市長選挙 3
候補3人による討論が始まるまでの休憩時間。私は控室でサフィーヤさんと話をした。
「サプライズでピコさんを褒めてみたデス」
「サフィーヤさんの選挙なんだから私の好感度を上げても仕方ないよ」
「そんなことないデス、私が当選するかどうかに関係なく、世の中にピコさんの素晴らしさを伝えておきたかったデス」
「それより、次の討論の対策を考えようよ」
「ナノさんとスライマーンさんの主張をまとめるとこうなるデス。『世界一豊かな街を目指して頑張るのに、働かない人がいると嫌』と。世界一なんて目指していない私たちはどう反論していくべきデスカネ」
「なんかこれってアニメの部活動のシーンでよく見る対立だよね」
「『部活動』ってどんなのデスカ?」
「学校にある男子バレー部とかいった集まりのこと。優勝を目指して限界まで練習したい『ガチ勢』と、ゆるっとした関係を楽しみたい『エンジョイ勢』がいて、練習方針をめぐる対立でチームが崩壊しちゃうってのがよくある話なわけ。BLでもたまに見るかも」
「なるほどデス。アニメではチームを崩壊させないためにどうするデスカ」
「アニメだとエンジョイ勢にも優勝の夢を持ってもらって厳しい練習を始める展開が多いけど、私はそうはしたくないんだよね。だって優勝するには部活以外のすべてをあきらめないといけないくらい練習しなきゃいけないでしょ。大事にしているものは人それぞれだから、友人関係を作ることを一番大切にしている人もいるかもしれないし、優勝よりも学校の勉強を優先する人もいるかもしれない。なのにそれをあきらめさせてみんなで優勝を目指そうっていうのは乱暴だと思うんだ」
「そうデスネ。ピコさんならどうやって対立を解消するデスカ?」
「難しいけど、できるならチームを分けたいね。優勝を目指して血のにじむような激しい練習をするチームと、スポーツ自体を楽しむことや部員同士の交流を楽しむことを目指してゆるい練習をするチーム。目的が違うんだから練習内容が違うのは当然だと思うんだ」
「言いたいことはわかったデス。大きな夢を目指して頑張りたい人は他の人に構わず頑張ればいいし、身近な幸せを求めている人は無理に働くことはないということデスネ」
「そういうこと。頑張って成功した人はそれなりのお金とレベルが手に入って自慢できるし、何も苦労しなくても普通に暮らしていくことはできる。そうやってみんなが人それぞれの幸せを手に入れられる世の中を見てみたいな」
「いけそうな気がしてきたデス!」
サフィーヤさんたち候補3人が壇上に上がり、討論が始まった。
「サフィーヤさんは働かなくても暮らしていけるようにするという主張であります。頑張って働いた成果を働かない人が持っていってしまっては誰も働きたくなくなると思うのでありますが、それについてどうお考えでありますか」
やはりスライマーンさんはこの話題を出してきた。サフィーヤさんは自信を持って答えた。
「それについてはピコさんが『BLでたまに見る対立』って言っていたデス。バレー部などの集まりの中での男子同士の関係性には、ガチ勢と、ゆるっとした関係とがあって、方針をめぐる対立で仲間関係が崩壊するデス」
それだと部活動についての話になっていない! BLについての話だと解釈されちゃいそう!
「ガチ勢は鼻血のにじむような激しいことを望んでいるデス」
血のにじむような激しい練習だよ!
「でもみんながそういうことを望んでいるわけではないデス。もっとお互いを大事にして友人関係でいることを望んでいる人もいるデス。それを無視してみんなガチ勢になろうと強制するのは乱暴デス」
私の発言に似てるけど意味がだいぶ違うよ!
スライマーンさんはだいぶ動揺している。
「もしそのような事を強制されたら、私もとても嫌なのであります。だからといって、本気の人の邪魔をするのも……いや、それはそれで神の教えに背きそうでありますが……」
「だからガチ勢はガチ勢同士で組み、そうでない人はそうでない人と組むのが一番幸せなのデス。ガチ勢は周りの目なんて気にしないで高みを目指してセイコウすればすごい幸福を得るデス」
なんだろう、ルナがうまく翻訳できなくてカタカナになってる。
「ゆるっとつながりたい人たちは、高みにはいかなくても大事なものを失わずにそれなりに幸せに暮らせるデス。そうやって人それぞれの幸せな関係を築く人たちを見ていたいと、ピコさんは言っているデス」
そんなことを私が言ったことにしないでよー! なんか拍手が起きてる! 拍手してるのは女ばっかりだ! やめてー!
「ほら、たくさんの女性たちが賛同しているデス。私にはわかるデス、皆さんが今までひそかに考えてきた夢や妄想を心の奥にしまっていることを。それを秘密にしておくことはないのデス! 心の赴くままに、想いをカタチにするのデス!」
また拍手が起きた。なんかもう、どうやっても訂正できないくらい誤解されてる。
「笑止千万ナリ! 人の心を操って自由な思想を妨害しているのは貴様らナリ!」
ジャスティス仮面が立ち上がってサフィーヤさんを指さした。この流れを変えてくれてありがとう。
「楽園幹部は住民を洗脳して都合の良いことしか言わせないナリ! 大事なことを決めるのは幹部とサフィーヤ、貴様だけナリ!」
「そんなことないデス、住民の皆さんの意見を私が取りまとめて経営方針に反映させているデス」
「幹部は経営会議を大浴場で開き、決して外部の者を入れさせないナリ! 会議の様子も公開しないナリ!」
「議事録は公開しているデス」
「議事録に本当のことが書かれている保証は無いナリ。住民が会議を傍聴する権利を要求するナリ!」
「大浴場での会議は気に入っているデスけど、会議室に移すデスカ……」
「それは良くないナリ。大浴場での会議を住民に開放することを要求するナリ!」
「もし経営幹部が入れ替わって全員男性になったらどうするデスカ?」
「そんなもの見たくないナリ!」
「結局女の裸を見たいだけデスヨ!」
「それは肯定するナリ! 正義の味方は正直者ナリ!」
拍手が起きた。今度は男ばっかりが拍手している。女の裸を見ることのどこが正義だ。
その後はまともに討論が進んだ。




