい印象ですよ。お二人で試着してみませんか?」


「ちょっと試着してみるのー」


 ナノとメカナノは一緒に試着室に入った。


「お母様はそちらでお待ちください」


「おかあ……!?」


 ナノとの見た目の年齢差が年々開いていってる気はしてたけど、私、こんなに大きな子供がいるように見える?


「あ、お姉様ですね、失礼しました」


「いえ、友達ですけど」


 ナノがカーテンを開けた。二人で同じワンピースを着ている。


「似合ってるのー?」


 私にはよくわからないけど、動画の視聴者の反応はそこそこだ。


「まあいいんじゃない」


「あたしはもっとひらひらしていてもいいいと思うのー」


「うちにも選ばせてくださいよ」


「わかったのー、コーディネート対決なのー。体格も顔も一緒だからねー、純粋に服のセンスの勝負なのー」


「よっしゃ」


 メカナノは服を選びに行き、その間にナノはさっきのフリルたっぷりの服に着替えた。


「あたし、かわいいのー?」


 視聴者から一斉に「かわいー!」のコメントが付いた。視聴者がナノに求めているのは子供っぽさなのだろう。


 メカナノが着替え終わった。デニムのオーバーオールにボーダーのシャツ。ナノのセンスとは全然違うけど、これはこれで子供らしい。


 また「かわいー!」のコメントの嵐。どっちがかわいいか視聴者に投票してもらうと、メカナノのほうが上回った。


「むー、くやしいのー!」


 ナノは別の服を探してきて着替えた。今度は体操服に昔のブルマ。コメント欄は大いに盛り上がり、ナノの票がメカナノを上回った。


「そないなんがありなんやったら、うちもやったるで」


 メカナノは紳士服エリアからワイシャツを持ってきて着替えた。(すそ)が足元まであるワイシャツをワンピースのように着て、(そで)から手を出さずに袖をだらんと垂れ下げている。あえて大きすぎる服を着ることで自分の小ささを強調する着こなしだ。コメント欄は「あざとかわいい」と大盛り上がりで、再び票が逆転した。


「二人とも、そんな服を毎日着るわけじゃないよね。ふざけてないで、ちゃんと着る服を選んで」


「いやなのー、続けるのー。あたしのほうがかわいいのー」


 店員が割って入った。


「この対決、ぜひ続けましょう。これは大変貴重な映像……いえ、お二人の貴重な経験となるはずです」


 そう言って着ぐるみパジャマを差し出した。なんか息が荒い。この店、大丈夫なの?


 ナノのかばんからルナの声がした。


「ナノちゃんが『合法ロリ』の称号を獲得したよぉ」


「なんか変な称号がついたのー!」


「視聴者のナノについてのコメントに『合法ロリ』って言葉がたくさん出てくるからだろうね」


 ナノとメカナノのコスプレ対決はしばらく続いた。ソーラーキャッスルを紹介する動画じゃなくなってるけど、この無軌道ぶりがいかにもメカナノの動画っぽい。

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