メカナノ生配信 1
五月になった。お店の多くが開店して、残す工事は住居の一部や学校、建設資材工場、動く歩道など。プロトキャッスルの建物は完成間近だ。人口も4千人を超えた。とはいえ建物の外では太陽熱発電の鏡の設置工事が本格的に進行中で、なかなか終わる兆しが見えない。
私は今日は鏡の設置工事の視察に行った。楽園建設の人が運転する車に乗って工事現場を巡ってみたけど、とにかく暑い。日陰の無い荒野での重労働は過酷そうだ。
汗だくになって帰宅して、まずシャワーを浴びた。部屋の中は暑くないけど、体がほてっていて汗が出てくる。私は裸のままベッドに寝転がって扇風機の風を浴びた。
寝転がったままルナで動画を見始めた。楽園の公式チャンネルでメカナノとメカマホが送る広報番組を生配信中だ。いつも楽園に関係した施設に突撃取材していろんな体験をするのだけど、楽園のカッコ悪い所も隠さずそのまま配信するのが好評で視聴者数を伸ばしている。今日はメカナノの当番回で、なんか久しぶりに見る。
真っ暗で狭い場所を歩いている様子が映っている。どこだろう。
「いやー、ほんまに狭くて歩きづらいわ、ここ。うちの背でも中腰でやっとやなんて、どんだけやねん」
バキッと音がして、メカナノの足元から光が差した。
「あちゃー、割れてもうた」
足元にカメラを向けると割れ目の向こうに部屋が見えた。裸の女の人がいる。動画のコメント欄が急に盛り上がり始めた。私も何かコメントしておこう。
「おっぱいにズームインして」
「よっしゃ、おっぱいにズームインしたるで」
メカナノが割れ目にカメラを寄せると、急に映像が揺れた。
「うわわわっ!!」
映像が光に包まれると同時に、私の部屋の天井が崩れてナノが落ちてきた! いや、メカナノ!? この動画は私の部屋の天井裏だった!?
「きゃああああ!!」
私はあわてて毛布にくるまった。メカナノはうずくまったままカメラをこっちに向けた。
「あいたた、こんにちは、メカナノですー。って、ピコさんやないですか」
「早く配信を止めて!」
「あきまへんで、権力者が報道やめい言うて圧力かけるんは」
「放送事故でしょ、これ! 一旦止めて、裸が映った所を削除してよ!」
「しゃあないですなー、はい、止めましたで」
私は動画の配信が停止したのを確認してから急いで服を着た。
「配信再開しまっせ」
メカナノがカメラを自分に向けて配信再開した。メカナノは自分の目で見たものを動画にしてネットに配信することもできるのだが、時々自分を映したいからといって市販のカメラで撮影している。
「みんなほんますまん、配信再開や。天井裏を歩いとったら天井板が壊れてピコさんの部屋に落ちてもうてな。なんや見せられへん状態やったんでカメラ止めさせてもろうたわ」
「住居侵入のうえに盗撮とか、会社の公式チャンネルで堂々と犯罪するなんてどうかしてるって」
「いやー、部屋におじゃまする予定も盗撮する予定もあらへんかったんですよ。せやけどコメントで『おっぱいにズームインして』なんてあおられまして、ついやってまいましたわ」
「無責任なコメントする人もいるもんだね。でも無許可で天井裏に入った時点でアウトだよ」
「ここがプロトキャッスルの面白スポットやとリンさんに教えてもらいましてな」
「リンってば、ほんとロクな事しない。それにしても、いつの間にプロトキャッスルに来たの?」
「この1か月間ずっと人魚号で旅して、ようやくおととい着いたところですねん。建設作業員の皆さんが船の中で魔法の練習しながらモーリタニア目指す言うんで、同行取材させてもろたんですわ」
そういえばこの2か月半くらい人魚号がいなかった。外国からプロトキャッスルに来る人は飛行機ばっかりで、船で来るのは珍しい。
「それは結構見栄えのする映像が撮れただろうね」
「それが、元豪華客船言うからきらびやかなシャンデリアとか想像しますやんね。実際はひものぶら下がった円い蛍光灯ですよ。うち、そんな昭和っぽい蛍光灯の実物見たの初めてですよ」
「意外性があっていいんじゃない?」
「まあそんなこんなで、おもろい映像撮らせてほしいんですわ。店舗フロアとか螺旋エスカレーターとかスポーツ公園とかは撮ったんで、なんかええ穴場的なとこありませんかね」
「じゃあ一緒に14階に行こうか」
「何があるんですか」
「養鶏場」
メカナノと一緒に14階の養鶏場に行き、職員にお願いして中に入れてもらった。白衣に着替えて帽子とマスクと手袋をし、厳重に消毒してからでないと入れない。メカナノは明らかに服のサイズが合ってなくてだぼだぼになっている。
「この養鶏場は出来たばかりでね、ついこの間の船便で、卵を温める機械と一緒に卵が届いたんだって」
「ちゅうことは今頃は……」
ドアの向こうからピヨピヨと声が聞こえてきている。ドアを開けると、黄色いじゅうたんのように密集したひよこの群れが視界に飛び込んできた。
「うわー! ひよこの川やー!」
「いい映像でしょ」
「いやーほんまええ映像ですけどね、せっかくやからもっと触れ合いたいと思いますねん」
「そうだね……手から餌を食べるかな?」
部屋の隅に置いてある餌を手ですくってひよこたちに差し出すと、ひよこが群がってつつきだした。
「痛い痛い痛い!」
「ピコさんは今日は案内役なんですから、そういうおいしい所はレポーターのうちにやらせてくれはりません?」
「私が痛がってるのに『おいしい所』だなんて、発想がすっかり芸人だね。メカナノもやってみなよ」
メカナノが餌を皿ごと持ってきたら、足を滑らせて仰向けに転んだ。
「うわっと!」
持っていた餌は全身にぶちまけてしまった。ひよこが大挙して押し寄せ、あっという間にメカナノの上を埋め尽くしてつつきだした。
「あだだだだだだ!!」
メカナノは手でひよこを振り払おうとした。
「だめだよ、ひよこはか弱いんだから優しく扱わなきゃ」
「そないなこと言うとる場合……あぶぶっ!」
口の中にまでひよこが。ひよこまみれのメカナノが起き上がってひよこから解放されるまでの一部始終を私が撮影した。
「ひよこたちとものすごく触れ合えたし、面白い映像も撮れたね。メカナノがおいしい所を持って行ったよ」
「えらい目に遭いましたがな。あーもう、フンだらけ」
その後養鶏場の職員に取材をした。この養鶏場は「平飼い」といって、狭い場所に押し込めずに広い部屋で飼うことで鶏にストレスを与えないようにするのが特徴だ。卵を出荷できるようになるのは4か月後ぐらいらしい。
「生卵を食べられるようになるのはずいぶん先だね。今食堂にある卵料理は冷凍溶き卵なんだよ」
「へえ」
「じゃあそろそろ次の場所に突撃取材しようか」
「次はまた明日にするので今日は帰りますわ」
帰ると聞いて、メカナノがどんな生活をしているのか気になった。
「明日は私からメカナノの部屋に行っていい?」
「ええですよ」
メカナノの部屋番号を聞いて、この日は別れた。




