経済システム 3
サフィーヤさんとの話し合いを何日も続けて、ソーラーキャッスルの経済の仕組みの方向性がだいぶ決まってきた。
ソーラーキャッスルには楽園以外の会社の従業員もいる。食事や日用品を無料にするけどレベルを上げなければ給料を払わない、というシステムを楽園の社員に対して適用することはできるけど、楽園の社員以外にそのまま適用することはできない。とはいえ、社員以外だけお金を払うようなお店にすると、客にとっても店員にとっても面倒だ。そのためソーラーキャッスルに住む人には市役所のサービスの会員になってもらう。毎月の家賃に加えて一定額のお金を払えば食事や日用品が無料で手に入るというサービスで、サービスを提供するのは楽園だ。旅行者に対しては空港でスマホを貸し出し、一定の限度内で食事や日用品が手に入る一時的な会員になってもらう。
社員の報酬を決めるのにレベル上げのシステムを使うかどうかは会社ごとに決められるようにする。その会社内の情報を市役所に対して完全にオープンにすれば、楽園の社員と全く同じように評価されることもできる。そうしない場合でも社員が個人的にレベルを上げることはできるけど、その会社の仕事ではレベルは上がらない。
ソーラーキャッスルに住んでいなくても楽園のサービスの会員になることができる。ロボットやニューロコンピューターが使う知識データやソフトウェアは楽園の会員なら無料で使うことが出来る。なのでこういうネット経由のサービスだけを受ける契約で毎月多少のお金を払う人がいていい。そういう人が優れた知識データを作成したら、貢献レベルが上がって報酬をもらうこともできる。
「暮らしや仕事についてはだいぶわかってきたデス。でも他にも大事な政策が必要デス」
「どんな?」
「気持ちデス。心デス。どんな世の中にしていきたいのかを心に訴えかける、政治の理念デス」
「あー、選挙のときはよくそういう理念を語るよね。でもそれで当選してからその理念を政策に活かすかというとそんなことはなくて、選挙のためだけに聞こえのいい言葉を並べてる気がするな」
「日本の選挙もそうデスカ。って、そんな人たちを参考にしたらよくないデスヨ。選挙は理念に共感した人に投票するものデスから、当選したらその理念に沿って行動しないといけないデスヨ。そして皆さんに政策を支持してもらうには理念が大切デスヨ」
「なるほど、選挙のためというより、その後の政治をみんなにわかってもらうためってことだね」
「ピコさんがソーラーキャッスルをどんな社会にしたいか、今一度理念を語ってほしいデス」
「そうだね……」
ソーラーキャッスルの設計コンセプトは「究極の便利さ」だ。あとで「究極の効率」もコンセプトに追加したけど、それはどうでもいい。どうして便利さを追求するかというと、すべての住人に楽してほしい、余計な苦労をしてほしくないからだ。今は建設作業でみんなに苦労をかけているけど、完成したらきっとみんなが楽になるはず。
評判主義経済でお金の要らない社会を目指したのは、誰もお金の心配をせずに暮らしていけるようにするためだ。お金が無くて暮らせないのは不幸だし、そういう人を無くすためだけに仕事を増やしたら不要な仕事だらけになる。そんなの苦痛なだけで世の中の役に立たない。
「目指すのは、不幸な人ができるだけ少なくて、できるだけ誰もが苦労しない社会だね。たとえそれがソーラーキャッスルの外の人でもね」
「ピコさんは苦労してるデス」
「サフィーヤさんもね。世の中の役に立つために苦労するのは嫌じゃないよ」
「私もデス。皆さんの役に立ちたいデス」
「ならばわらわに尽くすがよいのじゃ」
またリンが天井裏から見てる! このところ連日リンが私の部屋に忍び込むようになってしまった。ちゃんと玄関から来たらいいのに。
「リンちゃんが来てくれてうれしいデス」
リンが天井裏から飛び降りてきた。
「こういう自分だけ得をしたい人がいると世の中の足を引っ張っちゃうから、なんとかしないとね」
「法律で取り締まるデスカ?」
「それは不幸な人が増えちゃうし、言論の自由が危うくなりそう」
「そうデスヨネ」
「自分たちだけに利益が行くようなことをしたら貢献レベルが下がるようにして、利益を得るのがばからしくなるようなシステムにしたいな」
「病気になったときに看護してもらおうとしたら貢献レベルが下がるデスカ」
「それは必要なことだから下がらないよ」
「むう、ピコよ。そなたはほんに覇気の無いやつじゃ。もっと物欲や金銭欲は無いものか。ウハウハしとうないのか」
