ソーラーキャッスルへ 1
半年が経った五月。ソーラーキャッスル全体ではグランドシャフトが少しずつ伸びていったり下層にある工場の一部で建設が進んだりしている。そして北西部の一角では100階までの床がほぼ完成し、それぞれの階の施設の工事が急ピッチで進んでいる。周辺では鉄道や道路が徐々に整備されていき、太陽熱発電用の鏡の設置も始まった。
下層では新しいピコパイプ工場が完成した。楽園建設での研究成果によって、魔法を使わずにピコパイプを量産することができるようになった。これで建設にかかる労力を削減できるし、魔法の使える作業員も少なくて済む。
評判主義経済を実現するためのシステム開発はベータ版の運用開始に向けて大詰めを迎えている。百以上の会社に外注しているので、仕様のすり合わせやトラブル対処で社員たちは大忙しだ。うまくいくかどうかは実際に運用してみないとわからない場合も多いので、「細かい不便さや不自然さの対処は後回しにしてとにかく一通り動くようにすることを優先しよう」と言っておいた。
この前のお悩み相談のときになんとなくOKした「楽園役員のグッズ化」で、私・ナノ・マホ・フィオさん・サフィーヤさんのフィギュアが発売された。結構デフォルメされていてかわいいけど、これが私だというのはどうもこそばゆい。サフィーヤさんはグッズ制作会社に自分からアピールしてグッズ化対象に加えてもらったそうだ。こういうのを恥ずかしいと思う気持ちはこれっぽっちも無いんだろうな。
それから、市議会の定数を7人から20人に増やすということで選挙が行われた。また自由平等博愛党が第1党になったけど過半数には届かなかった。この選挙でスライマーンさんは市議会議員になり、法律作りをさらに積極的に進めることになった。
私たちがモーリタニアに来て3年目の九月。ソーラーキャッスル北西部の一角は内装工事までほぼ完成した。いよいよソーラーキャッスルに住み始める時が来た。
今プロトキャッスルに住んでいるのは1万人くらいで、そのうち建設作業員など7割くらいの人がソーラーキャッスルに移る。1か月あまりの間に毎日200人くらいが引っ越しを行う予定だ。残った3割くらいの人たちで工場や港などを稼働させる。生活や建設に必要な工場などがソーラーキャッスルにはまだ足りていないので、今後も何年間かはプロトキャッスルは維持されるのだ。
そして私やナノたちは移住する側だ。お金の要らない新しい生活のシステムはソーラーキャッスルだけで始まる。私はそのシステムを早く体験しておく必要があるのだ。移住が始まってから10日目が私とナノの引っ越しの日だ。
引っ越し当日。荷造りをしているとメカナノがカメラを持って私の部屋にやって来た。
「こんにちはーメカナノですー。今日はピコさんのお引越しっちゅうことで、同行取材させてもらえませんやろか。ソーラーキャッスルを紹介する動画を何本も撮っていきたいんですわ」
「え? まあいいけど」
「おおきにですー。さっきナノさんのお引越しを取材しようとしたんですけど、ピコさんのほうに同行するよう勧められましてな」
「私とナノの引っ越し先は向かい同士の部屋なんだよね。だからたぶん引っ越し先でナノも一緒に映るんじゃないかな」
少ししてロボット車両が私の部屋にやって来た。幅1メートル弱、奥行きと高さが1メートル半くらいの電動小型車両で、座席も運転席も無く貨物専用だ。
「鴨川さん、荷物の回収に参りました」
ロボット車両に顔は無いけど声は出る。
「あ、来た。これで荷物を運ぶんだよ」
「これが自動運転車ですか。見たの初めてですわ」
「私が提案して楽園ロボティクスが開発したんだよ。ついこの前発売されたばかりで、これからソーラーキャッスルの物流の主役になるよ」
ロボット車両はロボットアームで私の荷物を次々と荷台に載せていった。
「おー、自分で判断して荷物を運ぶなんて、すごいですやん」
「ニューロコンピューターを搭載してるからね。メカナノと同じだよ」
「うち、こないなんと一緒ですか!」
「こないなんで悪かったですね」
ロボットアームがメカナノの胸を軽くたたいた。
「今、車が裏拳ツッコミしたね」
「ニュースになりまっせ、『車が女児に突っ込む』ちゅうて」
「そのタイトルだけだと交通事故だね」
荷台が満杯になるとロボット車両は貨物列車に乗るために駅に向かった。そしてすぐに別のロボット車両が私の部屋に来て、残りの荷物を積んでいった。
私はメカナノと一緒に駅に行って電車に乗った。プロトキャッスルを出発して砂漠を5キロほど進むとソーラーキャッスルの建設現場に差し掛かった。あちこちでグランドシャフトと低層階の建設が進んでいるのが車窓から見える。
