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お悩み相談 2

 一週間後。家出したという人を市役所の1番会議室に招いた。サフィーヤさんと市役所の人が話を聞くことになっている。そして自家用のロボットが失踪したという人を隣の2番会議室に招いたけどまだ来ていない。私と市役所の人と技術者が話を聞くことになっているけど、その人が来るまで私は1番会議室で話を聞くことにした。


 先日「主人の暴力や高圧的な態度に我慢できず、家出してしまって行くあてが無い」という悩みを訴えた女性は、ロボットだった。心のあるピアロイドだ。「主人」というのは夫のことではなく、本当に主人だった。


「初めまして、アキコといいますの」


 優しく穏やかな雰囲気。髪は(こん)色。おっとり豊満タイプのピアロイドだ。


「初めまして、市長のサフィーヤデス。家出をされて市役所にいらして、紹介された方のお宅に身を寄せられているそうデスネ。その後はいかがデスカ?」


「はい、初めは戸惑いましたけどすぐに彼女と打ち解けまして、ひとまず落ち着けて暮らせてますの」


「どのような方デスカ?」


「とても明るい方ですの。お笑いが好きな方でして、よく一緒に楽しんでますの。まるで私に妹ができたみたいで……いや彼女のほうがずっとお姉さんなのですけど、小さくてとてもかわいらしいので妹みたいなのですの。彼女の充電器付きベッドを私にも使わせていただいてとても助かってますの」


 小さくてお笑いが好きなロボット?


「あの……その人、頭にウサ耳ついてません?」


「あ、はい、いつもウサ耳カチューシャをつけてますの」


「メカナノか――!」


「ええ、メカナノさんですの。ご存じでしたの」


 ロボットが一人暮らしをしているあの部屋ならロボットがもう一人増えた所で問題なさそうだ。


「家出の原因は主人の暴力や高圧的な態度だと伺っているデス。どのようなものだったのデスカ」


「彼は私が何もしていなくても体をつねったり、ムチで叩いたりしてきますの」


「ムチがあるデスカ! 意図的にひどいことをする用意があるデスネ」


「私が何か言おうものなら、私を豚呼ばわりして口汚くののしりますの。『役立たず』だとか『臭い』だとか……」


「最低デス! 耐えられなくなるのもわかるデス」


「ひどい人だね。ロボットにも心があるのに、物としか思ってないね」


 市役所の人が私を呼びに来た。隣の会議室に来客が到着したというので、私は2番会議室に移動した。


 その人は日本人の中年男性だった。かなり太めの体型だ。だいぶ緊張している。


「初めまして、楽園役員の鴨川です」


「は、初めまして、部田と、いいます」


「ロボットが失踪したということですが、詳しく聞かせていただいてよろしいでしょうか」


「はい、私は、ずっと、じょ、女性と関わるのが、苦手だったんです。女性に興味は、あるんですけど、女性を前にすると、しどろもどろに、なってしまって……」


 私と話すのはつらいのだろうか。


「緊張なさらないで、ゆっくりでいいですよ」


「はい。私は、外見も、良くないですので、結婚は、あきらめて、いたんです。でも、昨年、ピアロイドが、発売されて……これなら、妻の、代わりに、なると、思いました。優しそうな、紺色の髪の、女性ピアロイドが、気に入ったので、買いました」


 ピアロイドは750万円する。それでも買っちゃうくらい女性に(あこが)れがあったんだ。


「彼女は、とても、優しかったです。こんな、私にも、笑顔で、話しかけてくれました。手料理を、作ってくれて、幸せでした。なので、私は、彼女を……アキコを、心から、好きになりました」


 アキコ? アキコって、隣の会議室に今いるよね?


「二人で、プロトキャッスルに、来てから、私はアキコを、もっと愛するようになりました。飾らない、素のアキコが見たくて、愛を交わしました。でも、アキコは、だんだんと、暗い顔を、するようになって……。そして、家に帰ってこなく、なったんです」