なんかリンがいつも以上に年寄り臭く感じる。「ウハウハする」なんて表現を普通に使ったのはいつの時代だろう。
「物を必要以上に欲しいとは思わないし、贅沢をするのもたまにでいいと思うな。高いものを買う事や贅沢をすることにあまり価値を感じないもん」
「ピコさんの精神性はすごい境地に達しているデス。これが仏教徒の『悟り』デスカ」
「そんなことないよ。今の日本では多くの人が、暮らしに必要な物は何でもそろっている環境で育ってるんだよ。これ以上何か買っても暮らしは便利にならないし、物を持ってることが自慢にならない時代なんだよ。ナノだってそうだよ、社長なのに衣食住はみんなと同じで、高いものは買わないもん」
いや、ナノの「衣」については個性が強すぎるからみんなと同じじゃないか。
「私は裕福な家で育ったデスけど、モーリタニアには貧しい人がすごく多いデス。その時代はモーリタニアにはまだ来ていないデス」
「そうだね、みんなが私みたいな価値観を持っているとは思っていないよ。でもね、贅沢をするのがばかばかしくなるような社会にすることができたら、みんなだんだん物欲が無くなって幸せに暮らせるんじゃないかと思うんだ。共有するのが当たり前になれば所有欲も無くなるだろうし。夢を見すぎかな」
「すごいデス!」
「そんなつまらぬ世界じゃと頑張る意味が見いだせぬわ。世の中にイノベーションが起きなくなるではないか」
「リンは今まで頑張ってたっけ」
「わらわのことはどうでもよいのじゃ。世の中を変えるような優秀な者のやる気を引き出せぬと言っておるのじゃ」
「ピコさんたちは今世の中を変えようとしているデス。十分やる気を出せているデス」
「みんなのやる気を出すために競争するのはいいけど、勝者への報酬はお金じゃなくていいと思うんだよね。競争に勝った人が無駄なものにお金を使って、負けた人が暮らしていけないのは悲惨だよ」
「暮らしに関わるから本気になるのじゃ」
「貢献レベルを上げるとある程度のお金がもらえて贅沢なものを買えるって話はしたよね。たまに贅沢をするのは楽しいし、趣味の物にお金をかけるのもいいと思うよ。人の役に立つことやレベルを上げることを楽しいと思えない人でも、ある程度やる気を出せるんじゃないかな」
「巨万の富を目指せぬのにチャレンジする者などおるわけがなかろう」
「巨万の富を目指すと大失敗するリスクもあるでしょ。失敗しても借金を抱えずに問題なく生活できる社会のほうがチャレンジする人が増えるんじゃないかな」
「贅沢が自慢にならなくても、それが趣味なら自慢になるデスカ?」
「どういうこと?」
「お金持ちだからといって豪邸に住む必要が無いのはわかるデス。でももしお家を豪華に飾ることが趣味の人なら豪邸に住むこと自体が幸せではないデスカ?」
「そうだね。レベルを上げて稼いだお金を全部家の装飾につぎ込むのもありだし、お金を払うことで家の面積が増えていってもいいかもね」
「その豪華なお家を皆さんに公開すると、豪華なお家を素敵と思う人たちから『いいね』がもらえるデス」
「なんか家というより美術館かテーマパークになってる気がするけど、ゲームっぽくて面白いね」
「家の前面は住人の趣味をアピールする見た目にすると面白そうじゃのう。絵が趣味なら壁に絵が飾ってあるのじゃ」
「私だったらフィギュアでも飾るかな。通路を歩くといろんな趣味を見ることが出来て楽しそうだね」
「家族の写真をたくさん飾るのもいいデス」
「ゾンビ好きや寄生虫好きの家の前はえらいことになるのう。壁を透明にすれば卑猥な趣味も見せられそうじゃのう」
「やめようよ、そういうの! 他人に嫌な思いをさせてるから貢献レベルが下がるよ」
「そういう輩は貢献レベルなどどうでもよいと考えて己の信念を貫くものじゃ」
「貢献レベルが下がりすぎるとペナルティがあったほうがよさそうデス」
「まあそうだね。貢献レベルがマイナスになると、入れなくなるお店がだんだん増えるようにしようか」
「極端にマイナスじゃとソーラーキャッスルから追放じゃのう」
「そっかー、リンはそのうち追放されちゃうんだ」
「ばかもの、わらわは社会に迷惑などかけておらぬ」
「話がそれたデスけど、ピコさんの理念にはすごく共感できるデス。今度の選挙ではこの理念を訴えるデス!」
「そうしようか」
「『ピコ党首の素晴らしいお言葉』として載せるデス!」
「それはやめて――! お願いだから、自分の言葉として語って!」
こうして自由平等博愛党の理念や政策が徐々に形作られていった。




