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プロトキャッスル落成式

 七月になり、プロトキャッスル内の全部の施設がほぼ完成という状態になった。この世界に類を見ない巨大建築物のお披露目(ひろめ)をするために落成式が開かれた。


 さすがにプロトキャッスルの住民全員を集めると集会場に入りきらないので、早いうちからいる建設作業者など中心的に関わった人に限って招待したのだけど、それでも千人ほどが集まった。そのうち外部から招待したのは報道関係者や有名建築家など百人近く。ヌアディブかヌアクショットまで飛行機で来て、そこからバスで長時間かけてわざわざ来てくれてありがたい。彼らは何日間かここのホテルに泊まって隅々まで見学や取材をするそうだ。


 集会場には円形のテーブルとイスが並べられ、所々に料理を盛ったテーブルがあり、パーティー会場になっている。そして演壇の後ろには金屏風(きんびょうぶ)が置かれ、そばに清酒の(たる)が置かれている。これって「よいしょー」って言いながら木づちで樽の(ふた)をたたいて割るやつだよね。確か「鏡割り」って言うんだよね。どうしてこうも日本っぽい演出をするかな。


 みんなが席に着いてこれから式を始めようというときにナノが私に話しかけてきた。


「ピコ、あたしと一緒に壇上に上がってほしいのー」


「いいけど、挨拶(あいさつ)はナノ一人でやるんだよね?」


 私はナノに連れられて壇上に上がった。


「ピコはツッコミを入れてくれるだけでいいのー」


 ナノはマイクを2本持っていて、1本を私に渡した。


「いや挨拶にツッコミは必要ないよね?」


 ナノはマイクに向かって言った。


「はい委員長、号令なのー」


 すると委員長が叫んだ。


「起立!」


 これにツッコんでほしかったのか。3割くらいの人が一斉に立ち上がった。立ち上がったのは大部分が日本人だろう。座ったままの人は驚いて周囲を見回したり、周りに合わせて立ち上がったりしている。


「礼!」


 すぐに礼をしたのはやはり3割くらいで、他の人も遅れて礼をした。立つのが早かったのに礼が遅れた人は、「礼」の前に「注目」とか「姿勢」とかいった号令がある一部の県の出身者だろうか。


「着席!」


 よし、ツッコもう。


「って学校の授業じゃないんだから号令はないでしょ。委員長まで一緒になって何やってんですか」


「はーいみんなー、長い間の建設作業お疲れ様なのー。みんなのおかげでねー、ついにプロトキャッスルが完成の日を迎えることができたのー。本日オープンなのー!」


「半年前からここに住んでるよ」


 会場がざわついている。ナノは木づちで演壇をたたいた。


静粛(せいしゅく)にするのー」


「その木づち、鏡割りのためのものだよね」


「こんなに大きな建物をたった1年で完成させることができたということがどういうことなのかねー、えらい人に聞いてみるのー」


 ナノは来賓(らいひん)席に走っていってマイクを向けた。


「プロトキャッスルの感想をどうぞなのー」


「初めまして、建築家のチャン・リーファンと申します。本日はこのような場にお招きいただきありがとうございます。このプロトキャッスルをたった1年で完成させたことについてですが、これは建築界の常識を塗り替える、まさに革命的なことだと思っております。しかも最初に住めるところまで造り上げたのはたった500人だいうこと。もはや信じられない境地です。今日を境に、錬成魔法を使った工法はあっという間に世界に広まることでしょう。そもそも建築というのは……」


「長くなりそうなので次なのー」


 ナノはマイクを取り上げた。


「ちょっとナノ、えらい人に対してはもっと遠慮してよ」


 取り上げたマイクを隣の人に渡した。


「短い感想をどうぞなのー」


「まず驚いたのは、この広い床を150メートル間隔の柱だけで支えてワイヤーすら無いということです。これを支えるピコパイプというのは建築の世界を変える、いや世界そのものを変える発明と言って過言ではないでしょう。それから……」


「まだ長いから次の人なのー。小学生並みの感想をどうぞなのー」


「すごいと思いました」


「じゃあ次、ツンデレな感想をどうぞなのー」


「あんたにしてはなかなかやるじゃない。あんたのこと、ちょっとぐらいなら認めてあげないこともないわ」


「ナノ、来賓の人たちで遊ばないの。それにしても、よく『ツンデレな感想』なんて無茶振りに即答できましたね」


「こんなふうにねー、みんなが成し遂げたのは世界に誇る偉業なのー。みんな自信持っていいのー」


 ナノは壇上に戻っていった。


「ちなみにプロトキャッスルを作るのにだいたい1兆円くらいかかってるのー」


「こんな少ない人数で造ったのに」


「工場に据え付けたり太陽熱発電の鏡に取り付けたりする機械はみんなよその会社で造ったものを買ってきたからなのー。あとピコパイプを大量に作るのに使ったカーボンファイバーも実は結構高いのー。つまりねー、プロトキャッスルが完成したのはねー、あたしたちの見てない所でよその会社の人たちが頑張ったおかげでもあるのー。それとねー、東京で働いている社員も今は5千人くらいいるのー。東京で設計とか資材の調達とかを頑張ってくれたからねー、ここでは組み立てに集中できたのー」


「持ち上げてから落とすね。自信を持っていいけど調子に乗るなということだよね」


「1兆円かかったって言ったけどねー、楽園グループの1年間の売り上げは2千億円くらいなのー。だからほとんど借金なのー。10年後に5割増しで返す約束なのー。まあなんとかなるのー」