「ずっと遠くまで一面の工事現場や。なかなか見られる景色やないで」
「もっと高い所から見ると壮観だよ」
さらに3キロ近く進み、ソーラーキャッスル北駅で下車した。グランドシャフト内の螺旋エスカレーターに乗って30階へ行き、動く歩道に乗る。プロトキャッスルの動く歩道はテスト運用だったから、これが動く歩道の最初の本格運用だ。
まずは低速の歩道に乗り、隣で並行して動いている中速の歩道に乗り換え、さらに隣の高速の歩道に乗り換えた。左足と右足でそれぞれ速度の違う歩道を踏んでいる間はバランスを崩しそうになるから、なるべく早足でスムーズに乗り換えたほうがよさそうだ。高速の歩道には椅子があるのでしばらく座っていられる。
「ずっと先まで一直線に続いてますなー」
「この動く歩道は1キロくらいが完成してるよ」
「座ってるから歩道ちゃいますやん。『座道』ですやん」
「車道でも自転車道でも鉄道でもほとんどの人は座ってるよね。『椅子道』かな?」
動く歩道の下の階の床が未完成の区間に差し掛かった。壁も無いのでソーラーキャッスルが一望できる。敷地全体が掘り下げられていて、そのあちこちに四角い床が積み重ねられている。30階からの眺めだと人が点のようだ。
「これかー、壮観な眺めっちゅうのは。めっちゃ広いですやん!」
メカナノがカメラで撮っている内容をルナで見てみた。今は生配信中で、次々とコメントが付いている。
「規模でかすぎ」
「行ってみたい」
「人がゴミのようだ」
いい動画が撮れているようだ。
「ピコちゃんのリポーターレベルが2に上がったよぉ」
唐突にルナから声がした。そっか、私は今日からソーラーキャッスルの住人だからスキルレベルのシステムに組み込まれてるんだ。
「メカナノの配信してる動画にたくさんの人が『いいね』を押したから、私のレベルが上がったよ。リポーターレベル」
「へえー、ゲームみたいですなー」
「私も何かに『いいね』を押そうかな」
ルナのカメラを椅子に向けると、この動く歩道の紹介ページが画面に現れたので「いいね」を押しておいた。
「うち! うちにも『いいね』をください!」
「わかったよ。今日は一緒に来てくれてありがとう」
カメラをメカナノに向けるとメカナノのプロフィールが表示されたので「いいね」を押した。
「ピコちゃんの都市設計レベルが2に上がったよぉ。貢献レベルが2に上がったよぉ」
「えっ? 何もしてないのにレベルが上がった」
「ソーラーキャッスルがあるのはピコさんが考えてくれはったおかげやさかいな。ここにいる誰もがピコさんに感謝してますって」
ちょっと照れくさいけど、誇らしげな気分になった。
私の部屋のある区画まで来たので動く歩道を降り、65階まで螺旋エスカレーターで上がった。グランドシャフトから出るとコンビニとラウンジがあり、その先は白い壁の続く長い通路がある。天井の照明は空のように青い。
「天井が爽やかでええですな」
「消費電力を抑えるために照明を暗めにしても気分まで暗くならないようにする工夫だよ。隅には黄色い照明もあって、夜になると黄色い照明だけになるんだよ」
「今はピカピカの新品やから爽やかですけど、50年経ったらどないなりますやろな」
「定期的に補修するから平気だって」
「天井のほかはプロトキャッスルとあんま変わらへんのですね。何ちゅうか、殺風景? 無機質?」
「いやいやこれからだよ。この壁は住人が好きに飾っていいんだよ。きっとにぎやかになるよ」
「壁に飾るもの言うたら、鹿の頭とかですか」
「この壁にずらっと鹿の頭が並んでるの? なんか怖いよ」
「かわいさが足らへんかったですね。猫の頭とか女の子の頭とかにしましょ」
「余計に怖いよ!」
「ピコちゃんのツッコミレベルが2に上がったよぉ」
「それは上がらなくていいよ!」
ルナはレベルの評価をするためにずっと私たちの会話を聞いている。
私の部屋の前に来た。玄関のドアを開けると、そこは壁で入れなかった。
「壁!?」
「0.01坪しかあらへん物件?」
いや壁じゃない! 段ボール箱が頭の上まで積み重なってる!
「あのロボット車両が荷物を入れられるように玄関の鍵をかけないでいたけど、まさか玄関を埋め尽くすように荷物を置いていくなんて」
「これやと中に入れへんやないですか」
「まあこのくらい何でもないよ」
私は念動魔法で段ボール箱を部屋の奥まで移動させた。家具も念動魔法で移動させて、やっと中で落ち着ける。
今度の部屋も2DK。一人暮らしをするにはちょっと贅沢だ。




