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市長選挙 1

 二月上旬。32階以上の住居フロアは急ピッチで工事が進んでいる。オフィスやお店の工事も進み、だんだん街がにぎわってきた。バレンタインセールをやっているお店もある。全部が共有物の人魚号とは違う、本当のお店だと実感する。


 住人全員がタブレット端末を持っているので選挙活動のほとんどはネット上だ。私は自由平等博愛党のサイトを作って理念や政策を公開した。友情努力勝利党は一足先にサイトを公開していた。


 すると「自由平等博愛党に入党します」というメールが届いた。市議会議員に立候補を予定している人が私の理念に共感してくれたそうだ。その後も続々と入党希望のメールが届き、入党希望者は5人になった。


 私はその人たちを会議室に集めて、サフィーヤさんと一緒に理念や政策について語り合った。みんなソーラーキャッスルを暮らしやすい社会にしたいという願望を持っていて、やる気に満ちている。文句なく5人全員が党公認の市議会議員候補になった。


 二月下旬になり、市長選挙と市議会議員選挙の公示が行われた。選挙管理委員会のサイトにサフィーヤさんの写真と政策が載っている。この前私が言った理念を、ちゃんと自分の言葉で語っている。市長選挙には他にスライマーンさんともう一人が立候補している。「ジャスティス仮面」と名乗っている、どう見ても日本人だ。「絶対正義党」を作ったらしい。市議会議員選挙は7人の定員に対して17人が立候補した。友情努力勝利党が5人、無所属が7人いる。


 選挙期間中といっても、街頭演説とかは迷惑になるのでやらない。連呼はもってのほかだ。ネット上の意見交換以外では立会(たちあい)演説会が唯一の選挙活動だ。


 立会演説会は私が推薦人としてサフィーヤさんの応援演説をすることになっている。私がサフィーヤさんの経歴や人となりを説明して、サフィーヤさんが政策を説明する、と打ち合わせた。それぞれ演説の原稿を書いて読みあわせた。


「『不幸な人ができるだけ少なくて、できるだけ誰もが苦労しない社会。そうピコさんが掲げる理想に、私は深く共感したデス』」


「理想を語る所は私のセリフじゃなくてサフィーヤさんのセリフとして言ってほしいな」


「わかったデス」




 三月上旬、立会演説会の日がやってきた。41階にできたばかりの集会場に住人が300人くらい集まっている。演説はネットで動画配信される。


「なんか生徒会選挙みたいだね」


「今のプロトキャッスルの住人は1500人くらいなのー。規模的には生徒会選挙に近いのー」


 そうはいっても、この選挙には人口400万人のソーラーキャッスルの社会の在り方がかかっている。世界に先駆(さきが)ける新しい社会の立ち上げだから影響は計り知れない。


 まずはスライマーンさんと、その推薦人であるナノの演説だ。ナノが壇上に上がった。


 こういうときのナノの第一声はたいていおかしい。大学での魔法発表会のときは「レディース・アンド・ジェントルメーン!」だったし、そのあとの記者会見のときは芸人っぽくて、ロボットの研究成果発表会のときはアイドルっぽかった。この前は「アテンションプリーズ」だったから、今日は何と言って始める?


 そう思ってナノを見ていたら、ずっと黙ったまま動かず前を向いている。なんだろう? 会場がざわついている。


 しばらくして、会場のざわめきが止んだ。


「はい、みんなが静かになるまで4分20秒かかったのー。人が壇上に立ったら私語は慎むのが礼儀なのー」


 今日のナノは朝礼の校長先生だ!


「今日はみんなにお説教するために集まってもらったわけじゃないのー」


 当たり前だ。そんな立会演説会があってたまるか。


「これからみんなで造るソーラーキャッスルでの暮らしをどんなふうにするかを話すためなのー。あたしが目指すのはねー、『ワクワクが止まらない社会』なのー」


 ナノは改めて評判主義経済の考えを説明した。社会の多くの部分を1つの会社が占めている中で仕事のモチベーションを上げるために、一般人からの「いいね」などをもとにしたレベルを導入すること。そのレベルをもとに報酬が決まること。


「ソーラーキャッスルはいつか完成する日が来るのー。でもねー、それであたしたちのチャレンジは終わりじゃないのー。もっと世界の色んな仕事をロボットと一緒にやってねー、世界一豊かな街になるのー。もっともっとすごいことにチャレンジしてねー、今まで誰も見たことが無い世界を作り上げるのー。いつまでもみんなで力を合わせて働いてねー、ワクワクする夢を追いかけるのー!」


 ここが私たちの主張と異なる点だ。ナノは追いかけたい夢とか夢を追いかけるメリットとかについて熱く語った。


「もし食堂や日用品を無償化したらねー、たくさんの人が働かなくなっちゃうのー。働かない人がいるとねー、ずるいという気持ちになって団結できなくなるのー。夢を追いかけるにはみんなが団結する必要があるのー。だから食堂や日用品の無償化はしないのー」


 ナノはこの結論を言いたいためにこれまでの主張をしたようだ。


「これがあたしが目指す世の中なのー。ちなみにスライマーンの目指す方向性とずれていたとしてもねー、それはそれなのー。じゃーねーなのー」


 これってスライマーンさんの応援演説のはずだよね! ナノが自分の主張だけ語ってどうすんの!


 そんなことを気にせず壇上から去っていったナノに代わり、スライマーンさんが壇上に立った。


「皆さんこんにちは、スライマーンであります。ナノ社長は面白い方でありますね、応援演説なのにまったく応援された気がしないのでありますが、先ほどナノ社長が語られた方針に私は全面的に賛成しているのであります」


 物柔らかな調子で笑顔で語りかけてきている。選挙でよくあるような声を張り上げる演説とは違ってフレンドリーな感じだ。ルナが翻訳した語尾が気になるけど。


「私はこのプロトキャッスルに来て、この建物の巨大さと、それを少ない人数でわずか半年のうちに建てたということに驚いたのであります。どうしてこのようなことが出来たのかを知って私はただならぬ感銘を受けたのであります。ここにお集まりの皆様は、魔法という最新技術をいち早く習得した大変な努力家であります。そして目標に向かって力を結集する団結力があるのであります」


 プロトキャッスルの住人たちがいかに優れているかを延々と語りだした。聴衆の自尊心をくすぐる作戦だね。


「このような素晴らしい人々が暮らす街は世界に類を見ないのであります。しかしソーラーキャッスルが完成したら、たくさんの人が押し寄せて新たな住人になるのであります。あなた方が苦労して建てたソーラーキャッスルに後からやって来て、ろくに働きもせず食事の要求ばかりする人たちであふれるのであります。私はそれが我慢ならないのであります」


 それはなんか差別をあおってそうな言い方だな。


「後から来た人も、あなた方と同じように頑張って働いてほしいのであります。あなた方の苦労が報われる社会であってほしいのであります。これが、食堂を無償化してはならない理由であります」


 なるほど、ナノと同じ結論を別の切り口で導いたわけだ。誰もが持つ不満感を刺激する選挙戦略なんだろうけど、そのためによその人たちを悪く言うのはまずいと思うな。


 スライマーンさんは他にもいくつか政策を説明して、話をまとめた。


「あなた方はそれぞれがすごい能力を持っているのであります。その力を向ける方向性を間違わぬよう、どうかこの老いぼれに案内役を任せていただきたいのであります」


 スライマーンさんは拍手喝采(はくしゅかっさい)を浴びながら壇上を去った。今の演説が心に刺さった人が大勢いるようだ。まずい、私はここから挽回(ばんかい)できるだろうか。

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