市長選挙 2
次は私がサフィーヤさんを応援する演説の番だ。私は壇上に上がった。
「こんにちは。大変実績のあるスライマーンさんの素晴らしい演説でしたね。しかしサフィーヤさんは私と同じ23歳ながら、別な意味でとても実績のある逸材なのです」
サフィーヤさんが今まで住人の困りごとを親身になって解決してきたといういろんなエピソードを語った。
「このように徹底した現場主義で、皆さんがどんなことに困っているかを肌で感じているのがサフィーヤさんなのです。その行動原理は『優しさ』です。不平不満を口にせず、どんな人も見捨てないのです。彼女の優しさに、私を含めどれだけの人が救われてきたでしょう」
応援演説なんだから、サフィーヤさんの素晴らしさをとことんアピールした。
「私はサフィーヤさんの優しさにとても共感しています。人間大好きな彼女はコミュニケーション能力で世の中の役に立とうとしています。私は科学が大好きなので、科学的な発想で世の中の役に立ちたいです。これからソーラーキャッスルでの暮らしを設計するうえで、彼女の理想とする『誰にでも優しい社会』を実現できるよう、頑張っていこうと思います」
私と交代でサフィーヤさんが壇上に上がった。
「はい、サフィーヤデス。畏れ多くもピコさんにたくさん褒めていただいて光栄なのデスけど、ピコさんは私なんかよりずっとずっと素敵な方なのデス」
なんか打ち合わせにないセリフで褒められた。サフィーヤさんは上機嫌のようだ。
「ピコさんはプロトキャッスルやソーラーキャッスルの技術面での基本計画を作成されたとても優秀な方なのデスけど、それを全く鼻にかけず、私も含めどんな人にも分け隔てなく接して下さる方デス」
クリスマスに私に話しかけてきた男性たちへの塩対応はサフィーヤさんには内緒にしておこう。
「ピコさんは私なんかよりずっと優しいデス。いつも世界中全ての人の幸せを考えて行動しているデス。というより、世界中全ての生き物の幸せまで考えているデス」
やめて、恥ずかしい! サフィーヤさんの選挙なのに、私のことを褒めてどうすんの! これじゃ女子二人組がお互いを褒めることで仲良し自慢してる状態になってるよ!
「そんなピコさんが理想として掲げるのが、『不幸な人ができるだけ少なくて、できるだけ誰もが苦労しない社会』デス」
そこは自分のセリフとして言ってって言ったじゃん!
「そんな素晴らしい言葉を、ピコさんは私が言ったことにしようと譲ってくれるのデス。どこまでも無欲で、他人に尽くしてくださる方なのデス」
ちゃんと譲られてよ! 全然サフィーヤさんのアピールになってなくて台無しだよ!
「私はピコさんの理想の実現に微力ながら貢献しようと、こうして市長に立候補したデス」
そうしてやっと打合せ通りに政策の説明を始めた。服を共有できることやレベルを上げて新たなスキルを得ることなどを話した。
「人の事情はそれぞれデスので、理由があって働けない人もいれば、新しい仕事にチャレンジして失敗した人もいるデス。仕事で成果を出せないことが不幸につながらないように、最低限の衣食住は無料にするデス。路頭に迷う恐怖から解放されることで、人は他人に優しくもなるしチャレンジもするようになるデス」
誰も贅沢しようとせずお金の心配もしなくて済む社会について語った。
「『自分が一番幸せな人になる』という夢は一人しか叶えることができないデス。でも『みんなが幸せになる』という夢はみんなで協力すれば全員で叶えることが可能デス。この夢を実現するために力を貸してほしいデス」
さっきと同じくらいの拍手喝さいだ。良かった、サフィーヤさんもスライマーンさんに劣らず支持されている。
サフィーヤさんと交代でジャスティス仮面が壇上に上がった。ヒーローっぽい仮面をつけている。推薦人はいないらしい。
「諸君! 私はジャスティス仮面ナリ! このプロトキャッスルには数々の陰謀が渦巻いているナリ! 私は正義の名のもとにこれらの陰謀を暴いて見せるナリ!」
とんでもなく濃いキャラのようだ。ジャスティス仮面は街の風景をプロジェクターに映した。
「諸君はこのプロトキャッスルに暮らしていて不自然なことに気づかないナリか? 私は気づいたナリ。街の至る所に2次元バーコードが貼ってあるナリ」
それは評判主義経済のシステムを作るために、いろんな物に「いいね」を押せるようにしてるものだよね。
「これはフードコートのメニューナリ。なぜかいつもメニューにサラダが無いナリ。サラダが無いのは不自然ナリ」
新鮮な葉物野菜は砂漠では手に入りにくいからね。
「ナノ社長も不自然ナリ。これは3年前のナノ社長の写真ナリ。驚いたことに、今と身長が全く変わらないナリ」
そりゃあ成長期をとっくに過ぎているからね。ナノの年齢は会社のサイトで公開してるよ。
「これらの事実から、私はある真実に気づいてしまったナリ。それは、楽園の経営幹部は魔法で我々を洗脳し、精神を支配しているということナリ!!」
「「「な、なんだって――!!」」」
会場から叫び声が上がった。なんかのお約束の合いの手だろう。
「諸君にはにわかには信じられないかもしれないナリ。しかし考えてみてほしいナリ、洗脳をするにはかわいらしい女の子の姿のほうがガードが緩みやすいナリ。だからナノ社長の姿は偽りナリ! 本当は50代の男で、魔法で姿を変えているナリ! だから子供なのに成長しないナリ!」
なんという話の飛躍。無茶苦茶すぎる。
「洗脳の魔法は2次元バーコードから出ているナリ! だから街の至る所に貼ってあるナリ!」
あんなただのシールから魔法を発生させる仕組みがあったらすごい。
「ビタミンCを摂取すればこの魔法に対抗できるナリ! 抵抗を恐れた楽園幹部の陰謀でサラダの販売が禁止されたナリ!」
オレンジもキウイも売ってるし、ビタミンCたっぷりのレモン味ジュースも売ってるよ。
「私は楽園幹部による洗脳から諸君を護るために立ち上がったナリ!」
そんな調子で根拠が滅茶苦茶な陰謀論を次々と語っていった。この人が当選することはさすがに無いだろう。




