自動人形 1
私の家の廊下にはアンティーク人形が飾ってある。50センチほどの少女の人形。昔、母親が知人からもらったものらしい。マホはそれを興味深く眺めた。
「これ、動いたりしますかしら?」
「動かないよ。ただの人形」
「でしたら人間のように自分で動く人形にしてみてもよろしくて?」
「へえ、そんなこともできるんだ。でも人形自体を魔法で作ったりはしないの?」
「作ってもよろしいのですけど……なぜだか、わたくしの作った人形はなかなか使っていただけなくてよ。なんでも、顔がオークに見えるとか……」
魔法でなんでも作れるとはいっても、芸術センスがなければ美しくならないんだ。
「わかった。この人形でやってみよう、面白そうだから」
私はその人形を自分の部屋に持って行った。マホは人形の前に座って呪文を唱え始めた。人形がわずかに揺れたが目立った変化はなく、マホは呪文を唱え続けた。
今度の呪文は結構長い。10分以上唱え続け、ようやく唱え終えた。
「これでだいたいの構造は出来ましてよ。これから自分で考えるのに必要な知識を与えていきたいのですが……せっかくですので、この世界の言葉や文化の知識も与えてみたく存じましてよ」
「その知識はどこから?」
「もちろんピコさんからですわ」
「やっぱり……で、私は何をすればいいの?」
「ピコさんに魔法をかけさせていただきたいのですわ。その魔法でピコさんのお持ちの知識を解析して差し上げましてよ」
「じゃ、いいよ」
「感謝いたしますわ。では、しばらく我慢してくださいまし」
我慢って、いったい何を!? そう聞き返す間も無く、マホは右手を私の額に当て、左手を人形の頭に当てて呪文を唱えた。すると頭の中から声のような、いや、言葉そのもののような……そんな不思議な言葉が無数に沸き上がった。それは無作為に並べられた言葉のようでもあり、意味が繋がっているようでもあり……しかしたくさんの言葉が重なって響いているため個々の意味を考える余裕はない。言葉は無数の映像や音、感覚、感情を無数に呼び起こし、私の頭の中は飛び交う情報で一杯になってしまった。あまりの刺激の多さに、私は目を閉じてその場にうずくまった。
どれほどの時間が経ったのかわからない。私の頭の中の情報の氾濫が収まり、周りを認識する余裕ができた。
「はい、終わりましたわ」
そんな声を聴いて、私は解放感と疲労感からそのまま寝転がった。
「ああ、やっと終わった。このまま寝かせて」
ふと目を覚ました。私はそのまま眠っていたようだ。私のそばにマホが座っている。
「あら、お目覚めになりまして。出来上がりましてよ、オートマタが」
「オートマタ?」
「自動人形、とでも言えばよろしいかしら」
人形を見てみると、大した変化はないようだ。ただ、元々目は開いていたはずなのに、今は目を閉じて座っている。
「起動してみる?」
「ええ。さあ、お目覚めになって」
人形が目を開いた。首を動かしてマホのほうを見た。そして口を開き、かわいらしい少女の声を発した。
「問おう。そなたがわらわのマスターか?」
この人形、アニメのパロディーをやっちゃった! 私のアニメの知識がこの人形に植え付けられちゃてる!
「初めて口を開いた人形がそんなセリフ言っちゃう!?」
思わずツッコミを入れた私を見て、人形は薄笑いを浮かべた。
「おお、このセリフは召喚された英霊が最初に言うものじゃったな。わらわのような人形にはいかなる第一声がふさわしいかのう?」
「もういいよ、第一声は発しちゃってるし」
マホが優しく人形に話しかけた。
「あら、さっそくわたくしの存じ上げないことをおっしゃいましたわね。わたくしがあなたのマスターですわ。マホとお呼びくださいまし」
「左様か。して、この小うるさい小娘は何じゃ?」
それって私のことだよね。なんで人形のくせにこんなに態度がでかいのよ!
「その方はピコさんとおっしゃって、この世界の知識をあなたにお与えになった方ですわ」
「わらわの知識はこの小娘のものじゃったか。さすれば、わらわのこの言葉もそなたの知識か、ピコよ?」
「確かに日本語だから私の知識なんだろうけど、そんな昔の人のようなしゃべり方、私の使う日本語じゃない」
「ほっほっほっ。そなたの知っておる様々な日本語のしゃべり方の中から、わらわのキャラに合うものを選んで使うておるからのう」
「キャラ作りのためかーい!」
この人形、私のアニメ知識を持っているだけあって、発想がオタクだ。
「よいツッコミじゃ。気に入ったぞ、ピコよ。わらわの下僕にしてしんぜようぞ」
「なんで人形の下僕になんなきゃいけないのよ」
マホが人形に厳しく言った。
「いけませんわ、下僕だなんて。ここは対等に、仲良くお友達になるものでしてよ」
ありがとう、マホ。でも人形と対等ってことは私も人形扱いってことだよ?
「むう。他ならぬマホの頼みじゃ、特別にお友達になることを許す。ありがたく思うがよい」
「お友達に対する言い方じゃないよ……」
「してピコよ、一つ教えてほしいのじゃが……」
「なになに?」
「名前じゃ」
そういえば私の本名は教えてなかったね。知識を与えたといっても一般常識だけであって、人間関係なんかは知らないんだろう。
「名前は美咲だよ。鴨川美咲」
「うむ、わらわの名前は美咲か、気に入った。わらわを『美咲様』と呼ぶがよいぞ」
なんか誤解された! あなたの名前を教えたんじゃない!
「違ーう! あなたの名前じゃなくて、私の名前が……」
「なんじゃ、『ピコ様』とでも呼んでほしいのか?」
余計に誤解してるから、私の話を途中でさえぎらないで!
「聞いてよ! 『美咲』は私なの!」
「わらわはピコではないぞ。ピコの知識を持っておるからといって同一視するのはやめてほしいものじゃ」
あーもう、こんがらがってる! マホ、なんとかしてよ!
「いけませんわ、仲良くお互いのお話をお聞きあそばせ。ピコさんも、美咲さんも」
マホも「美咲」があの人形の名前だと思ってる!
「ちょっと、マホ! 『美咲』は私の名前だって!」
「え? ピコさんの名前は『ピコ』ではございませんこと?」
本気でわかってない! そういえば私はまだマホに本名を教えてなかった!
「本名は『鴨川美咲』だよ!」
「このお人形の本名が『鴨川美咲』というのは先ほどお聞きしましたわ」
「私の本名が『鴨川美咲』だって!」
「お二人とも『鴨川美咲』? 同じ名前でして?」
「そうじゃなくて、さっき名前を聞かれたときに、私の名前のことかと勘違いして私の名前を答えたってこと!」
「であれば、わらわの名前は何じゃ?」
「それは……」
そんなの知らない、と言おうとして思い出した。私が幼稚園の頃、この人形を友達のように思っていたことを。名前は……、
「リンちゃん」
「ではこれから『リンちゃんさん』とお呼びしますわ」
「いや『リン』までが名前だから」
「むう、『リン』か。まあよかろう。『美咲』のほうがよかったがのう」
「『美咲』の名前は譲れないからね!」
私はいつの間にか人形と普通に会話していることに気づいた。これだけ自然に会話できるのであれば人間と同じ扱いをしてもよさそうな気がする。会話のできるAIは存在するけど、それとは違ってリンは言葉の意味をしっかり理解していそうだ。