お悩み相談 1
ソーラーキャッスルの建設地には仮設の駅舎が3か所造られた。当面の間、作業員が休憩したり食事したりする場所にもなっている。プロトキャッスルとの間を電車が往復するようになり、建設が一気に加速した。
直径4キロの建設地全体で基礎工事が行われ、地下部分を造るために掘り下げられたりグランドシャフトの基礎部分が造られたりした。そんな中で北西部の一角だけは周囲よりも早いペースで工事が進められた。ソーラーキャッスルのライフラインである太陽熱発電・淡水化の中心的な設備がある場所。まずここを完成させることで生活の最低限の基盤ができ、ソーラーキャッスルに住み始めることができるようになる。
その間に東京ではソーラーキャッスルの各施設の設計が進んでいた。設計部門の社員の人数も相当増えているのだけど、工場や商業施設などの設計は専門的な知識が必要なので、楽園建設の社員だけではとても手が足りずたくさんの建設会社に外注している。詳細設計をしてみると当初の計画ではうまくいかないことがわかって計画を修正することも日常的に起きていて、日々調整が行われている。
システム部門の社員の人数もとても増えていて、これもあちこちに外注している。システムの設計の見直しもしょっちゅうだ。
計画を大規模に変更したほうがよい場合、私や委員長に依頼が来る。委員長は専門家として意見を出すけど、方針を決定するのは私にゆだねている。私は計画全体を俯瞰してバランスを取る役回りだ。
そしてフィオさんが結婚式を挙げた。相手は楽園建設の管理職だ。人魚号の中で付き合い始めて一年くらいになるらしい。私にもいつか素敵な人が現れないかなあ。
設計も建設も順調に進んでいる十一月のある日のこと。経営会議ではなくなった大浴場での集まりで、サフィーヤさんがこんなことを言いだした。
「プロトキャッスルの住民に暮らし心地についてアンケートをした結果が出たデス。全体としては『便利』とか『ちょっと歩けば何でもそろう』とかいった意見が多かったデスガ、『面白みに欠ける』という意見もそこそこ多かったデス」
「そりゃあ建設のための拠点として造ったんだから、娯楽施設が少ないのは仕方ないよ」
「『画一的すぎて温かみが無い』という意見もあったデス」
「建てるスピードを優先したからね」
「ソーラーキャッスルの設計はもっと良くするのー」
「具体的な要望にはしょっちゅう対応して改良していってるよ」
「もっと面白みや温かみを増やすのー。ピコの技術力でなんとかするのー」
「技術で解決できるのは物理的な問題だよ。『面白み』や『温かみ』がどういう現象なのか具体的に表してくれないと何もできない」
「ピコはいつも気持ちを察してくれないのー」
「具体的なお話があればピコさんに伝わるデス。市役所の『お悩み相談』からヒントを探すデス」
「それってサフィーヤさんが住人から困りごとを聞いてまわっていたっていう……」
「そうデス。今は市役所の職員に引き継いでいるデス。困りごとは隠れた需要の宝庫デス」
「なるほど。何かに困っている人は多くても、その具体的な解決策までわかっている人は少ないからね」
「素晴らしいですわね。わたくしも参加してよろしくて?」
「マホさんもぜひどうぞデス。住民のお悩みに、私は社会制度の観点で答えて、ピコさんは建築の観点で答えて、マホさんは魔法の観点で答えるデス」
「なんか昔似たようなコンセプトのアニメがあったような」
「ではデスネ、私は文系の立場で、ピコさんは理系の立場で、マホさんは体育会系の立場で答えるデス」
「それって昔あったアニメそのまんまだよ!」
「じゃあねー、被害者の立場と加害者の立場と法律家の立場で答えるのー」
「それは裁判だよ! お悩み相談の域を超えてるよ!」
翌日、サフィーヤさんはお悩み相談の資料をルナに入れて持ってきた。設計改善のヒントになりそうなお悩みを市役所の人がピックアップしたそうだ。
「えーと、これなんてどうデス。『やっと新鮮な野菜が買えるようになったと思ったのに、最近品薄になっていて困る』」
「それについては楽園フーズの方から伺っていましてよ。ヌアディブやヌアクショットからトラックでいらした方々が、大量の魚介類を売って大量の野菜を買っていかれるのですわ。ですから今は野菜料理よりも魚料理を味わうことをお薦めしましてよ」
「さすがマホ、食通の観点からのいい答えだね。私は建築の観点から答えよう」
「わたくしは食の専門家ではありませんことよ」
「植物工場の規模はプロトキャッスルの人口をもとに考えてあるから、他の街の需要までは考えていなかった。ソーラーキャッスルの植物工場の規模はもっと大きくしよう。プロトキャッスルにも空きスペースを探して植物工場を増やそうかな」
「さっそく設計の改善案が見つかったデス」
「でも面白みや温かみは無いね」
「では温かみのあるお悩みデス。『空調の温度が高すぎて暑い』」
「そういう物理的な暖かみは求めてないから」
「物理的で具体的な温かみなら技術で解決できるとピコさんは言ったデス。空調をもっと涼しくするデスカネ」
「暑がりに合わせたら寒がりが『寒すぎる』と言い出すよ」