「それはさすがに落としすぎじゃないかな。落成式は完成を祝うためのものなのに、祝賀ムードが台無しだよ」


「でもねー、今はまだスタートラインに立った所なのー。これから始まるソーラーキャッスルの建設こそが本番なのー! 今は人口6千人くらいだけどねー、すぐに1万人まで増えてねー、今までと桁違いの規模で取り掛かるのー!」


「ナノ、話の順序を間違えてるよ。『みんなが頑張って完成させた』という話の後に『これからが本番』という話をするなら、みんなを奮い立たせようとする意図がわかるよ。でも巨額の借金の話の後に『これからが本番』って、どれだけ気を滅入(めい)らせるつもりだよ!」


「そんなみんなにめでたいお知らせなのー。楽園に新しい子会社が誕生したのー。楽園フーズの高野新社長と楽園交通のグエン新社長、こっちに来るのー」


 二人の新社長が壇上に上がった。


「どうも、グエンです。念願の俺の会社を持てて光栄です」


「楽園の子会社なのー」


「楽園と俺の子会社ってことですよね」


「いやあなたの子会社じゃないでしょ」


「じゃあ誰が父親なんですか! 俺の愛する楽園が裏切ったって言いたいんですか!」


「なんで修羅場(しゅらば)になってるんですか。子会社に人間の親がいたらおかしいでしょ」


「あたしは楽園の生みの親なのー」


「お義母(かあ)さん、楽園交通は俺の子会社ですよね」


「楽園を愛する人は一人じゃないのー」


「ナノもこんな話に乗っからないでよ!」


 私が話をストップさせて沈黙したので、今度は高野さんが挨拶した。


「皆さん初めまして、高野です。この会社は毎日女湯で経営会議を行っているということで、そこに自分が加わることを夢見て日々仕事に励んでいました。そしてついに経営に関わる立場にまで昇進することができました。これからどんなことが待ち受けているのかとても楽しみです」


「これから経営会議は会議室で開くことにしたのー」


「「「え――――っ!?」」」


 会場の大多数が驚きの声を上げた。あちこちから反対の声が聞こえる。


「そんなのあんまりだ!」


「女湯での会議は文化として保護し、記録すべきだ!」


「どうか再考を!」


 どうしてだろう、来賓や報道関係者からも反対の声が聞こえるぞ。私は来賓のほうに問いかけた。


「私たちが大浴場で経営会議をしていたのって、社外の方もご存じでした?」


(うわさ)として知ってました」


 大浴場で会議をしていたという事実を闇に(ほうむ)りたくなってきた。


 ナノが木づちで演壇をたたいた。


「静粛にするのー。これから鏡割りの儀式を行うのー。とても神聖な儀式だからねー、厳粛にしないといけないのー」


 演壇の周りにカメラマンが集まってきた。


「鏡割りの瞬間がよく報道されるからまじめにやらないと恥ずかしいけどね、要はみんなでお酒を分け合って飲もうということだからべつに厳粛にすることはないと思うよ」


 ナノは私に向かって木づちを振り回した。


「あたしがかっこよく決めたい場面なのー!」


 するとナノの手から木づちがすっぽ抜けて勢いよく飛んで行った! 木づちはチアの頭にクリーンヒット!


「うがああっ!」


 チアの頭から血が流れている。でもすぐに自分で治癒魔法を使って傷を治し、木づちを拾って演壇に向かってきた。その表情は今まで見たことが無いくらい怒りに満ちている。


「ナノ社長、ふざけすぎッスよ」


「あーあ、木づちが血まみれになっちゃったのー。これじゃ汚くて鏡割りできないのー」


「じゃあ代わりのものを使うッスよ!」


 チアはナノをひょいと頭上に持ち上げた。


「え? 何するのー?」


「よいしょ――!!」


 そのままナノの頭を樽の蓋に思い切りぶつけた! お酒が飛び散り、ナノは逆さまに樽に突き刺さった。その瞬間、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。会場に拍手が起こった。なんかもう鏡割りはこれでいいらしい。


 ナノを引っ張って樽から引き上げると、顔を真っ赤にしてぐったりしていた。すぐに激しくせき込んだので命に別状はないようだ。この場に寝かせておこう。


 樽の周りには人が集まっていて、お酒を()ぎ分けている。樽丸ごと一杯のお酒とはいえ、千人で分けたら一人分はコップ半分にも満たない量だ。


 お酒が全員分注ぎ分けられたときにはナノは寝息を立てていた。私はマイクを手に取った。


「ナノが酔いつぶれちゃったので代わりに私が乾杯の音頭(おんど)を取ります。皆さん、プロトキャッスルの建設お疲れさまでした。ついさっき小さな事故は起きましたけど、この1年間の建設作業で大きな事故が一度も起きなかったのは素晴らしいことだと思います。皆さんが安全に気を配って作業してくださったおかげです。これから始まるソーラーキャッスルの建設も、どうか無事故で安全に進みますように。乾杯!」


 その日、ナノが頭から樽に突き刺さる映像が世界中のニュースに流れた。


 チアはクビになるのかという話があちこちで聞かれたけど、あれはナノが悪かったということになってチアはおとがめ無しになった。もしここでチアをクビにしたら「上役の機嫌を損ねると罰せられる」という風潮になってしまい、社員が意見を出せなくなってしまうという懸念もあったのだろう。ナノは自分勝手だけど、自分個人の損得では動かない人だ。

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