 ロボットを愛する人がそんなにひどい事をしたのかなあ? 口汚くののしるとか、ムチで叩くとか。……ん? いや、待てよ……。


「その『愛を交わした』ってときに、口汚くののしったりムチで叩いたりしました?」


「おや、鴨川さんも、そういった趣味が、ありますか?」


「違います! あなたにそういう趣味があるのではと思いまして」


 部田さんはだいぶ動揺していて息が荒い。


「……はい、私は、アキコが、嫌がるのが、たまらなく、嬉しいのです。ムチに、おびえたり、痛がったりすると、幸せなのです」


「豚呼ばわりしたりしました?」


「ちゃんと、雌豚(めすぶた)と、呼んであげました。あなたも、そう呼ばれると、嬉しいですか?」


 気色(きしょく)悪い! むしろそっちが豚だと言いたい。


「だから私にはそんな趣味はありませんって! 失踪の原因として考えられるものを挙げたまでです」


「何でも、お見通し、なんですね。でも、アキコは、私を、愛していました。私の、行為に、愛を、感じた、はずです」


「すみません、少し席を外します」


 私は1番会議室に行ってアキコさんに聞いてみた。


「すみませんアキコさん、ちょっと伺います。あなたは御主人に対して恋愛感情を持っていましたか?」


 アキコさんは平然と答えた。


「いいえ、私と主人とはあくまで使用人と雇い主の関係でしたの。好きという感情はありませんでしたの」


 わずかに眉間(みけん)にしわが寄っている。好きというよりむしろ気持ち悪がっていて、それを表に出さないよう耐えているのだろう。


「雌豚と呼ばれたときに内心では『豚はあなたでしょ』って思ってました?」


「どうしてそれを!」


 私が部田さんを実際に見てそう思っただけだけど、それは今は伏せておこう。アキコさんの態度から見抜いたことにしておいたほうが都合がいい。


「いえ、なんとなくです」


「主人を生理的に嫌悪する気持ちは、主人にはずっと隠していたつもりだったんですの。でもそんなにバレバレだったんでしたら、そのせいで主人は私につらく当たるようになったんですの……」


「それはありません! その気持ちは御主人にはばれていませんし、むしろ愛されていると思われているはずです。愛してくれている人をひどい目に遭わせたくなる人だった、というだけなんです。あなたは悪くありません」


「……私が隠していた気持ちを言い当てたピコさんがそこまで言い切るのですから、信じてみますの。少し気持ちが楽になりましたの」


「よかった。私はこれで席を外します」


 私はまた2番会議室に行った。


「確信が持てました。部田さん、あなたは間違いを犯しました。その1つは、ドMでない女性に対してドSプレイをしたことです」


「そんな! アキコは、ロボットです。人間の、女性には、こんなこと、しませんよ。でも、私の、所有する、ロボットにすら、やりたいことをしたら、だめなんですか!」


「それがもう1つの間違いです。ロボットといってもピアロイドには気持ちがあります。人間がされて嫌なことはピアロイドも嫌なんです。所有権があるからといって何でもしていいわけではありません。あなたはアキコさんを物扱いして気持ちを()み取るのを(おこた)り、一方的に自分の好きにしました。そのことにアキコさんは耐えられなくなって逃げ出したのです」


「……でも、アキコは、私を、愛して……」


「それも間違いです。アキコさんはあなたに恋愛感情を(いだ)いていなかったはずです」


「ロボットは恋愛をしないんですか!?」


「そんなことはありません。ピアロイドに恋愛は可能です。ただ、あなたがアキコさんに愛されていた可能性は無い、ということです」


「……鴨川さん、あなたは、何でも言い当てる、すごい人です。そんな、あなたの、言う事ですから、真実なんでしょう。私は、どうすれば、いいですか」


 私は演技しすぎただろうか。なんか度を越して信頼されているようだ。でもスムーズに解決するためにこのまま押し通してしまおう。


「そうですね、あなたはアキコさんと別れるほうが良いでしょう。我々楽園がアキコさんを買い取るというのはいかがでしょうか」


「アキコは、今、どこにいるか、わからないんですよ!? 買い取れないでしょう」


「私が見つけてみせます」


「そんなに、自信満々に、言い切れるなんて、さすがです」


 アキコさんをもう見つけているから自信満々なだけなんだけど。


 その後アキコさんに買い取りの話を持ちかけたら喜んでくれた。なので一週間後に改めて2人に会って、改めて買取契約をした。アキコさんは楽園マーケティング部の所属になり、街の設計や社会制度の改善をするヒントをお悩み相談などから探す仕事をすることになった。


 それから、プロトキャッスルで職を失ったときの救済措置を制度化するようサフィーヤさんが検討中だ。


 それでアキコさんの件は一件落着したのだけど、気がかりなことが2つある。1つはピアロイドの立場だ。ロボットはお金を払って買う物だから買った人の所有物になるので、ピアロイドに自由は無いということになる。それはかわいそうなのでなんとかできないだろうか。


 もう1つはネット上のうわさだ。私が名探偵並みの洞察力でトラブルを即時解決するといううわさが広まってしまっている。本当の私は人と関わるのが苦手な陰キャなのに!

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