「寒すぎたらコートを着ればいいデス。暑すぎるのはどうにもならないデス」
「氷魔法を使うとよろしくてよ」
「氷魔法や炎魔法をうまく制御できない人たちが、よくいろんな物を氷漬けにしたり焦がしたりして壊してるんだよね」
「そもそも私は魔法を使えないデス」
「でしたら市長、裸で外出するのを許可なさいませんこと?」
「しないデスヨ! それでなくてもよその国の人たちは露出が多すぎてはしたないデス」
「公共の場だとどうしようもないけど、住宅にはエアコンを設置できるようにしようかな。とはいっても室外機は設置できないから、空調設備で冷やした冷媒を各家庭に配管することになるかな」
「心の温かみを求める悩みはございませんこと?」
「あるデスヨ。『男女の出会いの場が欲しい』」
「今ってそんなに男女が出会う機会が無いかな。男女2人で入ると3時間ドアが開かなくなる体育倉庫でも作ろうか」
「嫌いな男性と一緒に閉じ込められたら最悪デスヨ! どうして体育倉庫なのデスカ」
「漫画やアニメだと男女で体育倉庫に閉じ込められて仲良くなるんだよ」
「そんなの絵空事デス。男女の出会いの場というのは、ただ単に男女が一緒にいればいいってものじゃないデス。一緒に何かに取り組んで心を通わせる体験が大切なのデス。さらに言うとデスネ、素敵な人が現れるのを待っていてはだめデス。周りの人のいい所に関心を持って素敵さを見出さなくてはいけないのデス」
サフィーヤさんがいつになく説得力ある熱弁をしている。なるほど、私は今まで一度もまともに恋をしたことが無いけど、私が他人に興味が無いのが原因だとすると納得できる。
「さすがリア充、恋愛についてわかってるね。でも恋人はいないよね」
「何度も恋はしてるデス。まだ実っていないだけデス」
「恋が芽生えるような魔法って無いかな」
「相手を惚れさせる誘惑魔法は、わたくしの世界では昔はよく用いられていましてよ。しかしこの魔法は相手の意思を抑え込んで術者に隷属させるものですから、法律で禁術となって使用者は罰せられるようになったのですわ。ですから魔法で人を攻撃できないようわたくしが魔導石を改良する際に、誘惑魔法のような精神系魔法を他人にかけることはできないようにいたしましてよ」
「恋をするために相手を変えようとするのは間違っているデス。自分が変わらなくてはいけないデス」
「精神系魔法を自分にかけることはできるの?」
「ええ、自分にでしたら問題ありませんことよ。他人のいい所を知りたくなる魔法もおそらく可能ですわ」
「ならその魔法の講習会を開くデス。『恋が芽生える自己啓発セミナー』デス」
「きっと参加者の間で恋が芽生えましてよ」
なんか行ってみたい気がしてきた。そこに行けば私の人生に転機が訪れるかもしれない。
「いいねえ。私もモテてみたい。アニメのヒロインみたいな恋ができるかな」
「次のお悩みデス。『ピコさんとお付き合いしたい』」
「お断りします」
「ピコさんはモテているのに現実の恋愛をする気がさらさら無いデスネ」
なんか反射的に拒否してしまった。私の男性への認識を根本的に変えないと恋はできないっぽいな。
「次デス。『楽園役員をグッズ化したい』」
「あらあら、わたくしたちがフィギュアやポスターになるのかしら。面白そうですわ」
「ピコさんたちはみんなのアイドル扱いデスネ。私も一緒にグッズ化してほしいデス」
「私はサフィーヤさんと違って街のアイドルは目指してないんだけどな。この話は市役所じゃなくて楽園営業部に行かなきゃおかしいよね」
「次デス。『暇すぎる』。暇つぶしとして市役所に相談に来られても困るデス」
「絶対見ておくべきアニメを教えてあげよう」
「たぶんおしゃべりが好きな人なのデス。趣味のサークルを作ることをお勧めするデス」
「市役所のお悩み相談って何だと思われてるんだろうね」
「次デス。『クリスマスにサンタさんが来なかったのー』」
「それってナノの悩みだよね! そういうくだらない悩みは放っといていいよ!」
「じゃあもっとちゃんとしたお悩みデス。『主人の暴力や高圧的な態度に我慢できず、家出してしまって行くあてが無い』」
「ちゃんとした悩みどころか、深刻すぎる悩みだよ! これに市役所はどう対応したの?」
「えーと、『友達になれそうな方を紹介した』とあるデス。今はその方のお宅に身を寄せているようデス」
「心配ですわね」
「プロトキャッスルの住人って基本的にみんな仕事があるから、立場を失ったときのセーフティーネットって用意されていないかも」
「そうデスネ、制度の穴になってそうデス。この方の連絡先を聞いているデスので直接会って話を聞くこともできるデス」
プロトキャッスルの住人全員がソーラーキャッスルに移るまでにはまだ何年もあるから、その間にまた同じようなことが起きるかもしれない。
「同じようなレベルの悩みって寄せられてる?」
「こんな悩みもあるデス。『自家用のロボットが失踪した』」
「何だろう。不具合の可能性もあるからそのロボットを調べさせてほしいね」
「この方も連絡先を聞いているデス」
この2人には後日話を聞くことにした。




