市長選挙 4
投票日の夜。私の部屋でサフィーヤさんと一緒に待っていると、選挙管理委員会のサイトで選挙結果が発表された。
サフィーヤ候補 651票
スライマーン候補 515票
ジャスティス仮面候補 92票
「やったデス! 私が当選したデス!」
「おめでとう」
「ピコさんのほうがおめでとうデス。私はピコさんの理念を実現するために市長に立候補したデス」
「そうだったね。これから責任がもっと重くなるな。サフィーヤさんに投票してくれた人の期待を背負ってるし」
「スライマーンさんに投票した人も多いデスネ」
「結構意見が分かれたってことだよね」
市議会議員選挙の結果も発表された。当選者は自由平等博愛党3人、友情努力勝利党2人、無所属2人。
「過半数には届かないけど第1党になれたね。建設的な話ができそうだ」
「なかなかやるではないか、ピコにサフィーヤ」
リンが天井裏から飛び降りてきた。
「おめでとうございますわ」
マホが天井裏から顔を出した。
「マホまで何やってんの!」
「リンに連れられて天井裏を通って来てみましたが、パイプの間はわたくしには狭すぎましてよ」
天井板の割れ目から部屋に入ろうとして止まった。
「あら……胸がつかえて通れませんわ」
ナノが私の部屋にやって来た。
「当選おめでとうなのー!」
ちゃんと玄関から来てくれてありがたい。
「ありがとうデス。ナノさんとスライマーンさんも健闘したデス」
「そこそこの票はとれたけどねー、今一歩及ばなかったのー。これで心が決まったのー。ソーラーキャッスルの食堂は無料の方針でいくのー」
「それを迷ってたからこの選挙の争点にしたの?」
「それもあるけどねー、ピコとサフィーヤに本気で政策を考えてほしかったからなのー。ピコならソーラーキャッスル全体がうまく回るシステムを考えてくれるのー。サフィーヤなら住民の幸せを熟知して判断してくれるのー」
「私たちをたきつけるためにわざわざ対立したってこと?」
「そうなのー。おかげでいろんな収穫があってねー、あたしとしてはどちらが勝ってもよかったのー。でもピコがあたしを嫌いになったかもしれないと不安になったのー。ピコが仲良くすると言ってくれてうれしかったのー」
「これからは皆さん仲良く協力していけるということですわね。良かったですわ」
「マホが天井から生えてるのー」
「天井裏を通ってきたらのう、おっぱいが大きすぎて出られなくなったのじゃ」
なんだろう、この同情しがたさは。
「だったら引っ張ってあげるのー」
「いえいえ、このくらい念動魔法で何とでも……いやああっ!!」
ナノがマホの腕に飛びついてぶら下がり、天井板を盛大に破壊してマホが落ちてきた。
「あいたた……あ、ピコさんおめでとうございますわ」
「これだけ天井を壊しておいて、おめでとうだなんて」
「大変失礼いたしましたわ」
「失礼すぎる」
「すぐに直させていただきますわ」
マホの魔法で天井の穴はあっという間にふさがった。
翌日、オープンしたばかりの市役所でサフィーヤさんが就任演説をした。
「このたびの選挙で私が当選したのデスガ、私の票は全体の半分デス。スライマーンさんの票も私の票に近かったデス。私のやり方が良いとみんなが思っているわけではなく、半分近くの人はスライマーンさんのやり方を選んだわけデス。ソーラーキャッスルの社会の仕組みは先日私が話した方針で作り上げていくわけデスガ、スライマーンさんやナノさんのお話にあったような頑張った人が報われる仕組みもふんだんに取り入れていきたいデス」
やっぱりサフィーヤさんは優しい。選挙戦が終わったらノーサイド。友情努力勝利党とは今後協力していくわけだ。
「そうはいっても私の主張を通すべきところではしっかり主張するデス。楽園の幹部と意見をぶつけ合うことにもなるデス。ナノさんはきっとガチ勢が好きデスけど、私は自分の考える最高のシナリオをナノさんにも真っ向からぶつけていきたいデス」
ガチ勢の話はもうやめてほしい! なんか私が熱烈なBLファンだといううわさが流れてるし。
そのあと、大浴場で経営会議をしていたときのこと。私はちょっと気になっていたことを言ってみた。
「この前の立会演説会でさ、大浴場での経営会議が良くないって言われてたよね。大事な事を決めるのに外部に公開されていないって」
「一般的に言うとだな、会議じゃない場で一部の人だけが集まっているときに大事な事を決めるのは良くないことだぞ。例えば飲み会とか喫煙室とか。今は正式な会議だから問題ないぞ」
「一理あるわね。でもここで開いている限り男性をメンバーに加えることはできないわね」
「そういえばねー、組織改編がもうすぐなのー。楽園フーズと楽園交通がもうすぐ発足するのー」
今まで食堂や植物工場などを運営していた楽園内の部署が合わさって楽園フーズという子会社になる。それと、ソーラーキャッスル建設地に向けて鉄道を建設中で、その鉄道の運営と臨時のバスの運営は楽園交通という新しい子会社が行う。
「子会社の社長はどっちも男性なのー。このままだと社長を経営会議に呼べないのー」
「今までも楽園ロボティクスの社長は呼んでないぞ。子会社の社長なんていなくても問題ないぞ」
「じゃあ楽園建設社長のフィオは呼ばなくていいのー」
今までだるそうにしていたフィオさんが急にナノに詰め寄った。
「建設は今一番注力する必要がある分野だぞ! 私の意見を無視すると楽園自体が危ういぞ」
「ロボットは楽園の稼ぎ頭なのー。どんどん開発を進めて新商品を出す必要があるのー」
なんか話が白熱してきたので、少し水を差しておこう。
「今までロボティクスの社長がこの場にいなくても楽園の経営に問題なかったってことは、この会議の影響力って大したことなかったんじゃない?」
みんな沈黙した。思い当たることが多いようだ。この会議の影響力が大したことないのであれば、参加メンバーを巡って熱く争う必要もない。
「じゃーねー、真・経営会議を会議室で開くことにするのー。子会社の社長や各部門のトップも集めるのー。大浴場ではねー、アイデア出しの会議を開くのー」
「ナノがお風呂でみんなと話したいだけでしょ。べつに会議じゃなくてもよくない?」
「ぶっちゃけるとそうなのー」
結局、何か月か後には経営会議は会議室で開くようにすることとし、それからは大浴場での集まりでは意見を出すだけにとどめて物事の決定は行わない方針にした。楽園ロボティクスの社長は東京からリモートで経営会議に参加する。
後日、スライマーンさんは市役所の職員になった。豊富な経験を活かして市長や市議会に力を貸していくという。法律作りが一気に進みそうだ。




